少女訪問



 緑豊かな大地。
 トロデーンは長い歴史を持つ、由緒正しき王国だ。
 その王国の城門の前に、黒茶色の髪をした少女が立っていた。
「おい娘、どうした? 親はいないのか?」
 門番が少女に問うと、彼女は髪と同じ色をした瞳をまっすぐに王宮に向けたまま、
「あたし、おうさまに、会いにきたの」
 言い、膝から崩れ落ちて倒れた。


 少女が目覚めると、目の前には知らない女性があった。
 思わず身を強張らせて警戒を露わにする。
 女性はやさしく微笑む。
「大丈夫、わたしは貴方を傷つけたりしないわ。分かるかしら?
わたしの名前はルシルダ。あなたのお名前は?」
 近づくこともせず、かといって離れることもしない。
 その女性は根気よく少女の警戒が解けるのを待った。
 それは功をそうし、彼女に話をさせることに成功する。
「あたしの名前は。あのね、あたし、おうさまに会いにきたの」
「ええ、門番から聞いたわ。どうして王にお会いになりたいのかしら?」
「あたしのお母さんが、てがみを持っておうさまに会えって。もう、おうちに戻ってきちゃいけないよって。だから」
 少女は服の中にしまいこんでいた手紙を差し出す。
 ルシルダはその手紙を受け取った。
「……じゃあ、今から一緒に王に会いましょうか」
「うん」
 少女はこくりと頷いた。



 トロデーン王、トロデは目の前の少女と手紙を交互に見やり――そうしてから大きく息を吐いた。
 今年は色々とあるな、という気持ちになる。
 トロデは王座に腰かけたまま、の容姿をまじまじと見た。
、と言ったな?」
「はい、おうさま」
 正面に立つ幼い少女に、トロデは微笑みかけた。
「お前はどうやらワシの血族のようじゃ」
「お、王!」
 大臣が鋭い声を上げる。
 トロデは大臣のほうへ顔を向けた。
「そんな簡単な問題ではありませぬぞ! どこにこの娘が血族のものだという確証がありましょうか!」
「大臣、わしには妹がいたであろう」
「は。いや、確かにいらっしゃいましたが、しかし――」
「妹は行方不明になった」
 トロデの妹は、近くの湖に供とともに出かけ、そして戻っては来なかった。
 もう随分と昔の話だ。
「このは妹にうりふたつ。そしてなにより、その者が腕に着けているブレスレット」
 の右腕にはめられている装飾品を示し、トロデは言葉を続ける。
「それはな、わしが妹の誕生日に贈ってやったものじゃからな」
 トロデーン王家の家紋が入った、恐ろしく細かい銀細工に蒼色の玉をあしらえたブレスレット。
 デザインを考案したのはトロデ王自身で、同じものは二つとない。
 それを持っているということは、少女は少なくとも妹と関わりがある。
 加えて手紙を読めば、自ずと結果が出てくるというものだった。
 トロデはの側による。
「お前の母はどうした? なぜ一緒にここへ来なんだ」
 が瞳を曇らせる。
「お母さんは、いなくなっちゃった。遠くへいっちゃった」
「――そうか」
「お母さんと長老さまたちが、あたしに言った。トロデーンにあるこわい杖をまもるんだよって」
「……怖い杖……」
 古の賢者たちが巨悪を封印したという杖のことだと直ぐに気付く。
 しかし、こんな幼子になにができよう。
 妹は自分の代わりに、見守る役目を子に託したのだろうか。
 はトロデに言う。
「一族の魔法をいっしょうけんめい勉強して、ふういんをつよめるんだって言われた。それが、あたしのおやくめだって。もう、村へはかえれないから、ここにいてもいい?」
 トロデは微笑む。
「勿論じゃ。わしにはミーティアという娘がおる。それに、つい半年ほど前にやって来た少年もおる。仲良くしてやってくれ。そうじゃな……お前の部屋は、ミーティアの部屋の近くにしよう。ルシルダ、案内してやってくれ」
「はい、王様。……ところで、彼女の……、さまの扱いは如何なされます?」
「普通に考えればミーティアの従姉妹――姫になるな。大げさな式などはせんつもりじゃが、そのうち口頭で広がっていくとは思うが。しかし王家の者としての教育は最小限でよい」
「では、そのように致します。さ、姫さま、参りましょう」
 ルシルダに言われ、は首をかしげる。
「あたし、姫さまじゃないよ。だよ」
「――では様、行きましょう?」
「うん」

 ルシルダに連れられてが去ると、大臣は大きく息を吐いて肩を落とした。
「王、本当によろしいのですね」
「よい。……後の事は、あの子が自分で少しずつ学んでいくじゃろう」
 言い、トロデは手紙に視線を向けた。
 不思議な指ざわりの紙に、黒いインクで文字が書かれている。
 親愛なる兄様へ、と書かれた文頭。
 その下には、今までに起こったことが、簡略的に書かれていた。
 妹が、湖で出会った人に惹かれ、焦がれ、その人が止めるのも聞かずに
 従者を巻き込んでその人の<村>へと行ってしまったこと。
 その人と恋仲になり、その村に定住したこと。
 村は普段外界から切り離されていて、トロデに連絡しようにもできなかったこと。
 その人との間に子供ができ、その娘がだということ。
 最後に、心配をかけてすまなかったという言葉と、署名が記されていた。
「……あの子はどこまで分かっているんじゃろうな」
 もう一度大きく、息を吐いた。



DQ8本編からはかなり前の話。というか、あまり本編のことは扱わないと思うのですよ。
ゲームやってれば知ってるだろうしなぁとか。ちょっと先々考え中。

2005・4・24

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