ごめんなさい





「ねぇ、ちょっとあの子、調子に乗りすぎじゃない?」
「そうだよねー」
同意する者はあっても、反対する者などいようはずもない。
ここに集まった5人ほどの女子達は、皆、尽の彼女なのだから。
前々から尽がちょっかいを出しているに対し、
苛立ちを募らせていたが、ここに来て、その鬱憤が爆発してしまった。
最近微妙に2人の仲がよくなっているのが、最大の原因。
尽にベタベタする者は、排除すべし。
この5人の中では、抜け駆け禁止(一応)という決まりがあるので、別とするが‥‥、
ともかく、尽が本気っぽいという存在は、とてもよろしくない。
5人は、脅しを掛ける事に決めた。



とりあえずは、警告から。



休み時間、尽がいないのを見計らって、本を読んでいるの元へ、
ツカツカと歩み寄る。
少々イジワルさんな声で、話し掛けた。
さん、ちょっといい?」
はふぃっと顔を上げ、目の前にいる女子を見て、
”東雲尽関連か‥‥”と、苦笑いを零した。
これから言われる事が、なんとなくだが想像できてしまったのである。
それを知ってか知らずか、その子は考えと違わぬ言葉を投げてよこした。
「尽くんにベタベタしないでよね、尽くん、迷惑してるんだから」
恐るべし、乙女フィルター。
こちらが迷惑をこうむっているとは、これっぽっちも思わないらしい。
しかし、どうしたものか。
ここで、「向こうが近寄って来るんだもん」なんて言おうものなら、
確実に更に怒りを増発させてしまう。
かといって「はい」と言っても、その後尽と話をしたりすれば、裏切った!みたいな
事になるかとも思われるし。
さて、どうしよう。
悩んでいると、当人‥‥尽がやって来た。
急に女の子は慌てた素振りで、その場を立ち去る。
‥‥まあ、好きな人に、脅している現場なんて見られたかないわな。
入れ替わるようにして、尽が近寄って来る。
「どうしたんだー?」
「‥‥別に」
先程の事を言えば簡単ではあるのだけれど、そうすると彼女の立場が悪くなるだろう。
自分とは違って、尽を乙女フィルターがかかるぐらい想っているようだし。
ここは、黙っておくべきだろうという、なりの結論に達した。


「注意したんでしょ?なんでまた尽くんと話してるのよ、あの子っ!」
「‥‥」
「これはもう、実力行使よね」
うんうん、と頷く尽の彼女たち。
この日から、尽からを引き剥がす為の、ちょっとしたイジワルが始まった。


体育でのドッジボール。
尽の彼女たちは、全員が全員、を意図的に集中攻撃していた。
傍目に見ても判る位、物凄く狙われている。
先生も困惑顔だが、作戦なのかどうかが微妙な所で、注意も出来ない。
「きゃ!」
側の1人が、ボールに当たってコケる。
そのおかげで、少しの空き時間が出来た。
の友人、祥子が近寄ってくる。
ちゃん、大丈夫?」
「祥子‥‥悪いんだけど、ピンとゴム、持ってる?」
ゆっくりと息継ぎをし、動悸を落ち着ける。
先生も、その様子を見て少しプレイ再開を遅らせてくれているようだ。
敵陣にいる尽は、あっ、と息を飲む。
向こう側のコートにいたが、いつぞやのように髪の毛をくくり上げ、
前髪を少しだけ、邪魔にならないようにピンでとめたから。
自分がヒトメボレをした、あの姿。
その姿を見て、男子がざわつく。
‥‥‥‥恐れていた事が起こったと、尽は苦虫を噛み潰したような表情になった。
「先生、やらないんですか?」
外野女子の言葉に、笛を吹いて再開を促す。
また、集中攻撃が始まった。
‥‥‥‥が。
(な、なんで当たらないのよ!)
左右に後ろ、正面からもを狙って集中攻撃しているというのに、
全然当たらない。
これなら当たるだろう、というようなボールでも、身体が柔らかいのか、
まるで体操部みたいな動きで避けられてしまう。
殆ど動きが止まらないのに、疲れた様子さえ見せない彼女。
普段、本ばかり読んでいて、全然外で遊ばない人間が、
こんな機敏な動きをするのだろうか?
投げ続けている尽の彼女たちの方が、完全に息が上がってしまった。
は襲い来るボールを、ある時は機敏に、ある時はフワフワとした動きで避ける。
ひとくくりにした髪が舞って、ダンスみたいだと誰かが思った。
疲れのたまった尽の彼女が投げたボールが、バウンドしての手元に届く。
「‥‥ふぅ‥‥」
は一息つくと、向こう側にいる尽に、ニコリと微笑んだ。
どきん、と胸が跳ねる。
が、オレに笑いかけてる!?)
幸せな気分。
‥‥だが、次の瞬間。
「‥‥でいっ!!」
「うわぁ!!」
が投げたボールは、物凄い勢いで尽にヒット。
唖然とする尽に向かって、は「べー」と舌を出した。

体育後、暑いからといって髪の毛を下ろさないに、
男子が興味深々な視線を向けているのが、とてつもなく気に入らない尽がそこにいた。
尚、ドッジボール部に入ってくれ!と、スカウトされたりしているだったが、
丁重にお断りした事を付け加えておく。

