得意練成 2




 夕食後、は1人で<勉強する>と言って、図書館へと歩いて出かけていった。
 酒場や宿を除いて、店が閉まる時間だったが、事前に許可を貰っていたのか、閉館間際でも気にする事なく出かける。
 アルとエドはそれを見送りながら、部屋の中での入れてくれた紅茶を飲みつつ、生物錬成についての本を読んでいた。
 だったら悲鳴を上げて逃げそうな小難しい本だが、2人は顔色一つ変えずに読んでいく。
 それから2時間程経過したが、彼女の帰ってくる様子はない。
 別に危険な町ではないのだが、アルもエドも、なんとなくソワソワしだしていた。
 いつも自分達についてチョロチョロしていたり、錬成して失敗してみたり、食器片付けをしていたりするだけに、その姿が見えないと、どことなく不安を感じてしまう。
 長い付き合いではないのだが、彼等の中ではすでに大きく座を誇っているから、それも仕方のない事かもしれない。
「‥‥兄さん、は‥‥」
「大丈夫だ。過保護にしなくたって、ちゃんと帰ってくる」
 エドはどちらかというと自分に言い聞かせるように、そう言った。
 窓から外を見ると、完全に日の沈んだ町に、小さな電灯が頼りなさ気な光を発している。
 アルは小さく溜息をついた。
「失敗したと思ってる?を‥‥つれて来た事」
「‥‥」
 視線を向けもせず外を眺めたまま、エドは小さく首を横に振る。
 失敗だったとは思わない。
 彼女は彼女なりに色々頑張っているし、言われた通り、錬成の技術や知識を磨こうと一生懸命だ。
 見ていて、小気味いい程に。
「失敗だとは思わないけど‥‥安易だったとは思ってる」
「安易って‥‥」
 やっとの事で、外からアルへと視線を向け、手に持っていた本をベッド横のテーブルに乗せる。
 アルはエドの言葉を待っていた。
「考えがなさすぎたかもってな。一緒に旅をする上で、最低限、自分の身を守れないと駄目だろ?オレらはトラブルに巻き込まれやすいしさ」
「‥‥」
 トラブルを自分から呼び込んでいるのはエドなのだが、あえてそれは言わないでおく。
「守るったって、そういかない時もあるし」
 錬成能力が全ての判断基準にはならないが、もう少しだけでも再錬成の過程を早く出来なければ、戦力以前に、自分の身を守れるかどうかも怪しい。
 あちこちで戦闘する、という事ではないが、自分達の求めるモノが、賢者の石や、生物錬成に関わる事なので、いつ何に巻き込まれるか判らない以上、ある程度の仮定というか、予測の上で行動をして当たり前。
 今のでは、少々問題アリ。
 その上、気づかれなければいいが、左右のブレスレットもまた問題だった。
 上位錬金術師が持ったら大変な事になるし、また、見せれば欲しがる人間だって出てきそうな代物。
 彼女自身にも、そういう危険な芽が生えているのだから、心してもらわねば。
「‥でもさ、兄さん。頑張ってるよ」
「‥‥判ってる」
 カチリ、と時計の針が動く音がした。周りの電灯が消えだす。
 そろそろ眠らないと、明日に差し支えるかもしれないのだが、まだ彼女は戻ってこない。
 アルがそわそわしているのを見て、エドが立ち上がる。
 マントを羽織ると、ドアノブに手をかけた。
「兄さん?」
「‥っと‥飲み物、取ってくる」
 笑いながらそういうと、そそくさと部屋から出て行った。
 パタパタ走る音を耳にしながら、ヤレヤレと苦笑いをこぼす。
「‥‥素直じゃないなぁ‥」
 どこの世界に、わざわざ外用のローブを着て、室内に飲物を貰いに行く人間がいるというのか。
 不器用な言い訳をする兄に、アルは小さく微笑んだ。

「‥‥才能のなさに、あきれ返るばかり‥」
 自分で言って、かなりヘコム。
 は貸し出されたスペースのあちこちに本を置いたままにしつつ、自分の2倍はあろうかという本棚に背を預け、力なく今しがた発動させたばかりの錬成陣を見た。
 小さな円だが、フォークをナイフに変える程度であれば、充分なもの。
 円の中央には、変化したナイフが転がっている。
 錬成自体に問題はないのだ。
 スピードに問題があるだけで‥‥。
「‥‥‥はぁ〜‥‥‥」
 膝を抱え、うずくまる。
 上手くいかないという焦りが、全身を包んでいた。
 このままでは、両親に誇れるような錬金術師になれないどころか、エドとアルの完全なお荷物。
 大迷惑人間。
 彼等との旅を経験してしまった今となっては、また1人での孤独な生活に戻るなんて、考えられない。
 1人で食べる食事ほど味気ないものはないし、”ただいま”と言って、誰も挨拶を返してくれないのも嫌。
 なんとかしなくちゃ、と思うのに、上手く結果は出ない。
 泣きそうになる。
? なんだ、寝てんのか??」
「あ‥‥師匠‥‥」
 エドの声に、パッと顔を上げる。
「もう遅いから迎えに来たんだ‥けど‥どした?」
 今にも泣きそうなに、出来るだけ普通に声をかける。
 今、心配そうな顔をしようものなら、<なんでもない>とか、<大丈夫>とかで返されそうな気がしたから。
「…私…どうしたらいいのか、もう、良く分からなくなっちゃって」
「…あのな、一つ、オレがいえる事があるとしたら、得意な属性を見つけるといい…と、思う」
「得意な、属性?」
「ああ。そうすれば、少しは、慣れるのが早くなる…かもしれないだろ?」
 確かに。
 不得意なものを延々とやり続けるよりは、効率的ではあるかもしれない。
 そう考えたら、今までの憂鬱が、少しだけ晴れた気がした。
「師匠…ありがとう!」
 微笑み、すっくと立ち上がる。その様子に、エドはホッとした。
 彼女に暗い顔は、似合わない。元気がないと、こちらまで落ち込んできそうだし。
「んじゃ、帰って寝るとしますか。アルも心配してるしな」
「うんっ」


 帰った時、アルはを心配して、まだ起きていた。
 その彼女が、自分の得意属性を見つけるのは、まだもう少し先の話。




2003・9・19
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