変わらぬ誓い







夏の暑い日差しの中、元気に走り回る少女が一人。
普通の人の倍以上動き、のんびり屋の彼を翻弄していた。
「珪くん!次あれ!あれ行こう!」
時刻は正午にほど近く、すでに太陽は頂点にさしかかろうとしている。
流れそうになる汗にため息をつきながら、
珪は強すぎる日差しとそれに負けず元気な少女に目を細めた。
ゆっくりと歩み寄り、落ち着かせるように手をつなぐ。
「そんなに急がなくても、乗り物は逃げないぞ」
「わかってるよ。でも早く乗りたいじゃない」
にっこりと笑う姿は夏そのもの。
内側から発するエネルギーはいつも珪に力を与えていた。
夏とひまわりがよく似合いそうな、明るい笑顔が魅力の少女。
惹かれ始めたのはいつのことか、もうわからない。
「少しのんびりしないか。喉も渇いたし」
近くにあるレストランに誘う珪を見、少しばかり考え込む。
朝から元気なに引っ張りまわされている珪はくたくただった。
それに気づいたのか、微笑みをうかべこっくりと頷く。
「うん、私も喉渇いたしおなかすいた。行こう!」
元気よく手を引かれ、その姿をいとおしそうに見つめる。
そうして二人は、冷房のよく効く店内へと入っていった。





出会いは入学式。
そして、何の因果か運命のイタズラか――。
二人は三年間同じクラスで過ごすことになった。
今は高校生活三年目の夏休み。
周りは受験一色だというのに、この二人は毎週どこかへ遊びに出ていた。
学年首席とその次点なら、余裕なのもわかるが。
今でこそ、普通にデートを繰り返しているが最初は仲などよくなかった。
最も、珪が打ち解けてこなかっただけなのだが。
人と距離をおいてつきあっていた珪に、は最初から近づいてきた。
どれだけ冷たく接しても、微笑みを浮かべてデートに誘うのだ。
優しく、幼子の手を引くように少しずつ外の世界へ連れて行ってくれた。
徐々に心動かされたのは自然の流れ。
飾らない少女に、珪は安らぎを見出していった。





「ジェットコースター乗って、観覧車乗って〜……。
 あ、あとコーヒーカップも!オバケ屋敷も入りたいしゴーカートもしたいし…。
 ね、珪くんは?どこ行きたい?」
休みなく地図を広げ指差すに苦笑する。
この分だと、午後もどれだけ連れまわされるのやら。
「……お手やわらかに」
「え、何?ジェットコースターもっと?いいよ〜何回でも!どんとこい!」
聞こえないフリをするに思わず手を伸ばす。
腕を首にまわし締めるそぶりをすれば、すぐに白旗が揚げられた。
「参った参った!降参!ギブでーす!!」
「早いな……」
笑いながら告げ、腕を外せばむくれた顔が返ってくる。
ドン、と寄りかかられ更に笑みを深めた。
「珪くんに勝てるわけないじゃないの。私これでも女の子なんだから」
ウインクしてみせるを抱きしめる。
こうやってじゃれあうのは最早日常だった。
二人で笑いあい、触れ合う……。
この空間を、珪はとても大切に、宝物のように感じていた。





結局この日、のパワーに圧倒された珪はナイトパレードの観覧中止を希望した。
ぐったりと疲れきってしまっていたのだ。
は、というと笑いながら、じゃあこの日にまた来ようねなどと言い、
手帳に素早く書き込んでいた。
珪も微笑んでOKを出し、二人仲良く帰路へと着く。
どれだけ疲れていようとも、を家まで送るのは最近身についた珪の習慣。
少しでも長く、共にいたい……との思いが募った結果だった。
「ちょっとはしゃぎすぎちゃった?」
すまなそうに謝ってくるに微笑んだ。
つないだ手に力を込めて首を振る。
「元気なを見ていたいから……はそれでいい。そのままで…」
「……珪くん…」
嬉しそうに微笑む少女に笑みを返す。
ぎゅっと腕にしがみつく温もりを感じながら、夕闇が支配する町へと帰っていった。



