見習い錬金術師





 エドワード・エルリックと、アルフォンス・エルリック。
 錬金術のてだれで、兄のエドワード・エルリック‥‥エドは、鋼の錬金術師。
 国家錬金術師でもある。
 その2人の錬金術師は、今小さな名もない村に宿泊していた。
「なぁ、アル。こんなチンケな村に、あの石に関わる文献なんてあるのかね」
「兄さん、チンケとか言っちゃダメだよ。‥‥折角来たんだから、当たるだけ当たってみようよ」
 エドは、そうだな、と相槌を打ちながら、
 最後の付け合せのポテトに手をつけた。
 自分達の求める物についての本――‥‥賢者の石についての本だが、それがあると噂に聞いて、列車を乗り継ぎ、2日も歩いてやってきた、まさに森林の村。
 宿に自分達以外の旅人はいないようなところ。
 折角来てなんだが、手がかりはないように思える。
 何しろ、図書館というものがない。
 たとえあったとしても、文献があるとは思えないし。
 エドは、カウンターにいる主人に声をかけた。
「ちょっと聞きたいんだけど」
「なんだい?」
「この村に、図書館か――‥‥それに近いもんないかな。文献探してんだけど」
「あー」
 主人は、隔離されたような村とは思えない程の愛想のよさで、それらしき場所を教えた。
「この村を出て、ちょっと西に歩くと、デッ‥‥かくもないが、家がある。そこに行けば、本があるぞ」
「ふぅん‥‥サンキュ、行ってみるよ」
「あ‥‥そこの主人の名前は?」
 さっさと行こうとするエドに、アルは聞いておいた方がいいだろうと踏んだか、宿の主人に質問した。
 鎧に詰め寄られて、少々顔を引きつらせたが、主人はすぐに名を教えてくれた。
「主人の名は、、だ」


「‥‥まあ、確かにあの村の家々からすると、少し大きいけどな」
「大量に本がある感じじゃないよね」
 家の外観を見て、2人はポケっとした。
 こうしていても始まらないと、木造の家のドアをノックする。
 パタパタと誰かが歩いて、ドアの前まで来る音がした。
 ‥‥が、いつまで経っても、扉をあける様子はない。
 中から、外の気配を伺っている感じだ。
 エドとアルは、顔を見合わせ、ドアの先にいる人物に向かって、声をかけた。
「あ――‥‥失礼、俺はエドワード・エルリック。もう1人は、アルフォンス・エルリックと言う。村で、ここに文献があると聞いて来たんだが」
 暫く迷ったようだったが、中の人物は、ゆっくりとドアを開けた。
「き‥‥君が、ここの主?」
 思わずエドは、聞いてしまった。
 名前から察して、女性だという事は分かっていたが――その、なんというか。
「‥‥兄さんと、年が変わらないぐらいだね」
 そう、主であるは‥‥子供だった。
「エルリック‥‥あなた、鋼の錬金術師?」


「どうぞ、大した物出せなくてゴメンなさい」
 コトン、と入れたての紅茶を2人の前に出す。
 アルの中身があると思っているのだろうか。
 鎧を脱いでも、彼の中身はないのだけれど‥‥。
「‥‥あ、あの、さん、僕は――」
「さん、はいらないですよ。アルフォンスさん」
「僕の事はアルでいい――って、そうじゃなくて」
 エドが苦笑いを零す。
 オタオタしている弟が面白い、という訳ではないが、あわてっぷりは見事なものだ。
「飲めないのかもしれないけど、お客さんをもてなさなくていいっていう理由にはならないもの」
「――?」
「ないんでしょ?中身」
「!?どう、して‥‥知って‥‥」
 エドとアルの驚きの表情に、はペースを崩さずに答えた。
「噂で。もっとも、アルの中身がないって言うのは知り合いから聞いてたんだけど」
 知り合い――?
 疑問を発する前に、彼女はにっこり微笑んで答えを出していた。
「ロイ・マスタング大佐から」
「!」
 見ず知らずの彼女の口から、自分の知人の名前が出てくるとは思わなかった。
「お前、一体何者なんだ」
ですってば。父も母も錬金術師で、私は見習い」
 なるほど――と納得するにはまだ早い。
 両親が錬金術師だからといって、国家錬金術師の――しかも、大佐と面識がある理由にはならない。
「両親は、国家錬金術師だったの。凄い端役だったけど。それで、大佐と面識があるんだ」
「なるほどね‥‥で、その両親は?」
「うん、死んじゃった」
 あまりに普通に、何でもないことのように言うので、一瞬反応が遅れた。
 は苦しそうな顔もしない。
 勿論それは、今まで散々泣いた結果でもあるのだが。
「事故死で、即死。手の施しようがなかったって。それから私は、ずっと1人で住んでるの。錬金の勉強しながら、ね。‥‥で、エドワードさん―‥‥エドで、いい?」
「あ、あぁ」
 良かった、と顔をほころばせると、は言葉を続ける。
「エド達は、私の身の上話を聞きに来た訳じゃないでしょ?」
「ああ。実は、ここに賢者の石の文献があるって聞いてな」
「賢者の石の文献?‥‥あったかなぁ、そんなの‥‥」
 マジですか。
 ちょっとショックを受けるエドに、はうぅーん、と悩みながら立ち上がって、壁に向かい何かをすると、突然扉が現れた。
 見習いと言っていたが‥‥とても見習のスピードではない。
「こっち」
 ドアを開け、2人を導く。
 地下へ続く階段が目下に広がっている。
 ‥‥なるほど、錬金術によってしか開かない扉。
 しかも、どこにあるのか知らなければ、ここを見つけ出せない、という訳だ。
 エドとアルは、の後に続いて階段を下りる。
 暗い階段を降りきると、小さな小部屋が現れた。
「ここにある本と、そっちの扉を抜けた所にある本が、ウチにある全部の本だよ」
「暫く、いさせてもらってもいいか?」
「うん」
 は、いくらでも見ていって、と嬉しそうに言った。


