お疲れデート
何度も決心して、でもその意志はすぐに消えてしまって。
空中で幾度も手のひらを交差させる。
携帯を持ち、それを置いて……でもやっぱりもう一度持って。
短縮で名前を見つけては、それ以上押せない自分にため息をつく。
いっそかかってこないかなあ……。
などと他力本願を望んでしまう自分を叱咤して、体中に力をこめた。
一緒にいたいんでしょう…
少しでも長く、他の人よりそばにいたいんでしょう……
両手でほほを叩いて気合を入れてから、深呼吸をして携帯のボタンを押した。
プルルルル……プルルルル…
ああ、口から心臓が飛び出してきそう。
こんなにドキドキいってるの、電話越しに聞こえちゃったらどうしよう…。
初めてかけるわけでもないのに、全然慣れないなあ……未だに緊張しちゃう。
早く出てほしい……でも、出ないでほしい。
どうしたらいいかわからない、そんな瞬間。
「……はい」
耳元に響く低い声に胸が高鳴る。携帯を持っている指が震えた。
「あ……珪くん?あの……私、東雲」
「……どうした?」
「えっと…今、大丈夫?」
「ああ、平気」
忙しくはなさそうな状況にホッと胸を撫で下ろしながらも、体の力は相変わらず入ったまま。
何度も何度も頭の中で繰り返し続けた台詞を反芻する。
どうか、とちったりしませんように……!
「あ、あのね、今度の日曜日映画館行かない?新しいの始まったみたいなの。前、珪くん見たいって言ってたやつ。……もしよかったら、一緒にどうかなって…思って…」
言った瞬間、細く息がもれた。
とりあえずつまったりしなくてよかったけど……言っちゃった…。
どうしよ……いつものことだけど、誘っちゃったよ〜!
「……映画?」
「う、うん……都合悪い?」
聞き返されてとっさに、ダメなのかな?と思う。
それが伝わってしまったのか、珪くんが笑うのがわかった。
「別に、何も入ってない。……いいよ、行こう」
「本当!?嬉しいっ!」
思わずはしゃいでしまった私に珪くんはまた笑って。
「俺も楽しみ。……じゃあ、日曜迎えに行く。支度して待ってて」
「うん、わかった」
「じゃあ……誘ってくれてサンキュ…」
ピッ、と携帯の切れる音。
私は呆けたように床に座り込んだまま宙を見つめていた。
まだ震えてる手で携帯を切り、ダラ…と腕を下ろす。
よかったあ…OKしてくれた。嬉しいな……何着ていこう。
この間買ったミニのタイトスカート…珪くん気に入ってくれるかな。
アクセサリーはどんなのが好きなんだろ。
もう何回もデートしてるのに、まだいまいち好みがわからない。
ああ、でも本当に楽しみ…。早く来ないかな、日曜日。
しかも迎えに来てくれるって言ってくれたし。
逸る心を押さえるのに苦労しながら私は、日曜日に想いを馳せていた……。
―当日―
とうとう来ちゃいました、珪くんと映画館デート。
私は朝から自分の身支度チェックに余念がない。
何度も姿見に全身を映してあらゆる角度からチェックする。
くしを通して髪型を整え、お気に入りのバレッタでとめる。
洋服は例の、ミニのタイトスカート。
上着は散々迷ったんだけど、キャミソールはやめてパーカーにした。
大丈夫だよね、変じゃないよね…。
「〜!葉月くん来てくれたわよ〜!」
階下から聞こえてくる我が母の声…。うわっ、嘘!もうそんな時間!?
