時には涼しく暑いもの 暑中お見舞い申し上げます。 残暑お見舞い申し上げます。 今年は猛暑でしょう。今年は酷暑でしょう。 今日は夏至です、これから少しずつ涼しくなっていくでしょう…… 夏には色々な言い方があるものの、たった一つの事実は変わらない。 これさえなければ、なくなれば、もっとこの季節を好きになれるというのに。 「なんで夏ってこんなに暑いのよ〜〜〜!!」 東雲。夏の暑さが世界で一番嫌いな女……。 「も〜暑い暑い暑い暑い暑いーーーーっ!!!」 ひたすら空に向かってわめきつつ、一人淋しく下校する。 彼女をよく知る友人達は、夏の盛りに決して近づくことはしないからだ。 周りの人間曰く、暑さが倍増するから……だそうだ。 反論の余地はない。 そんなことは露知らず、どうしてこう毎日暑いのかと不平をぶちぶち零しては思考の浪費をしている少女。 夏だから、むしろ暑いのは当たり前。 冷房の効いた部屋に閉じこもって過ごすのは快適かもしれないが、時には汗を流すことも必要。 そんなこと、今時小学生だって知っている。 「……わかってるけど、暑いのは嫌い〜〜〜っ!」 雲一つない空を恨めしげに見上げる。 決してこの強い日差しは嫌いではないのだが……。 むしろ好きなのに、いかんせん周囲の気温が高すぎて我慢できない。 アスファルトの照り返しに眩暈すら起こりそうだ。 「眩しい太陽はそのままでいいとして、やっぱりこの暑さは犯罪ものよね。日差しだけはこのままで、一年中過ごしやすければ文句も何も出ないのに〜!」 到底実現不可能な無理難題を言いながらズンズン歩いて行く。 ――と、前方に見知った背中を発見した。 そろそろ独り言も飽きてきていた所、は喜んで走り寄った。 同じクラスの気になる存在、葉月珪のもとへ。 「珪くん!」 「?……東雲。今帰りか?」 いつもと変わらぬ、やや冷めた口調。 普通の人はここで一歩引いてしまうのだろうが、はあまりに元気がよすぎた。 にっこり笑うと隣を陣取るように歩き始める。 「ねえ、一緒に帰ってもいいでしょ?」 かわいくおねだりする少女に苦笑をもらすと、頷いた。 ちょうど珪自身、一人でいるのに退屈を感じていたから。 そんな風に自分が変わり始めたのが、少女と出会ってからだということには…… まだ、気づかない。 たあいもない会話を楽しみながら下校する二人だったが、そんなことで暑さが変わるわけでもなく。 お話で気を紛らわすにもやはり限界があったようで。 懸命に言葉を紡いでも、元々無口な珪との会話だ。 どうしても沈黙の時、というものはできてしまう。 言葉と言葉の間、一瞬の間……。 ついにの脳は爆発した。 おりしも今日は過去最高気温を更新していて。 瞬間的に、暑さに思考を埋め尽くされていても……まあおかしくはない、だろう…。 「あっつ〜〜〜〜い!!!」 突然のの叫びに、さすがにたじろぐ珪。 拳を振り上げてわめくをちょっと遠巻きに見てしまうのは、仕方のないこと。 「も〜!どうしてこう毎日暑いの〜〜〜!!」 「………夏だからな」 思わず突っ込みを入れてしまい、しまった、とばかりに口を覆った。 この手のタイプには、非常にからみ屋が多いことをうっかり忘れていたらしい。 案の定、も例にもれることはなかったらしく……じろり、と珪を睨みつける。 ため息をつきながらやや目を反らした。 「悪かった……もう言わない。けど、暑いのは夏なんだから仕方ないだろう?」 先手必勝!とばかりに謝罪し、ついでに一般論なんてものも付け加えてみたり。 怒るか、と様子を伺うと意外にもあきらめたようなため息が聞こえてきた。 「……わかってるのよ、それは……わかってるんだけどさあ…!」 と、見上げたは一瞬珪の顔を見て硬直した。 まじまじと見つめてうんうん唸りこむ。 「…東雲?」 「珪くんさあ……利いた風なこと言う割に、な〜んか涼しげだよね…」 「は……?」 会話がつながってるようで、実はつながっていない。 かみ合わない内容に必死に考えを巡らせるが、到底結論に行き着けるはずもなく。 しかし、の中ではきちんと一本に結ばれていて。 その延長として、考え付いたままに……珪は少女に抱きつかれていた。 「………っ!!?」 あまりといえばあまりの展開に、さしもの珪もついていけない。 体を固めたまま、のいい抱き枕と化していた。 