「‥‥大人しいと思ってたのに、あんなに運動能力があったなんて‥‥」
「ちょっとね‥‥意外よね」
自分たちの方がボロボロになってしまった尽の彼女達は、別の手を考えていた。
諦めてはいけない。
ここで諦めたら、尽を誰が守ってやるのか。
怖いぞ、乙女フィルター。
「作戦その2、行きましょうっ」


掃除の時間、は祥子と床掃除をしていた。
髪型はもう諦めたのか、くくったままである。
祥子は嬉しそうだったが、としては余り宜しくない。
目立ちたくないからだが、こうなっては目立たない、というのも無理があるかも‥‥。
ちゃん、さっきのって、尽くんファンからのイジメじゃあ‥」
「イジメねぇ‥‥アレ位なら、大した事ないよ」
あっけらかんと答えるに、そばにいた実行係の女の子が腹を立てた。
本当は、バケツの水を床に撒き散らして逃げる予定だったのだが‥‥。
「っあ!」
「っわ!」

――ばっしゃしゃん。

コケたフリで、思い切りに水をぶっ掛ける。
祥子をかばうようにして立ったが、モロにそれを受けたので、
祥子に被害は殆どない。
「あぁーー、ごめんねぇ、悪気はないんだけど‥‥」
雑巾のしぼり水。
はっきりいって、大変な事になっている。
が、は慌てず騒がず、祥子を連れて、警備員のおっちゃんの所へ
すたすたと歩いて行く。
祥子もそれについていった。
泣くとか喚くとかすると思っていた尽の彼女は、ポケっとしてしまう。
仕方なく、床に飛び散った水をモップで処理する事にした。



「警備のおじちゃーん、ちょっといい?」
警備室に張っているおじさんに、声をかける。
おじさんは、人のいい笑いを浮かべながら、いるよ、と彼女を見て、
驚きの表情をしてしまった。
なんせ、水浸しなんだから、当たり前か。
「嬢ちゃん、どうした!!あぁ説明は後だな、ほれ、こっちだ」



警備員のおっちゃんこと、中村さんは、が整備した花壇をいたく気に入って、
ちょくちょく彼女と交流をもっていた。
ずぶ濡れのを、警備員用のシャワールームへ案内してやり、
担任の教師に連絡してやり、暖かいお茶を出してやる。
とりあえずは1時間サボりだ。
「それにしても‥‥どうしたんだい、一体」
「うん、ちょっと色々あって」
「‥‥イジメじゃないだろうね?」
まさかぁーとけらけら笑うを見て、祥子は内心ハラハラしていたりした。
けれど、は気にも留めないといった感じ。
「あんなのでイジメになんてならないよ。大丈夫、大した事ないから」
ちなみに、服は中村さんが用意してくれたものを着ている。
少し大きめだったが、服があるだけマシだ。
「次の時間からちゃんと出るから」
「‥‥まぁ、また何かあったらここへおいで」
「うん」
はコクリと頷くと、また紅茶をすすった。


その後も、上履きを隠されてみたりとか。
階段から突き落とさるなんて、とんでもなく危険な行動を取られてみたりとか。
そんな事が起こる度、はため息を深めていた。
けれど、我慢の限界に達するような出来事が起こって。


放課後。
がいつもの時間に来て見ると……彼女の作った花壇が、滅茶苦茶にされていた。
「……」
誰がやったかなんて、言わずとも分かる。
きつく唇をかんだ。
後にやってきた祥子と共に、無言で花壇を立て直す。
完膚なきまでに滅茶苦茶にされてしまっているため、
生えているものを一度引き抜かなくてはならない。
土もならして……。
……」
「勝手に名前で呼ぶなって、言わなかったっけ?」
声だけで判断をつける。
背後にいる尽を見もせずに、作業を黙々と続けた。
尽は、この花壇を荒らしたのが、自分の彼女の誰かであろう事に気づいていた。
けれど…、確証もないし。
「ごめん、でも……あいつらにも悪気は――」
ないんだよ。
そう言おうとした尽は、に思いっきり平手を食らっていた。
ぱしん、と軽快な音がする。
「もう、いいから。あっち行って」
「………」
尽はその後、彼女一同を引き連れ、に謝らせた。
もういい、というその言葉も、今までより棘々しくて。


「ねー、尽君、早く帰ろうよー」
「…わりぃ、先帰ってくれる?」
えーとか、うそーとか、ぶつぶつ言ってる彼女連中を置いて、
尽は、あの花壇へと向かった。
夕日も落ちる頃だが、まだ彼女はいるだろうか。


……。
信じられないものを見ている自覚はある。
いつも自分に強気で、当り散らしている彼女の姿は、どこにもなかった。
は、一人で花壇を整備しながら、その頬を涙にぬらしていて。
胸がズキズキする。
彼女を泣かせたのは、自分とそう変わりないのだから。
尽は無言での隣で、作業を手伝いだす。
「…まだ、いたの」
鼻をすすりながら、それでも手は動かしている。
返事をせず、神妙な顔で尽も作業をする。
手は、既に土まみれだ。
「…ごめんなさい」
突然尽が謝る。
別に、彼が悪い訳ではないのに。
「あんたのせいじゃないでしょ。…せい、なのかな」
どっちでもいいやと、少し微笑んだ。
手伝ってくれてるしね、と。


翌日から、尽も花壇整備を率先して手伝いだした。
少しだけの前進だが、それだけでも嬉しいと感じる心があって。
先は、まだ長いようだが、今はこれでいい。
一緒にいれれば、それで。




2003・4・26
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