「はーい!今行くーっ!」
もう一度全身をチェックしてからいつも持ち歩いているバッグをつかんだ。
携帯を放り込んで急いで階段をおりると……玄関に珪くんが。
……今日もかっこいい…。
思わず見惚れてしまう私に微笑みながら手をあげる。
「よっ、始めの頃より支度、早くなったな」
「あ……おはよ。待たせてゴメンなさい!映画間に合うかな…」
我に返った私は、母親に行って来ます、と声をかけてからサンダルを履く。
先に外に出た珪くんに続くと、気持ちいいくらいの晴天。
雲一つない青空……って、きっとこんな空のことだよね。
「今日もいい天気だね」
「ああ……でも、空も綺麗だけど…俺にはの方が綺麗に見える…」
「っ……珪くん…」
「その服、いいな……本当に可愛いよ」
あまりの殺し文句に一気に顔が赤くなる。
気に入ってくれたのは嬉しいんだけど……なんか、とってもテレてしまうなあ。
「あ、ありがとう…」
俯きながら告げると、笑っている気配。
……絶対私がテレる、って計算してたな…。
ちょっとだけムッとなって下から睨むように見上げると、一瞬……ほんの一瞬だけ、珪くんがなんかいつもと違うように見えた。
思わず目をこらすようにじっと見つめると、不思議そうな瞳とぶつかった。
「どうした?」
…あ、わかっちゃったかも……。
「ねえ、珪くん……もしかして、疲れてない?」
少しだけ顔色が悪いことに気が付いてしまった。
驚いたような顔で私を見る珪くんとまともに目があう。
もしかして、仕事忙しかったのかなあ……。
そういえば、電話でも一瞬迷ってたみたいだし…誘っちゃ悪かったかな…。
「顔色……よくないよ。大丈夫?……やめ、ようか…今日」
くいっと腕を引っ張って歩みを止める。
すごくすごく楽しみにしてたから、本当は中止になんてしたくないけど。
でも、珪くんが具合悪くなったりしちゃうの嫌だし。
疲れてるんなら……無理、させたくない。
「……サンキュ。でも、平気だから」
優しい眼差しで見つめてくれるけど、心配だよ。
本当に大丈夫なのかな…。
思ってることが全部顔に出てしまったのか、ポンッと頭を叩かれた。
「今日……楽しみにしてたんだ…だから、やめるなんて……言うな」
「……珪くん…」
テレくさそうに言う姿に赤面する。
そんな目でそんな言葉いわないで……。
どうしようもなく嬉しくて……嬉しすぎて心臓が痛いよ。
赤くなった顔を隠すように俯くと、勢いのまま珪くんの腕に飛びついた。
ぎゅっとしがみついてから、おそるおそる見上げる。
やっぱ、嫌がられちゃうかな…。
でも視線の先の珪くんは大きな手で顔を覆い、赤くなったほほを隠そうとしていた。
……いい、のかな…このままで…。
少なくとも嫌がられてはいないよね。
じゃあ、いっか……エヘ、ずっと腕組んでみたかったんだ。
開き直ると怖いものなしで、私は甘えるように珪くんの腕にしがみついていた。
「よかった、間に合ったね」
「ああ……」
なんとか開演10分前に着くことができた。これで、支度が遅れたの帳消しだよね。
「あそこ…あいてる」
「本当だ。じゃあ座ろ……」
と、珪くんの手を引いたまま、私は動きを止めた。
外暑かったもんなあ…喉渇いちゃった。
「何か買うのか?」
「うん……買いたいな、って思って…」
「じゃあ俺、先に席とっとく。買ってから来いよ」
微笑む珪くんに頷きながら、首を傾げる。
「珪くんは?何かいる?」
「……俺はいい。好きなの買ってこいよ、」
「うん、わかった」
先に中へ入って行く珪くんに手を振って、私は売店へ向かった。
珪くんどこかな……っと、あ、いたいた!
小走りに階段を降りて真ん中へんに座ってる珪くんの下へ行く。
私が来たのを見つけると、軽く手をあげて席を示してくれた。
人にぶつかりそうになりながら何とか無事にたどり着く。
珪くんの隣に座って買って来たものを出した。
パックのカフェオレとポッキー。
大好きなお菓子にほほをゆるめながらストローをさしてカフェオレを一口飲んだ。
同時にポッキーをあけて1本出した所で……私はやっと珪くんの視線に気づいた。
いけない……お菓子に集中しすぎちゃった。
「食べる?」
持っていたポッキーを差し出すと、珪くんは素直に口をあけてかじりついた。
こんな可愛い姿、FANの子たちは絶対知らないだろうな。
…ちょっとだけ、優越感、かも……。
私も一緒になってポッキーを口に咥える。
うん、おいしいっ!