しばらくの間、隙間なくピッタリとくっつかれていた珪だったが、さすがにこれ以上は耐えられそうもなく……。 「……東雲…お前………」 一体何のつもりだ、と疲れたような声でたずねる。 そんな珪を見上げ、首を傾げながらは離れた。 温もりが消えたことに少なからずホッとしながら、 けれどなんとなく後を追いたい衝動にかられた。 もう一度、今度は腕を伸ばし自分から抱きしめたい、と――。 珪の心情など全く理解していないは、あっけらかんと笑いながら手を振った。 「あのね、珪くん涼しそうだなーと思って」 「……頼むからもう少しわかりやすく説明してくれ」 「んっとね、私すご〜く暑いのに、珪くんってとっても涼しげでしょ。だから、引っ付いたらそれを分けてもらえるかな〜……なんて思ってみたりして…」 ペロッと舌を出して笑うに苦笑し、肩をすくめる。 「結果は?」 「ん〜?やっぱ暑かった。残念〜」 心底がっかり、といった具合に告げる少女にこらえきれず吹き出した。 全く、本当にこの少女といると退屈しなくてすむ。 くるくると変わる表情を見ながらそう思う。 楽しげに一人で笑い続ける珪を見つめて、は少しばかり口唇を尖らせた。 面白そうにしている内容がわからず、珪の世界に入り込めないから……。 「珪くん?」 制服のすそをつまんでぐいぐい引っ張ると、やっと視線を戻してくれた。 「ごめん……ちょっと楽しくて…」 「一人で笑っちゃって……ズルイーーーっ!」 ポカポカと胸を叩いてくる少女に目を細め、また笑う。 そっと髪をなでながら微笑み、ほほに触れた。 「ごめんごめん。お詫びにいい所教えてやるよ」 怒ったように口を膨らませるの手をつかむと、おもむろに歩きだした。 今度は少女がキョトンとする番だった。 今まで怒っていたのも何のその、すっかりどこかへ消し飛んでしまった。 おとなしく引かれるままについていくも、どこへ行くのか見当もつかない。 「……珪くん…?」 やや不安そうにたずねるに微笑み、つないだ手に力をこめた。 少し反動をつけて手を揺らしながらかまわず引っ張っていく。 「俺の、秘密の場所に連れてってやる」 「秘密の場所?」 「そう……とっときの場所だよ」 意味深な台詞に面食らいながらもはおとなしくついていった。 少しばかりワクワクしながら――。 途中までは本当にどこへ行くのかわからなかった。 だが、今はもうはっきりと目的地がわかる所まできている。 珪の目的地は……はばたき山。 動物園や遊園地がある、定番のデートスポットだった。 だが珪は、そちらへ行く道とは違う、舗装されていない山道を進み始めた。 「……ねえ、何処行くの?」 「涼しい所」 「そこが、珪くんの秘密でとっときの場所?」 「ああ……」 ずっとつなぎっぱなしの手は、不思議と汗をかいていなかった。 そのことが、やっぱり珪の周囲は涼しいのでは、と少女を疑わせていることに気づかない。 だがにとって、それより気になるのはむしろ……。 「珪くん……」 「?何だ?」 「……あのね、聞きたいんだけど……そんなとっておきの場所、私なんかに教えちゃっていいの?」 小首を傾げて見上げてくる少女に、自然微笑みを浮かべる。 双眸に不安を宿らせて、つないだ手を微かに震わせて……。 珪は、フイ、と前を向くと目的地へ足を進めながら呟いた。 「お前だから……かまわない」 「……珪くん?」 「東雲に……には、教えてもいいと思った」 耳まで赤く染めながら告げる珪に、少女の顔も朱に染まる。 「……それ、どういう意味?珪くん…」 「さぁな……俺にもよくわからない」 ほほを淡く染めながら振り返り、くすりと微笑む瞳に偽りの色はない。 も、つられるように笑った。 まだ、微妙な位置にある二人の関係。 恋と呼ぶには早くて、でもただのクラスメイトには戻れない。 友人と呼ぶにはしっくりせず……確かに曖昧で、“よくわからない”。 「……そう、だね」 にっこりと、は応えた。 ここから一歩一歩進めばいい、ゆっくりと時間をかけて。 今歩いている速度のように、急がず、慌てず……。 自分達には、無限の時間があるのだから。 「……着いたぞ」 珪の言葉に、ハッと顔を上げる。 そこは、はばたき山の中腹付近。一般道からはずれた位置にあった。 心地よい風が吹き渡り、の髪を揺らす。 