苦手人種




東雲尽。
高校生の姉を持つ、小学生。
どの学年、どのクラスでも名前を聞けばたいていは知られていて、
小学生ながらにモテる男の子。
彼に声を掛けられて、喜ばない女子は少ない。
尽は女子に優しく接するよう心がけていたし、それがモテるゆえんでもあるのだが。
そんな彼が、比較的苦手としている女子がいた。

同じクラスで、割合大人しいタイプの子。
数週間前に転入してきたばかりだった。
肩ほどの髪に、長めな前髪。
普段本を読んでいて、親しい友人としか話さないような子。
俯いているのが多く、彼女の目をしっかり見た事があるのは女友達、
それもごくごく仲のイイ友達だけ。
大人しいから、というのが尽の苦手の理由ではなかった。
他の子にするような、いわゆるアプローチをしても、
何の反応も示さないのが、その理由。
今までつちかってきた話術やら何やら、とにかく通じない。
尽にとっては、未知の生物にさえ見える。



その日も尽は、いつものように女の子やら男の子やら、
とにかく大勢と一緒になって、昼休みを遊びで満喫していた。
「‥‥あっ、いっけねー、オレ、今日鉢植えの水遣り係りだ。」
教室の中にある花の世話は、日替わりで回っている。
今日は尽の当番だったのだが、友人に遊びに誘われて、
すっかり忘れてしまっていた。
昼休み中に仕事を片付けなければ、先生に文句を言われてしまう。
友人達に”先に戻る”と告げ、慌てて教室へと戻る。
6年の教室は上の方にあるので、歩いていると少し時間を要する。
1段飛ばしで走り、後ろ側から教室へ入った。
水やり用のジョーロは、教室の後ろにあるからだったのだが。
「‥‥あれ?、何してるの?」
「何って‥‥水やり」
言葉の通り、彼女は尽の仕事だった水やりをしていた。
見ると、どの鉢植えにも、葉の上に水滴が光っている。
今、水をやっているのが最後のようだ。
「ご、ごめん、オレ忘れててさぁ」
取り繕うように言う尽を、しっかり見もせず、
「別に大丈夫だから」と言うとジョーロを渡した。
俯き加減ゆえに、表情は良く見えない。
「残りの水、捨てて来て。それ位しても、バチ当たらない」
言うなり、さっさと席へ戻り、読みかけの本を開いて自分の世界に入り込んでしまった。
彼女の友人達は外へ出て遊ぶのに、はそうしない。
団体行動が嫌いなのか、それとも単に大人しいのかは測りかねる。
ともかく、ジョーロの中に残っている水を流す為、尽は水場へと足を向けた。
教室の外に出た所で、丁度、尽の取りまきともいえる女の子が、
数名近寄ってくる。
にこやかに微笑むと、彼女達は嬉しそうな声を上げた。
「尽くん、当番だったんだぁ」
「私たちに言ってくれれば、やったのに」
「ありがとう。でもホラ、すぐ終わる事だし、手を煩わせる事もないよ」
結局、にやってもらった事になってしまったのだが、と思いながらも、
それは口にはしない。
ある意味、彼の見栄でもある。
女の子の前で、格好悪い事をする訳にもいかないし、
素直に”にやってもらった”なんて言おうものなら、変に標的になりかねない。
(それにしても‥‥イイトコあるじゃん)
何となく、自分は嫌われているというか‥‥、
みたいなタイプからは、敬遠される事が多いから、
てっきり教室でも無視されるかと思っていたのだが。
水やり代わってくれたし――。
好みのタイプかと聞かれると、間違いなくNOなのだが、
打算も何もなく人を手伝う、っていうのは、今時小学生だって凄い事。


そんなことを考えながら、女子に囲まれつつ、教室へと戻る。
彼女は戻ってきたらしい友人と、雑談していた。
「尽くん、ねぇってば。聞いてる?」
「あ、ごめん‥‥」
を見ているのが気に入らなかったか、尽は強引に女子の話に
耳を傾けさせられた。
彼女がまだ少し気になったけど、とりあえず保留にして、話に戻る。


「ふぁー、今日も遊んだ遊んだ!」
放課後。
散々遊んだ尽は、色濃い夕日の光の中、家に向かって1人でてほてほと歩いていた。
途中までは友人と一緒だったが、手前の十字路で皆バラける。
自宅に帰るのに公園の前を通るのだが、ふと、見知った相手を公園内に見つけて、
足をとめた。
(あれ、姉ちゃんだ‥‥)
尽の姉が、誰かと話をしている。
自分と同じぐらいの女の子――。
何かを姉に手渡しているようだ。
‥‥それにしても、姉の前にいる少女、どこかで見た気がする。
ここにいる、という事は同じ学校だろうが――‥‥。
「それじゃあ、私はこれで」
尽が近付いていくと、少女はお辞儀をして立ち去ろうとする所だった。
振り向いた瞬間、尽と彼女の目がバッチリあう。
――2人とも、固まった。
少女はバツの悪そうな顔をし、尽に挨拶をするでもなく、
さっさとその場から走って逃げる。
隣で姉が「ありがとうねー」なんて、のんびりした声を投げかけていた。
少女の後姿が消えてしまうまで見ていた尽は、姉に向き直って勢いよく話し掛ける。
「ね、姉ちゃん!あの子だれっ」
「だれーって‥‥同じクラスの子でしょ?ほら、あんたの体育着届けてくれたし」
「え‥‥」
明日使うのに、忘れたからみたいだから、ついでで届けました。
そう言っていたそうだ。
‥‥自分のクラスに、あんな子はいないはずなのに。
そう思いつつも、何か引っかかりを覚えて仕方ない。
「あの子、尽の何番目のカノジョ?」
「‥‥ううん、違う――カノジョじゃ、ないんだ」
「すうっごく可愛い子だったよ〜。妹にしたい位。
私てっきり‥‥あ、尽、ほらこれ」
私買い物してから帰るから、と言い放つと、なんだかホケッとしている尽をおいて
立ち去る姉。
当の尽はというと、受け取った体育袋を片手に、
とぽとぽとゆっくり家へ歩いていった。
頭の中には、さっき見た少女で半分以上が埋まっている。
さらさらの髪。
ポニーテールに近い状態にされた髪は、走るとふわふわ踊って、
前髪はピンで整えられていた。
目はぱっちりしていて、強い印象を与える。
ただ、少女が自分に向けた視線は、好意的なもの、とは言いがたかった。
でも、忘れた物を届けてくれて――‥‥よく分からない。
知人や自分の彼女達を当てはめてみても、一致しない。
――知りたい。
あの子が誰で、どこの子なのか。
沢山いる彼女達の事なんか全部吹き飛び、今日の宿題の事も頭から消えうせ、
それだけを考えている。



東雲尽。
人生初の、ヒトメボレという奴を経験中であった。




2002・6・29
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