「送ってくれてありがとう」
「どういたしまして……」
もっと二人で歩いていたかったのに、時は無情にも流れ目的地まで押し上げてしまう。
名残惜しげに手をはなし、いつものように別れる。
たまらなく淋しい瞬間……。
一日が楽しかった分だけ、はなしたくない衝動にかられる。
「じゃあ、またね」
にっこり笑って背を向けるに胸が痛んだ。
自分はこんなにもそばにいたいのに、少女は平気なのか、と……。
想いは爆発してしまった。
はなれた手をつかみ、乱暴にを振り向かせる。
「っ……珪くん…?」
「あ……」
静かな瞳を見つめた瞬間、吹き荒れていた熱は急激に冷めていった。
つかんだ手をどうしていいか迷い、目を伏せる。
でもはなしたくなくて、少しだけ力を込めた。
が困ったように笑っているのがわかる。
わかっているけれど、珪ははなせなかった。
口唇を噛みしめ、立ち尽くす。
「珪くん……」
そっと腕に触れるの温もり。
思わず視線を向けると、ほほに手が当てられて。
赤く染まった顔が近づいてきた……と思った瞬間。
やわらかな口唇が、己のそれに重なった。
「っ………!?」
あまりの衝撃に、思わず手をはなしてしまう。
その瞬間を逃さず、腕をはなし、次いで口唇もはなした。
呆然と目を見張る珪を、潤んだ双眸でじっと見上げる。
「………」
真意がわからず凝視する珪にそっと微笑むと、風のように身を翻した。
さっと門の中に入り、玄関の扉に手をかける。
朱色にほほを染めながら、珪を優しく見つめた。
「……また、日曜日に…ね」
にっこり微笑む姿に見惚れ、目を奪われる。
恥ずかしそうにしながらも、しっかりと珪の目を見つめ笑う。
「……おやすみなさい、珪くん…」
……」
かろうじて微笑む珪に目を細めて喜びをあらわし、そっと扉の内へ姿をかくした。
存在が視界から消え去った瞬間、体中から息を吐き出す。
塀に寄りかかり、そっと指先で口唇に触れた。
の気持ちがわからず、髪をかきあげた。
いや、きっと自分はわかっている。
だがもし、それが誤解だったら……自分のうぬぼれだったら耐えられないから。
可能性にフタをして、握りつぶした。
首を振り、ゆっくりと帰路へと着く。
昨日より今日より、今この瞬間……をより一層愛しく感じながら。