「……気持ちいい…」 爽やかな風に、しばし身をまかせ目を閉じる。 涼しい空気を、いっぱいに吸い込んだ。 「夏の暑い日、よく来るんだ」 ポツリと告げる珪を見上げれば、優しい、穏やかな笑顔。 滅多に見せてくれないその素顔に、ガラにもなく見惚れてしまった。 ぼんやりと見つめ、ほほを染める。 「……どうした?顔…赤いぞ」 ふと告げられ、慌てて俯いた。 両手で顔を覆いながら目を閉じる。 「夕日のせいだよ……」 そっと目を開き、町に沈む大きな夕日を見つめる。 見事に染まる、オレンジ色の世界……。 町を見下ろし眺めることができる絶景の特等席に、は顔をほころばせた。 自然体の、飾らない笑みに一瞬珪は、瞳を奪われた。 吸い寄せられたように離れなくなる。 妙にホテる顔を片手で押さえながら苦笑した。 どんなモデルやアイドルにも、心動かされることはなかったのに。 やはり、この少女は自分にとって特別な存在らしい。 今この瞬間のを、他の誰よりも美しい……と感じた。 「………」 「えっ……?」 名を呼ぶことにすでにためらいはなく。 そのまま、背後からそっと抱きしめる。 心の奥底から生じた欲求のままに腰に腕をまわし、髪にほほを寄せた。 「………珪、くん…?」 一気に心臓の音が倍以上に膨らんだは、内心大パニックである。 どうしていいかわからず、硬直していた。 まるで先程己が抱きついて困らせた珪のように……。 全身を固く強張らせる。 そんな様に苦笑し、優しく抱擁する。 「力、抜いて……大丈夫だから、もたれかかれ…」 「珪くん……」 テレながらも、言われるままに胸に体重をかけ、そっと珪の手に己のそれを添える。 二人一体となり、風を感じた瞬間、は忘れかけた疑問を取り戻していた。 「……じゃなくて……どうしたの?急に…」 「何が?」 目を閉じて抱きしめている感触を楽しんでいる珪は知らん顔。 ちょっとだけ憎たらしく思いながらも見上げ、告げた。 「この腕。……いきなりどうしたのかと思って…」 「……涼しいから、こうしていてもいいだろう」 答えているようで、肝心なものは一切答えていない返事にちょっとだけ考え込む。 確かにここは予想以上に涼しい。 ひっついていても全然平気なくらい心地いい。 だが、聞きたいのはそんなことではなく……。 そこまで考えて、は答えを求めることを放棄した。 さっき、自分で結論付けたばかりだから。 二人の関係はまだ曖昧なもので、少しずつ成長すればいい、と――。 ならば、ここでも明確な答えを期待してはいけない。 そう言い聞かせ、再び目を閉じた。 感じるのは、ほほに触れる風と暖かな珪の存在。 しばしその心地よさを味わってから、ひっそりと告げた。 「ありがと……珪くん」 「ん……?」 「連れてきてくれて、ここを教えてくれて……ありがとう」 もたれかかり、手をきゅっと握りながら呟いた声はしっかり通じていた。 微笑んでいる気配が伝わり、もそっと笑みを浮かべる。 冷たい空気を感じながら、この日、一歩近づけた気になる存在に声をかけた。 「……暑い日、一緒にまた来ようね…」 「……」 「絶対、一緒に……」 「……そうだな、一緒に来よう」 少女に内緒で髪にキスを贈り、約束する。 指を絡ませ、二人はしばし風の中に佇んだ。 いつまでも、時を忘れたかのように……。 思ったより帰りの遅くなってしまったを、珪はちゃんと送っていった。 丁寧に礼を言う少女に首を振り、微笑む。 「涼みに行くのもいいけど……今度は別の場所に行こう…二人で」 突然の珪の誘いにビックリしながらも、は笑顔で頷いた。 この日、は初めて名を囁かれ、デートに誘われたのだった。 二人の恋の始まりは、きっともうすぐ――。 おつきあい頂きましてありがとうございました! 珪くん夢3作目、となります☆ 彼は夏でも涼しそうだよな〜と思い書いたネタです。 だって汗かかなそうじゃないですか!(そう感じるのは私だけ?) いや、人としてそれはないということはわかってますよ〜ちゃんと(笑) 汗かかない人は新陳代謝が悪いという話を聞きました。 暑い時はビッショリ汗をかきましょう♪ そんでもって風呂に入るのが一番……とこの夏痛感しました。 いつものことですが、ここまで読んで下さった皆様と、 情け深い(笑)我が相方へ、 愛をこめて… 葵 詩絵里 更新日不明 ブラウザback |