運命の君 夕日をバックに立っている姿がカッコイイから好きになる。 体育が上手だから好きになる。 大人と違って、恋愛というものの導火線が物凄く短く、 着火点と爆発点が同じような位置にあって、 一度火が点けば、後は爆発し続けるか、燃え尽きるかのどちらかしかない。 子供の恋とは、そういうもの。 大人であれば、夕日に向かって立つ姿がカッコイイ、なんていう とんでもない理由で付き合い出したりする事は、殆どあるまい。 それはともかく、今まではどんな女の子とでも、 ある意味では一線をおいてきた東雲尽だったが、 現在、名も知らぬ相手に爆発――‥要するに、恋愛中であった。 「ねぇ尽くん、昼休みに一緒に遊ばない?」 「あー‥悪いけど、遠慮しとく」 「おい尽!ドッジやりにいかね?」 「気が乗らない」 「この問題を‥えぇと、東雲君やってみて」 「(ボー‥)」 「東雲君!」 「うわぁ!はいっ!!」 ここ数日、まるで尽らしくない行動に、数ある彼女達や友人、 あまつさえ先生ですら、不思議そうな顔をしていた。 恋煩い。 パラメータでいったら、一気にときめき状態か。 (一体、どこの誰なんだろう‥あの子) 授業も右から左に流れる勢いで、ボーっとしながら何気なく学友たちを見回す。 ‥‥姉は、自分のいるクラスに、その子がいるのではないかと言った。 が、何度見回したって、あの子はいない。 自分の姉を知っていたのも不思議である。 それに、最後のあの表情――‥。 間違いなく自分を知っていて、尚且つ好意をもたれてはいない様子。 こっちはこの間初めて会ったというのに、嫌われる理由なんてわかるはずもなく。 「‥‥東雲君」 「え、あ?」 気づくと、が近くに立っていた。 どうやら、授業で使う教材を配りに来たらしい。 一番前の席だからだろう。 相変わらず、顔が前髪で殆ど隠れている。 目に悪そうだが、彼女自身もそう思っているに違いない。 時たま、うっとうしそうに、前髪をかき上げているから。 だったら前髪を切るか留めるかすればいいと思うのだが、それもしない。 彼女的に、何か理由があるのだろう。 尽は教材を受け取ると、「ありがとう」と微笑んだ。 頭の中は見知らぬ子でいっぱいいっぱいでも、 女子に対する礼節を忘れない辺りが尽である。 は、うんともすんとも言わず、次の人へと教材を渡していた。 ふと、その姿を目で追う。 横顔に、なんとなく見覚えがある気がする。 勿論クラスメートなのだから、横顔ぐらい見た事があって当たり前なのだが‥。 というより、彼女の顔をまじまじと見た事なんてないので、 そう感じるのかも、と考えたのだが‥‥自分の中の何かが、 そうじゃない、と告げている。 頭の中で、いくつかのパズルが組み合わさった瞬間、 彼は教材を渡し終え、戻ってきた‥というか、席に着こうと歩いていたの腕を、 思い切り掴んでいた。 教室が、ザワつきだす。 尽自身驚いていたが、もっと驚いたのは彼女の方。 なぜだか、顔をあわせないようにそっぽを向いている。 ‥‥注目されるのを、嫌がるみたいに。 「あー‥‥え、と‥‥ご、ごめん」 「‥別にいいから、手を離して」 「あ、うん」 するり、と手を放す。 何でそんな事をしたのか自分でも分からず、尽は両手をまじまじと見た。 は何事もなかったように、すとん、と席に着くものの、 周りの、自称他称の尽の彼女達からは、こそこそと文句を言われている。 まずい事をしたかなとも思うが、今更どうしようもない。 (‥どうして、とあの子が同じだ何て思ったんだろう‥) 性格も違う感じがするし、姿だって――‥。 一つ似ているとすれば、自分を見る時の雰囲気。 何となく、トゲトゲオーラとでも言おうか‥そんなもので。 尽はため息をつくと、また麗しの彼女を思って、何処かへと意識を羽ばたかせた。 本日最後の授業意は、体育でドッジボール。 その前の準備運動で、何の因果かと尽がペアになった。 腕つかみの一件があったのも相成り、女子の怒りマークが増大しているが、 彼女は全く気にしない。 大体先生に言われてペアになったのに、文句を言われる筋合いもなく。 尽も頭の中はそれどころではないし。 先生の号令と共に柔軟運動をする。 が開脚で座り、尽が後ろから前に押す。 彼女の体は、何の抵抗もなくペタン、と前に倒れた。 