お手製
「まーどーかーくん!」
間延びした声に、まどかは思わず机についていたひじをずり落とす。
頭痛のしてきそうなこめかみを押さえながらも席を立ち、己を呼ぶ少女のもとへ歩み寄った。
「〜……呼んでくれんのは嬉しいんやけど…」
目の前まで歩いてきたまどかを見上げ、にっこりと邪気のない笑顔を浮かべる。
その微笑みに脱力しそうになりながら、
まどかは過去何度言ったかわからない注意を再度口にした。
「その……なんつーか、“あ〜そ〜ぼ〜!”と
語尾にくっつきそうな呼び方はやめてくれ…って俺は一体何回言うたか?」
「エヘヘ〜」
ほほをかきながら微笑む姿に、ハッキリ言って反省の2文字は存在しない。
再びがっくりと肩を落としたまどかは、しかし瞬時に気を取り直して顔に笑みを貼り付ける。
呼び方はともかく、こうして己のクラスまでわざわざ会いに来てくれる行為が
単純に嬉しかいからだ。
「で、今日はどないしたん?の方から俺に会いに来てくれるやなんて、
まさかデートのお誘いか?」
うきうきと声をかけてくるまどかに、はやや頭を悩ませた後こっくりと頷いた。
のほほんとした、独特の笑顔で長身のまどかを見上げる。
「デートって言えば、デートかな?」
「え?ほんまに!?」
「うん。……あのね、明日なんだけど……お昼、一緒に食べよ?」
小首を傾げて手を合わせるの姿にまどかは微笑する。
この、お願い、をする時のポーズをまどかは密かに気に入っているのだ。
故に、彼女のお願いを100%断われない、という弱点を抱えていることに、
聡いはずのまどかは何故かまだ気づかない。
「……ダメ、かな?」
少し不安そうに瞳を伏せたの手を取り、口元に笑みをたたえた。
「まどかくん……」
「明日なんて、気の長い話じゃなく……俺は今日夕飯一緒でも全然かまへんで」
さりげなくデートの誘いを含めつつ、OKの返事を渡す。
その言葉にはしばし考え込み、残念そうに表情を曇らせた。
「今日はちょっとだけ用事があるからダメ。……ゴメンね」
心底申し訳なさそうに謝る少女にまどかは苦笑をもらす。
大きな手でポンポンとあやすように頭を叩きながら、優しく囁いた。
「残念やけど、明日の約束があるからええわ。
自分から誘いに来たんや……忘れちゃあかんで?」
「うん!それは大丈夫!バッチリOK!…だって、私とっても楽しみだもん!」
にっこりと拳を振り上げて力説する姿が愛しい。
穏やかに微笑む少女を、まどかがどれ程大切に思っているか……
かけらもは気づいていないだろう。
予鈴の音を聞きながら、もう一度念を押すとは足早に教室へと戻って行った。
密かに立てた計画を実行できる喜びを噛みしめながら――。
〜翌早朝〜
早起きが苦手な姉が、台所で何やら格闘している……。
その事実を受け入れることができず、尽は思わず廊下に立ちつくした。
目覚ましをいくつ並べておいても決して朝起きない我が姉が、自分より早く起きているなんて。
しかもあまつさえ脳が正常に機能し何かを行っているのだ。
いつまでもダメ姉と思っていたが、やっと普通の、まともな人間になってくれたということか。
感無量な不思議な感慨を抱きつつ、尽はしみじみとの働く姿を見つめていた。
「……あれ?なんかフライパンがおかしい……」
ふと焦げ臭いのを感じて台所の中へおそるおそる足を踏み入れる。
見ると、フライパンの中の卵焼きが少しばかり焦げ始めているではないか……!
「姉ちゃん!焦げてる!!」
慌てて火を止めて、器用にもフライ返しでキッチンペーパーの上に卵焼きをのせる。
「………え?……尽?何であんたここにいるの?」
ぼんやりとした目を向けるに、尽は嫌な汗を浮かべる。
「おい、姉ちゃん……まさかと思うけど………今、寝てた…とか言う?」
「……………」
沈黙は肯定の証拠ということを、賢い弟は理解していた。
わなわなと拳が震えるのを止められない。
「コンロつけたまま寝る奴がいるかよ!危ねーなあ!火事になったらどうするつもりなんだ!」
「………エヘ」
ほほをかきながらも語尾にハートマークをつけそうな勢いのに、
尽は深くため息をついた。
この姉が少しでもまともになったと感動した自分がバカだった……。
そうだ、姉はこういう人物だったはずだ。
どこまでものほほんと、我が道を歩いて行く……さりげなく図太い神経の持ち主。
その姉が……どこを間違えて姫条とイチャついているのやら…。
怒っても無駄なことを尽は熟知していた。
故に、深呼吸で冷静さを取り戻し姉に向き直る。
「で、何がしたかったわけ?朝っぱらから」
「……えっとね…お弁当、作ってたの…」
尽がのせてくれた卵焼きを包丁で切りながら眠い目をこする。
指を切らないように横目で監視しながら、尽は首を傾げた。
「弁当?……でも、毎日母さんが作ってくれてたんじゃなかったっけ?」
「うん。いつもはそうなんだけど……今日だけは自分で作りたかったの。
っていうか、自分で作らないと意味がないの」
嬉しそうに微笑む姿に弟は訳知り顔で納得する。
「なるほどね……姫条のためか」
にや〜と笑う尽に顔を真っ赤にさせてが怒鳴る。
「ち、ちが……違わない…けど……で、でも、違うの!」
「何がだよ〜。姫条の為に頑張って早起きして作ってんだろ〜?