ポリポリと食べていると、珪くんがふと手を伸ばしてきた。
その目標は……カフェオレ?
え……ってちょっと、まさか…!
「一口くれ」
そう告げるや否や、私の了解なしに珪くんはストローに口をつけて……。
飲んでしまった。はい、と返されるも私は呆然。
ストローと珪くんを交互に見てしまう。
なんだか……とても手に汗をかいてる気がする。
これはいわゆる……俗に言う、アレだろうか…。
「け、珪くん…」
「ん?どうした?」
見上げた先には、王子様の余裕の笑顔。
してやったり、といった顔で足なんか組んでる。
「……この知能犯」
「察しろよ、それくらい」
時々される、この手のイタズラは結構心臓に悪いんだよ……。
珪くんって淡白そうに見えて……その実割と黒いんだよね。
「飲まないのか?」
じっと見つめられ、私は手の中のカフェオレに視線を落とした。
絶対面白がってる……。
あまりの注目に耐えかね、勢いのままにストローを咥えて飲む。
「……うまい?」
「あんまり味わかんない…」
緊張しすぎて本当に味どころじゃなかった。
おかしそうに笑う珪くんを横目で睨む。
もう……私が買いたいって言った時から計画してたんだ。
珪くんの手の中でいいように転がされてそうでなんとなく面白くなく、プイ、と横を向いた。
でも、そんな私の子供じみた犯行なんて彼の前では当然形無しなわけで。
優しく肩に手なんかまわされて引き寄せられたら……ねえ。
そのうえ、とっておきの低い声で囁いてきたりするから、いっつも私は勝てないの。
今日もそう……お決まりのパターン。
抱き寄せられて、耳元に口唇が寄せられるのがわかる。
うわっ……胸のドキドキ、聞こえちゃうよ…!
「すねるなよ……悪かった、…」
「け、珪くん…」
「何でも言うこときくから……な?」
くすくす笑う声の調子で面白がってるのがわかるけど……。
私にはそんな余裕かけらもないよ〜っだ!
「……帰り、喫茶店のパフェ」
声が上ずらないように一言返すのが精一杯。
珪くんもそれがわかってるから、私が条件を出すと同時に解放してくれる。
や、やっとまともに息ができる……。
「またパフェか?好きだな、本当に」
「おいしいんだもん……おごってくれるでしょ?」
一息ついて余裕を取り戻した私はにっこりと笑ってみせる。
苦笑しながら、珪くんはもう一口、とカフェオレを私から奪っていった。
「パフェ一つで機嫌が直るんなら、いいよ。幾らでもおごる」
「……約束」
カフェオレを横目に見ながら小指を突き出すと、笑いながらも指きりげんまんをしてくれた。
嬉しい……映画終わっても、これでサヨナラしなくていいんだ。
そう思った時、まわりがフッと暗くなる。
「始まるな……」
「そうだね」
わくわくしながらスクリーンに集中する私に、一瞬珪くんは優しい目を向けてくれた気が、した……。
映画も中盤にさしかかる、盛り上がり始め。
私はもうその世界に引き込まれて、ポッキーを食べるのも忘れていた。
くいいるように大画面を見つめていた時、不意に首筋に何かが触れた。
それは、不審に思う間もなく肩に倒れこんでくる。
……もしかして…。
耳元に聞こえてくるのは、気持ち良さそうな寝息。
「……珪、くん…?」
あまり大きな声は出せないこの空間。
小声で名を呼んでみるけど、やっぱり返事はない。
…っていうか……この体勢はどうでしょうか…!