押す力なんて、殆どいらない。 「うへぇ‥、柔らかいなぁ」 「何?がちがちだと思ってたの?」 「本ばっか読んでて、大人しいからさ」 「‥‥偏見だね」 普通に話が出来ている事に、何となく感動を覚えつつ、柔軟は続く。 今までまともに話なんてした事なかったから、尽は少し嬉しくなった。 「ってさ、実はオレの事嫌いでしょ」 「‥‥別に」 「じゃあ、スキ?」 何となくいつもの調子に戻っている尽。 珍しい人と話をしているからだろう、と自分なりに推測をする。 は尽の台詞に、思い切り眉根を寄せる。 さすが、何人もの彼女を持つ男だと、小さくため息をついた。 「悪いけど、女子をとっかえひっかえするような人は、タイプじゃない」 「うあー、手厳しいね」 「普通の感覚だと思うけど?」 あっけらかんと答えるだが、 尽に向かってここまでツッケンドンに言える人物も珍しい。 しかもしれが、嫌だとか腹立たしいとか思わない尽も、 己の心が不思議でたまらなかった。 普段だったら、言われれば多少なり、嫌な思いをするはずなのに。 二人のそんな様子に、回りの女子が痛い視線を投げつける。 尽はいわゆる、小学校内の葉月珪。 しかも、のような転入生と尽が楽しそう(?)にしているのを、黙っていられない。 そんな事を後ろの女子達が思っているとも知らず、 尽は実に上機嫌だった。 放課後。 帰り支度をしていたの元に、数名の女性と男子が話しかけてきた。 男子は女子に言われて来た感がある。 女の子たちは、いずれも尽の彼女‥‥加えて言うが、自称他称含む、であるが。 半ば無理矢理、を廊下に連れ出し、 少し見えにくくなっている階段まで歩かせる。 完全な死角でもないが、とにかく見え辛い。 周りがこちらを気にしていないことを男子が確認すると、 突然、女子の態度がキツくなった。 ‥‥まあ、良くあるヤツである。 「あのさぁ、尽くんにべたべたしないでよね」 「体育のペアの事なら、私じゃなくて先生に文句言ってね」 淡々と答える態度に腹が立ったのか、女子のうちの一人がぷりぷり怒り出す。 まぁ、気に入らない時は箸が転がっても気に入らないものだし。 彼女らに対して反論した所で、全く何の成果も得られない。 むしろ、火に油を注ぐ事になるだろう。 「ちょっと、聞いてるの?」 「うん」 一応ね、と心の中で付け加えつつ。 まだまだ怒りの収まらない女子達だったが、その行為に気づいた人が二人ばかり。 尽と、の友人である祥子である。 祥子は囲まれているを見るや否や、 ちょっとおっかなびっくりしながらも歩いてきて、 申し訳なさそうに男子をどかし、彼女をかばうように前に立った。 本来、少々気弱な性格なので、足が少し震えている。 「ひ、一人相手にこういうの、よくないよ。 ちゃんが可哀そうでしょう?」 「うるさいなぁ。私達の尽くんに手を出すからよ!」 話が飛躍しすぎているが、ともかくそう言って祥子を女子の一人が突き飛ばす。 運悪くバランスを崩して、彼女は壁に背を打ち付ける。 いい気味だと笑う女子軍と、それを傍観する男子を見て、 の線が一本、ぷちん、と音を立てた。 尽がやっとで側によってくると、彼女達は態度を豹変させ、 愛らしい微笑みを彼に投げかかる。 「あ、尽くんっ!」 「何してるんだい?こんな所で」 「え、ちょっと皆で話をしてただけ。ね、そうよねっ」 と祥子を除いてのみ、皆頷く。 頷きなさいよ、と目で脅しをかけた尽の彼女その@は、 怒りの矛先であったを見て‥‥‥固まる。 いつもは大人しめな彼女が、自分を睨み付けていたから。 なんだか―――‥‥逆鱗に触れたらしい。 はツカツカと彼女その1に歩み寄ると、威圧的ともいえる態度でキッと睨む。 祥子は、やっちゃった‥という顔をしていた。 「あのね、私をどうこうするのは別にいいよ。でもね――」 すぅ、と息を吸う。 なんだか、ホントに、別人みたいな。 一瞬の間の後、はその1を睨みつけたまま、静かに怒りを発していた。 「でもね、友達にまで被害出さないで」 「‥‥‥」 射殺すような視線の強さで男女を一瞥し、祥子を立たせると、尽を睨みつける。 「‥‥自分の彼女達ぐらい、しっかり見ててあげなさいよね」 「あ‥‥」 ふぃっとその場を立ち去る彼女が、 あのヒトメボレの子に思い切りダブる。 奇妙なデジャヴ。 ‥‥立ち振る舞いが一緒なのだろうか‥。 怒られた事ですら念頭からすっぱり消え、 謝ろうとする彼女達の言葉を完全に無視し、立ち尽くす。 とにかく、きちんとに謝りたくて、尽は教室へと歩みを進めた。 教室では、が祥子に髪の毛をいじらせているところだった。 「ごめんね、迷惑かけちゃって‥」 申し訳なさそうに、は祥子に謝っていたが、 祥子のほうは笑顔で「髪の毛いじらせてくれるから許す」と答えた。 何となく、声をかけ辛い。 どうやって謝ろう。 というより、許してくれるだろうか。 彼女は、自分を思い切り嫌っているきらいがあるし。 入り口のところから、度々中を覗く。 の表情は、祥子の背中が邪魔をしているのと、 自分とは反対のほうを向いているのとで全く見えない。 「でも、ちゃん凄いよね」 「何が?」 「だって、雑誌に出てたりするじゃない」 「‥母さんの趣味よ、趣味。遊ぶ時間少なくなるし、面倒くさいし、嫌い」 ‥‥‥雑誌に出るほど可愛いか?なんて首をかしげる尽。 いや、顔をまじめに見た事がないから、どうとも言えないのだが。 ‥じゃなくて、謝るんじゃないのか。 「‥‥はいっ、できた。はずしたら駄目だからね」 「はぁーい」 くすくす笑いながら、祥子が自分のカバンを取りに立ち去る。 の髪を見て、尽は思わず固まった。 ポニーテール‥‥。 雰囲気まで一緒。 (い、いやいや‥そんな事あるはずないって!) 頭を振り、とにかく当初の目的通り謝ろうと、教室の中へ一歩入り、 に声をかける。 「!」 「え?」 「‥‥‥‥‥‥‥」 「‥‥‥‥‥‥‥」 振り向いた彼女を見て、今度こそ本当に、なんというか、石になる。 尽だけでなく、の方も固まっていた。 お互いに口を開けたままポカンとし、次にどう出ていいのか全く頭から出てこない。 言うべき言葉も見つからない。 その空間を引き裂いたのは、祥子だった。 「二人とも、どうしたの?」 「っ‥‥‥!!」 「ああーーーーーっ!!!」 尽が叫ぶのと同時に、は祥子にやってもらったポニーテールを崩し、 ピンで留めていた前髪も元の状態にした。 祥子が「はずしたら駄目だって言ったのに」とぶつぶつ言うが、そんな事お構いなし。 一番見られたくない人物に、いつもと違う自分を見られてしまったは、 どうしたらいいか必死に頭の中で考えていた。 だが、時既に遅し。 尽は自分の想い人を見つけてしまったのだから。 本当に、このクラスにいた。 それも、普段は全く男子に人気のない、。 いつも前髪を下ろしていた理由は不明だが、とにかく、物凄く可愛い事が判明。 嬉しいやら驚くやら、心の中がぐちゃぐちゃになっていた。 「昨日体育着届けてくれたの、だったんだ」 「‥‥用がないなら、帰る。じゃね」 立ち去ろうとするの腕を引っつかんで、逃がさないようにする。 嫌がる彼女をとにかく引きとめようと、尽は必死になっていた。 「さっきの事はあやまる!ゴメン!!」 「それはもういいから、離してってば!」 「嫌だ!」 「‥‥‥な、なによっ、まだ何かあるの?」 ピンで留めていたせいか、前髪がいつものように戻りきらず、 彼女の目がしっかり見えている。 尽は赤くなりながらも、跳ねる心臓を叱咤して、叫んだ。 教室に自分の彼女達が入ってきた事も全く気づかず。 「好きだぁっ!!」 「‥‥‥‥‥‥」 と祥子、そして尽の彼女達がいっせいに凍りつく。 まさか、こんな人の――というか、彼女達いる前で本気か冗談かはさておき、 告白するとは思っていなくて。 珍しくもドキドキしながら返事を待つ尽。 だが、から帰って来た言葉は‥‥。 「‥‥‥馬鹿?」 ‥‥冷たかった。 「冗談にしては最悪だわよ。あんたの彼女達は後ろの子らでしょうに」 「そうよ尽くん!!」 「そんな子どうだっていいでしょう!」 女子軍からの攻撃に少し勢いをそがれた尽は、思わず掴んでいた手を離してしまった。 それを見逃さず、さっと身を翻して女子軍がたまっている方向とは逆の、 前の入り口から祥子と共に出て行こうとする。 「あっ、!」 「東雲尽っ、次、変な冗談言ったら本気で怒るからね!」 冗談じゃないのに‥‥。 キーキー言う女子軍を尻目に、尽はの去った方向を見ていた。 こうして、東雲尽との苦難は始まったのである。 2002・7・8 ブラウザback |