昨日スーパーでいっぱい買い込んだのも、全部姫条のためなんだろ?」
「う〜……つ、尽の意地悪〜!」
涙目になってきた姉に少々慌て、尽はからかうのをやめる。
背伸びして頭をなでながらあきれたような笑顔を浮かべる。
「わるかったよ、ゴメン。お詫びに俺も作るの手伝うから、な?
早く作らないと姉ちゃん遅刻しちゃうぜ」
「え?もうそんな時間?やだ〜!尽!手伝って!」
「……だから手伝うって言ってるだろ……相変わらず人の話聞いてないんだなあ…」
ポリポリと頭をかきながら、尽は姉の指示に従い弁当を盛り付けていった……。
和やかな朝の姉弟の一場面である。
「まーどーかーくん!」
昨日と全く同じ呼び方で現れるにまどかは苦笑を禁じえない。
今日も注意してやろうかと廊下を振り返り……
しかし、嬉しそうに手を振るその姿に心意気は速攻で崩れ去った。
がらにもなく朝からそわそわしていたのは何を隠そうこの自分である。
昼休みを、首をなが〜くして待っていたまどかは、
無駄な会話は省くことをあっさり決意した。
早足で教室の中を抜け、の目の前にやってくる。
「エヘヘ〜……ゴメンね、遅くなって。おなかすいたでしょ」
「ほんまにな〜、もう腹ペコやで。おなかと背中がくっつきそうや。
で、今日はどないするん?外にでも食べ行くか?」
約束はしたものの計画を全く聞いていないまどかは、すっかり外食するつもりでいたらしい。
笑っては手を握るとスタスタと歩きだした。
向かう先は……屋上。
外といえば、外である。
「?屋上でどないするつもりや?」
「今日天気いいから、外で食べようね」
微妙につながっていない会話に眉をひそめるまどかだったが、は何処吹く風。
屋上に着くまで何も語る気はないらしい。
浅からぬ付き合いでそれを察したまどかは、黙ってついていく方針を固めた。
掴まれたままの手を心地よく感じながら……。
「とうちゃ〜く!」
う〜ん、と伸びをするに目を細め、自分も同じように体を伸ばす。
こっちこっち、と手招きされるままについて行き、一番風通しのいい特等席に腰をおろす。
「……で?」
待ちきれない、と言うようにせかすまどかに、
微笑みながらは持ってきたお弁当を広げた。
本当は2つ作ろうと思っていたのだが、尽の提案で重箱となったのである。
弟曰く、別々の弁当をつつくよりも同じ物をつついた方が親密度が上がる、とのことだった。
「……ど、どないしたん?これ……えらい気合い入っとるやんか…」
「あのね……まどかくん、この間チャーハン食べさせてくれたでしょう」
「え……あ〜、あれな」
まどかは少し前に作りすぎたチャーハンを食べてもらったことを思い出した。
しかし、それとこの重箱と何の関係があるというのか……。
「すごくね、美味しかったの。それで、何かお礼したいな、と思って……」
「……」
「……なんて、それは建前なんだけど……えっと…笑わない?」
少しだけ目を伏せたにまどかは言葉をなくす。
何となく……少しずつ彼女の言いたいことが見えてきた。
「まどかくん、この間喫茶店でお茶した時言ってたでしょう。たまには、
自分以外の人が作ったものが食べたい、って……。
あ、あのね…私、トロいけど…勉強も運動もあんまり得意じゃないけど……
家庭科だけはいつも満点なんだよ!」
自分が今、ひどく優しい眼差しを向けていることを遠くで自覚する。
の優しい心が、少しもしみない傷薬のように己の内に入ってくるようだ。
「……だから…だからね……私が、作ってあげようって、思ったの……
他の人がまどかくんに何か作ってあげるんじゃなくて……。
私が、作ったものを食べて欲しくて……!……ゴメンね、
何も言わないでこんなの持ってきちゃって……」
今更ながら、何の了解も得ずに行動したことを悔いる。
どうしてもまどかに己の作ったものを食べてもらいたくて強引に昼食を誘った。
でも、もしかしたら迷惑だったのでは……との考えが脳裏をかすってしまったのだ。
何も言ってくれないから……ただ自分を見つめているだけだから。
けれど、まどかは優しくを抱き寄せた。
何度も髪をなで、抱擁する。