息が腕にかかるっ!うわ〜うわ〜うわ〜!!
頭がパニックでどうにもできないよ〜!!!
映画どころではなくなってしまい、私は一人で焦りまくっていた。
当の珪くんはぐっすり眠ってしまったのか、全く起きる気配がない。
どうしよう……このまま動けないかも…。
隣が気になりすぎて体を硬直させる。
安心しきった寝息になんとなくため息をついてしまった。
なんか……本当に疲れてたんだね…。
目を細めて笑うと、私は映画が終わるまでの時間、珪くんの枕に専念することを決心した。
映画が終わり、周囲の明かりが次々とついて行く。
その眩しさにか、今までぐっすりだった珪くんがわずかに身じろいだ。
「……ん…」
「おはよう、珪くん。よく寝てたね」
内心のドキドキを隠しながら、わざといつもの調子で声をかける。
慌てたように身を引く彼を見つめ、微笑む。
なんとなく、涼しくなった肩に名残惜しさを感じながら。
「……っゴメン!…どのくらい寝てた…?」
「ん〜…1時間くらい、かな?」
「ずっと、肩……貸してくれてたのか…?」
「……だって、あんまり気持ち良さそうだったから…」
申し訳なさそうに目を伏せる珪くんに笑いかける。
勢いよく立ち上がって腕を引っ張った。
「早く出よう。もう次のお客さん入って来ちゃってるよ」
「……ああ」
とりあえず外に連れ出してから、壁に寄りかかる。
珪くんが本当にすまなそうに見つめてきた。
「ゴメン……せっかく誘ってくれたのに、俺……」
「ううん、気にしてないよ。……私こそゴメンね。疲れてるのに…誘っちゃって……」
「が謝る必要ない!…本当にゴメンな…また、見に来よう。今度は俺が誘うから…」
「じゃあ、約束ね」
更に謝りだおされそうな気がして、私は話を打ち切るように告げた。
これ以上、珪くんの謝罪なんて聞きたくなかったから。
だって、せっかくのデートだもん。
泣きそうな、すまなそうな顔より、やっぱり笑ってる顔の方が断然いいでしょ。
とっておきの笑顔で見上げながら小指を突き出せば……。
「絶対、都合つけるから……」
ほらね、珪くんの優しい笑顔が見れた。
ぎゅっと腕に抱きついてあいている手通しで小指をからませる。
「よく寝たから、今日はもうちょっと遊べるよね」
「……パフェの他に、何おごらせる気だ?」
私の魂胆をあっさりと見破った珪くんは、やっぱりつわものだわ…。
苦笑交じりの声に私は勝ち誇った微笑みを浮かべた。
いつも負けっぱなしじゃ悔しいし、こういう時くらい勝たせてもらわないと。
1時間も枕でいたんだから、少しくらいいいよね、珪くん。
「それは歩きながら考えるから……とりあえず、喫茶店に行こう」
ぐいぐいと珪くんを引っ張って歩き出す。
頭上でフッと笑いながら、珪くんは身をかがめて囁いた。
「どこまでも付き合うよ……の望みなら…」
その殺し文句に、赤面した私が目を伏せるのは……いつものこと…。
GSドリーム第3弾……でございます。
3つめにして…ようやく本命の登場!!
今までの比じゃない速さで下書きが終わったのはもう「愛」のおかげでしょう!!
……その割りに甘くないのはご容赦を…。
何といいますか…書いていて思ったこと。
王子……あなたは淡白すぎる!!!
全部「おまえ」で終わってしまうから名前を呼んでくれない〜〜〜(泣)
彼に名前を呼ばせるのに大変苦労させられました…。
チクショウ……次は連発させてやる…!
と変な所で気合が入っていたりします(笑)
いつものことながら、ここまで読んで下さった心優しい皆様と、
毎回毎回つたない駄文を受け止めてくれる相方へ
海よりもふか〜い感謝をこめて……。
葵 詩絵里
2002・7・25
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