――翌日の夜――


星が綺麗な晩のこと、その電話はかかってきた。
夜といっても、むしろ深夜に近い時間。
そろそろ寝ようか、と思っていた矢先の呼び出し音にびっくりしてしまう。
こんな時間、一体誰が……。
不審に思いながらもどこか胸がざわめき、は携帯に手を伸ばした。
着信の名前に我が目を疑い、慌てて通話ボタンを押した。
「もしもし!?」
『……?』
「うん、私。……どうしたの?珪くん…こんな時間に……」
そう、その電話は葉月珪からのものだった。
どこか元気のない声に、心配そうに受話器を握りなおす。
「珪くん?」
『ごめん……急に』
「ううん、そんなの別に…」
『声が……』
「うん?何?」
『……の声が、聞きたくて…』
囁くようなその言葉に、は胸が熱くなった。
思わず緩んでしまうほほをどうすることもできない。
口元に笑みを浮かべながらベッドに座った。
「電話してくれてありがとう」
?』
「……そういう、素直な珪くんが…好きだよ。
 我慢しないで、自分のありのままを見せてくれるあなたが……とっても大切」
最初の頃と比べれば、確実に珪は変わってきていた。
誰に対しても心を閉ざし、壁を作っていた姿を思い出す。
そんな彼の心に触れたい、と思ったのだ。
近づいて、少しずつ見せてくれた彼自身は想像以上に優しくて。
淋しがり屋で……そして、脆い。
ずっとそばにいて、守りたい…と思った。
初めて心から人を愛しいと感じた、ただ一人の存在だった。
にとっても、失くせない、唯一無二の宝物だった。
ガラスのように繊細な、珪の心……。
誰にも傷つけさせず、血を流すことなく…。
そばに在りたい……心底から願い、望んだ。
だからこそ、歩み寄ってくれているその事実が、本当に嬉しかった。
できればもう少し、自分を解放して、そして……。
「珪くん……我慢するのって悪いことじゃないよ。
 でもね、聞いて……少しくらい、心のままにわがままを言っても、いいんじゃないかな」
……』
「欲しがってよ、素直に…」
私を……という言葉はぎりぎりの位置で飲み込んだ。
どんどん欲張りになる心を止められない。
でも、それでいい、とは思っていた。
人間なんだから欲望があるのは当たり前。
1、手に入れたら次の2、が欲しくなる……。それが、当たり前の生き物なのだから。
携帯を強く握りしめ、きゅっと口唇を噛みしめる。
受話器越しに困惑している姿が目に浮かんだ。
自分なりに、今まで精一杯アピールしてきた。
ずっとずっと言い続けてきた、訴えてきた。
あとは……珪が歩み寄るのを待つだけ。
他人を寄せ付けない、一人の空間に慣れてしまっている彼が、
こちら側に来るのを、ただ……。
孤独に生きることが辛いと知っているのなら、来れるはずだと信じている。
入り口までの道案内はしたつもり……珪が一歩踏み出せば、それはもうこちら側。
は言葉を閉ざし、珪の答えを待った。
『会いたい……』
「え?」
『あ、ごめん……なんでもない…!』
ポツリ、と呟かれたのは紛れもない珪の本心。
ずっと欲しくて仕方なかった、触れたいと望んだ心。
は微笑んで、思わず頷いていた。
「いいよ、会おうか」
『っ……!?』
「すぐ着替えるから。ちょうど星も綺麗だしね」
『お前…何言って……。今何時かわかってるのか?
 悪かったよ、何でもないから。…声、聞けたし……』
危ないからやめさせようと説得するも、それは逆効果。
後一押しでこちら側に来てくれる所までこぎつけたのだ。
今を逃したら、次はいつになるかわからない。
「……声、聞いただけで本当に満足?」
『え……』
「“会いたい”っていうのは、嘘?」
の問いかけに言葉を詰まらせる。
その反応に手ごたえを見たは、立ち上がってクローゼットを開けた。
着替える服を物色しながら電話対応する。
『嘘じゃない、けど……』
「じゃあ会おうよ。公園で待ってるから」
『っだから、危ないって言って……!』
なんとか思いとどまらせようと声を荒く言うも、効き目はない。
微笑みを浮かべている少女は選んだ服をベッドに放り投げた。
「早く来てね、珪くん……すぐ着替えて出るから」
っ…!』
抗議は聞かずに通話を打ち切った。
再度説得の電話がかかってくる可能性もあったので電源そのものをOFFにする。
手早く着替えをすませると、そうっと家から抜け出した。