言葉では言い表せないほどの喜びが、幸福感がまどかの内を満たしていった。
「………まどか、くん…?」
「ありがとう……ほんまにありがとう……俺、嬉しすぎて何言うたらええか、わからんわ…」
おそるおそる見上げた先には、が大好きな笑顔があった。
「迷惑じゃ……ない?」
「全然!こんな嬉しいことやったら、毎日でもかまへんで!」
全身で喜びを表現してくれるまどかに、ようやくも笑顔を浮かべる。
「じゃあ、毎日作ってきてあげるね」
にっこりと微笑む少女の言葉にまどかは飛び上がらんばかりに喜んだ。
毎日手料理を食べられるだけでなく、昼休みは絶対に一緒にいられるのだ。
二重のおいしい話……これに喜ばずして何に喜べというのだ。
「ほな、約束やで!あ、でも……ほんまに毎日ええんか?大変やないか?」
「大丈夫!料理するの大好きだし、……まどかくんのため、だし…」
ほほを染めながら俯くを再度抱きしめる。
このままチューでもしそうな勢いだったが、理性を総動員させて耐えきった。
まだ、気が早い……あと少し、二人の仲が進展してからの方がいい。
まどかの思惑など露ほども感じていないは、
穏やかないつもの笑顔を浮かべながら持ってきた取り皿におかずをのせていった。
「ご馳走様でした!いや〜、言うだけのことはあるな〜。ほんまに美味かったで!」
「本当!?よかった〜!」
ホッと胸を撫で下ろすに向かって、まどかは少し真剣な眼差しを向けた。
「なあ……俺今すんごい嬉しくて幸せなんや……。せやから、何でもお願いしてみ?」
「え?」
「……今やったら、何でもの願い、かなえたる」
心の底から嬉しかったまどかは、逆にこの少女に何かしてあげたくてうずうずしているのだ。
この間のチャーハンでは割りが合わない。
いや、今日以上のことをに返したかった。
単純に、まどかは愛しい、大切な少女を喜ばせてやりたかったのだ。
「……なんでも?」
チラリ、と伺うように見上げられ、微笑みながら頷く。
少し考え込むように視線を反らした後、ためらいがちにまどかを覗き込む。
「何でもええで。……言うてみい?」
まどかの言葉に励まされるように、は口を開いた。
「あ、あのね………まどかくんが作ったもの……食べたい…」
「………は?」
「う〜…ご、ゴメンね!嫌だよね……な、何でもない!忘れて!」
慌てたように手を振るに苦笑し、まどかは頷いた。
「ええで、そんなことでが喜んでくれんなら……いくらでも作ってやるさかい」
「……本当?」
こわごわ顔色を伺ってくる少女を思いっきり腕に抱き寄せる。
華奢な体を優しく抱擁しながら、まどかはある提案をした。
「ほな、こうしよか。俺がの昼を作って、が俺の昼を作るんや。どや?」
「お弁当交換こするの?面白そ〜!」
嬉しそうに目を輝かせる少女にまどかは微笑んだ。
髪をなでながら次の約束をするべく囁いた。
「じゃあ、明日の昼は俺が迎えに行ったるから……教室でええこで待っとるんやで?」
「うん!楽しみにしてるね、まどかくんのお弁当!」
自分が作ったものでがこんなに喜んでくれるんだったら、
幾らでも作ろう、と内心決意を固める。
そんなことはかけらも見せずにとっておきの笑顔を見せた。
「俺も、楽しみにしとる……の弁当…」
ほんの少し、二人の仲が前進した、ある昼下がり………。
まどかドリーム……??
思ってたよりラブラブしてないような気も…(汗)
何はともあれ、GS初夢です。まどかです。
……おかしいなあ、私が一押しなのは王子のはずなのに(笑)
えせ関西弁なのは笑ってお許しを!
難しいんですよ〜関西弁は(泣)
だからまどか書くのすごいためらってしまったくらい……。
夢とも言えないへたれでございますが、約束どおりこれは管理人へ贈呈♪(←ワイロ?)
萌え萌えできないヘボでごめんネ!!
ここまで読んで下さった皆様、お付き合い頂きましてありがとうございました!
それでは、本日はこれにて。
葵 詩絵里
2002・7・11
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