異端王女14歳



 円形の部屋。
 床には不思議な円の中に文字が書いてあり、それは部屋全体を囲う大きなものだ。
 その円の中心にいる小さな子供の周りに、2人の老人と2人の老婆、そして1人の女性がある。
 銀色の髪をした老婆が子供を指差し、しわがれた声で言う。
『この子は、呪いを受けて死ぬる』
 それに続いて、もう一人の茶色の目をした老婆も言う。
『我らが村におれば、邪悪の力の奔流に因りて』
 更に老人の一人が続ける。
『外に出れば世界の混乱に巻き込まれよう』
 最初の老婆が口を開く。
『我らは永き滅びを持つ者ぞ。なれど、子は滅びを受け入れぬ』
 今まで口を閉ざしていた老人が口を開いた。
 老人とは思えぬ黒髪に、若い声。
『なれば、我々は界の意思に従おうぞ。呪いで死ぬるなら、呪いで死なぬよう施せばよい』
 めしいた4人は手の平を子にかざし、少しのずれもなく言葉を紡ぐ。

 お前は今より光となる。
 邪悪の奔流に負けぬ神域となる。
 お前は今より闇となる。
 正義の狂気に抗える魔の壌(つち)となる。
 永き滅びの一族の子よ。
 滅びを受け入れぬ精の子よ。
 果て無き黒の炎と白の焔を身に穿ち、空と大地に身を寄せよ。

 老人たちが一言ずつ言葉を放つ。
『蝕まれず』
『侵されず』
『己が道をゆく娘に』
『我らが魔力を与えよう』

 側に立っていた女性は、ひどく悲しげな顔で言う。
『――手紙を保持させ、トロデーンへ送ります。懐かしい、わたくしの故郷へ――』



「……久しぶりに見たなー、この夢」
今朝見た夢は、ひどく懐かしい夢だった。
内容に覚えはなかったけれど。
懐かしい、夢だった。

 は毎日の日課のように読みふけっている本の字面を、そっと指でなぞった。
 言葉の持つ魔力が指をじんわりと浸す。
 端から端まで全てを読み、暗記した本だが、今でもその中に記された『魔法力』を上手く扱えない。
「……凄腕魔法使いの素質が欲しい」
 言い、また文字を指でなぞる。

 トロデーン王国にやって来たその日から7年。
 は14歳になっていた。

「えーと……うーん、ここで魔法を試すわけにはいかないもんねぇ……」
 自室を見回し、ふう、とため息をつく。
 城の敷地が広いとはいえ、室内で魔法をぶっ放すわけにはいかない。
 かといって室外――庭だとて問題だ。
 幼い頃、庭で魔法の練習をして窓を割ったり、花壇を焦げ付かせたりして、よくよく兵士と教育係に怒られたものだ。
 大規模な魔力を解放するためには、やはり森や荒野に出るのが一番いいが、この7年の間に、城の内部の人間にはすっかりトロデーンの姫だという認識がついてしまって、うかつに外にでられなかったりする。
 もっとも、ミーティアのような正統派王家姫君ではないため、そういう扱いを余りされない。
 ……当人の性格によるところが大きいが。
「仕方ないなぁ。面倒だけど、<場>を作ってからにしよう」
 言い、は本を閉じて何枚かの紙を取り出し、そこに模様を書き出した。
 <場>とは<防壁>、即ち<魔法陣>である。
 魔法陣の中で呪文を唱えれば、他に被害が及ぶ事はない。
 しかし、その工程が面倒なので、は<場>を作るのが好きではなかったりする。
「ま、訓練の一貫だと思ってやりましょかー」
 誰にともなく呟き、ペンを走らせた。


 この7年間の間、生活の中、そして自分の持つ本を由縁とし、は自分がどういう
存在で、どうしてトロデーンに来たのかを知った。
 否、思い出したとも言える。
 初めてトロデ王に<杖>の部屋へと連れて行かれた折、記憶の一部を意図せず引き出したからだ。
 が勉強に使っている本は、の一族のもの。
 一族の名は『シヴィラ』という。
 その存在が意味するところは分からない。
 きちんと覚えているのは魔力の使い方だけだ。


「さて、できたっと」
 紙に細かい呪文と模様を書き終わったは、それを部屋の四隅に置いた。
 薄い光が、部屋の壁と天井を走る。
 <場>に守られたその中で、は魔法を打ち出した。
 ばっと現れた金色の光が円を描き、魔法陣を形作る。
 それは強い光りを放ち――光の槍が天井に穿たれた。
「うー、上じゃない上じゃ……下よ、下っ!」
 文句を言いながら魔力を制御しようとするが、大きな力はそれだけ扱いにくい。
 光は奇妙にぐにょぐにょと曲がるだけで、思うように動かない。
 そこへ、ノック音が聞こえてきた。
、ミーティアです」
「わー! ちょっと待って待って!」
 慌てて魔法を消そうとし――焦ったがゆえに失敗した。
 ぼん、と破裂音がし、部屋の中を風が駆け巡る。
!?」
 驚いたミーティアが扉を開けると、そこには苦笑いを浮かべたが床に座っていた。
 ……部屋の中の惨状は、
「これは……また」
 言いよどむほど、酷く散らかっていたという。


 近衛兵――と同じように外からトロデーンにやって来た、記憶喪失(今では全くそんな素振りがないが)の少年は、ミーティアから聞いたの部屋の惨状に、お茶を飲むことを忘れて笑ってしまった。
 から非難の声が上がるが、彼は笑いを殺すのに苦労した。
は少し姫だっていう自覚があった方がいいって……誰かが言ってたけど」
 の隣でお茶を飲むミーティアも頷く。
「ミーティアはは元気が一番だと思いますけれど。でも、大概にしませんと、王宮魔法師たちがスカウトに行きますわよ?」
 ミーティアの心配ももっともだ。
 トロデーンには、が属する物理主体の兵士団ともう一つ、魔法主体の王宮魔法師団がある。
 王家に忠誠を尽くす者の中で、魔力の素質を買われた者は、スカウトされて訓練されるという。
 もっとも、は近衛兵としての役割をこなしているのでそういったことはないし、特別魔法が得意ということでもないので、そんな心配はないのだが。
「やだよ。あたし勉強嫌いだもん」
 魔法師たちは蔵書室で本を読むことが多いため、は酷くいやそうな顔をした。
 自前で持っている本はともかく、訳のわからない専門用語が多い魔道書など嫌いだと、彼女ははっきり言う。
「どっちかというと、僕と一緒になって訓練してる方が楽しそうだもんなあ」
「そーそー。と打ち合いしてるのが楽しいよ。……得物が剣だってのが痛いけど」
 ミーティアがくすくす笑う。
は弓使いですものね」
「お茶飲んでゆっくりしたら、訓練するよ。午前中いっぱい本にかまけちゃったからね」
 言い、少しぬるめになった紅茶をは一口飲んだ。


 トロデーン王国の昼。
 3人は仲良く中庭でお茶を楽しんでいた。





のんびり行きますDQ8その2。書きたいところだけ書くつもりですが、手前の事もかいとこかな的考えで作成中。

2005・5・6

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