家から近い分だけ、公園に先に着いたはブランコに腰かけ星空を見上げた。
電灯の光りが邪魔だけど、それを差し引いても今夜の星は綺麗だった。
冬よりは若干劣るが、一面の星屑。空の銀世界……。
は引き込まれたように星空を見つめ続けた。
どれだけ時間が経ったのか……。
否、実際はそれほど経過してはいない。
荒い呼吸と走り寄る足音に、は微笑みを浮かべ近づいてくる人影を待った。
息を切らしながら走ってくる珪をじっと見つめる。
「こんばんは、珪くん。深夜の密会だね」
にっこり笑う少女に脱力しながらも、珪は呼吸を整え睨みつけた。
乱暴に歩み寄り、ぐいっと腕をつかみ上げる。
「……心配してくれたの?」
「っ当たり前だ…!」
「ありがとう」
珪の大好きな、優しい微笑みが浮かんだ。
それだけでもう、怒ることなどできはしない。
つかんでいる力を弱め、深くため息をついた。
ブランコから立ち上がるをきつく抱きしめる。
「声聞くだけじゃ、満足できなかったでしょう?」
くすくす笑いながら首に両腕をまわすに声を失う。
図星すぎて、なんとなく悔しくて。
彼女の意表をつきたくて、珪はとっさにと同じ行動に移った。
腰を引き寄せ、おしゃべりな口唇を唐突に塞いだ……。
「っ……」
ぶつけるようなキスに、は目を閉じることができなかった。
はなれた珪と見つめあい……どちらからともなくもう一度キスをする。
苦しいぐらいの切なさと愛しさ。
ホレた方が負け、などと一体誰が言ったのか。
二人でこれ以上ないくらい思いあっていれば、勝ち負けなど関係ない。
片思いより、何倍も何十倍もの幸せがすぐ側にあるのだ。
「……会いたかった」
抱きしめながら呟く珪の声に耳をすませる。
溢れんばかりの幸福感に包まれながら……。
「どうしても、会いたくて仕方なかった。……初めは、
声聞くだけでいいと思ってたのに、聞いたら顔が見たくなった。
 そうしたら抱きしめたくなって、どうしようもなくて…」
静かに目を閉じ、珪の心音と告白を聞く。
力をこめて、微かに震える珪を抱きしめた。
「会おう、って……言ってくれてありがとう。俺からじゃ、言えなかった……サンキュ」
髪をなで、優しく抱擁する。
暖かな胸にほほをすり寄せ、はぎゅっとしがみついた。
「いくらだって言うよ。これからも言うよ。……私だって会いたいから」
「……お前が好きだよ………」
耳元に不意に落ちる囁きに息を飲む。
そのままほほにキスされた。
「珪くん……」
に、そう言われた瞬間……すごく嬉しかった。
 ……俺も、伝えたい……そう思ったんだ」
一生懸命素直になろうと、己の心情を語る珪に微笑む。
優しく抱きしめ、かすめるようなキスをほほに返した。
「……元気なが、好きだ…」
「私も、……素直な珪くんが、大好き」
満面の笑顔は、すぐ泣き顔に変わってしまった。
きつく抱きついてしゃくりあげる。
その背を優しく撫でながら、囁いた。
「また、いきなり会いたいって電話するかもしれないけど……次はちゃんと言うから。
 だから……その時は、よろしく」
最後の一言に、思わず吹き出した。
泣き笑いの顔で、は何度も頷いた。
「私が会いたい、って言った時も……よろしくね。
 ……ずーっとずーっと…よろしくね…」
含みをこめた言葉に、しかし珪は微笑んだ。
腰を抱き寄せ、髪をなで……額にキスをする。
「ああ……ずーっと、な…」
そうして二人は、満点の星空の下誓いのキスを交わすのだった……。








珪くん夢第4弾です!
早いもので、すでに7作目……。
自分的に快挙でびっくりです(笑)
まんま、自分の夢みたいなものだからとっても書きやすかったり☆


この話、本当はこんな展開じゃなかったんです。
ただただ、会いたい、って電話をくれる話を書きたかっただけなのに。
気が付いたら……(汗)
なんてプロット泣かせのキャラざんしょ!!
そしてここまで書いて理解しました。
私の中で、珪くん、あなたは……。

手が早い!!!←太字希望(笑)

まどかより先生より、ダントツにあなたは早いわ。
王子様がこんなことでいいのかしら……ととてつもなく不安を感じる今日この頃です。
もうちょっと普通の理想の男の子でいてほしかったなあ…。
いえ、こんな珪くんが私は大好きなんですけれどね!


それでは、この辺で。
今回もやっぱり謝っている珪くんを読んで下さった皆様と、
我が最愛なる(笑)相方兼管理人へ、
心からの感謝と幸をこめて――。

                                    葵 詩絵里

2002・9・21

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