「はぁ〜、疲れたな」
 座りっぱなしで凝り固まった肩をたたき、立ち上がる。
 アルはまだ本を読んでいるようだった。
 上に行ってくる、と告げると、エドは階段を上り始める。
 は自分達が資料を探し始めてすぐ、上に戻った。
 手伝おうにも、自分は見習いだから、難しい文献は読むことが出来ないのだと。
 上にあがる途中で、いい匂いが鼻をつく。
 ‥‥シチューの匂い。
 そういえば、腹減ったな‥‥なんて事を思いながら、上の階へ出た。
 キッチンの方へ足を向けると、案の定、がシチューを作成中。
 物凄くいい匂いをさせている。エドの腹が、くぅ〜と小さくなった。
「あ、エド。ちょっと待っててね、今出来上がるから」
「悪いな‥‥作ってくれちゃってさ」
 久しぶりのお客様だからいいの、と嬉しそうに言いながら、火を止めて大き目のカップに、シチューを注ぐ。
 スプーンをつけて、エドに渡した。
「味は保障しないけど」
 匂いの良さが味の良さという訳ではないが、食欲をそそる匂いを立てているそれに、エドはなんの躊躇いもなく口をつけた。
 ふわり、シチューの柔らかい味が口いっぱいに広がる。
 ‥‥味に保障はしないどころか、その辺のコックより美味しいかもしれない。
「美味いじゃん!」
 かつかつとスプーンで掬い出し、おかわりをねだる。
 は少し照れたような表情を浮かべつつ、シチューをカップに入れた。

「ぷはぁ〜、美味かった。ごちそうさん」
 出されたシチュー以外の料理も、あっさりと平らげて伸びをするエド。
 いつの間にか上がってきていたアルが、呆れる位の量を食べきった兄に、食べすぎだと注意していたり。
 はエドとアルに、食後のお茶を入れて、自分は後片付けを始める。
 1人の生活が長いのか、手馴れたものだ。
 エドは、出されたお茶をすすりながら、彼女に声をかける。
「‥‥、お前、見習い錬金術師だって言ったよな?」
「うん、そうだよ」
「‥‥‥‥さっき、地下への扉を開いたのは錬金術。
あのスピードで、<見習い>だなんて、考えられない」
「‥‥」
 錬金術の手順を、どのぐらいのスピードで出来るか。
 場数を踏んだ違いによって、その出来もスピードも異なる。
 理論をどんなに完璧にマスターしたとしても、一度も錬成をした事がない人間と、何度も錬成した事がある人間とでは、その素早さに格段の違いが出て当たり前。
 錬金術師見習い、と銘打っているが、のそれは見習いのスピードを明らかに凌駕していた。
 最後の食器を片付け、自分の分のお茶を入れて、エド達と同じテーブルにつく。
 真剣な顔で、はエドを見た。
「エドワード・エルリックさん。折り入って、お願いがあります」
「お、おう‥‥」
 いきなりフルネームで名前を言われ、しかも少々かしこまられ、佇まいを治す。
「私を、弟子にしてください!!」
「‥‥‥‥‥‥はぁ!?」
 いきなり弟子にしろ、と言われても‥‥。
 確かにエドは国家錬金術師だが、弟子というのは‥‥ちょっと。
「ちょ、ちょっと待てよ。、話が――」
「お願い!」
「ちょっと待てって!‥‥落ち着いてくれよ、まずは、お前の尋常じゃない錬成について教えてくれって」
 少し悩んだ様子だったが、エドに錬金術を教えてもらうには、少なくとも、自分がどういう風に錬成しているのか‥‥、どうして、錬成のスピードが速いのかを教えなくてはいけないだろうと踏んだは、意を決して話を切り出した。
「私の錬成が見習いのスピードを越えてるのは、これのおかげなの」
 言うと、両手にはまったブレスレットを外して見せた。
 右にはまっていたのは、シルバーで蒼い石のトップを持つブレス。
 左にはまっていたのは、ゴールドで紅い石のトップを持つブレス。
 どちらも綺麗な品物で、市場に出したら高値で売れそうなものだが‥‥。
「これ、錬成したものか?」
「うん、父と母が私の5歳の誕生日にくれたもので、紅いのが分解を、蒼いのが練成を手助けするの」
 ‥‥こんなものが作れる両親‥‥。
 もしかしたら、物凄い錬金術師だったのかもしれない。
 事故で死ぬなんて、余り考えられないが。
 それは、とりあえず伏せておいた。
 は、ブレスレットを腕に付け直す。
「これがあるから、私の錬成のスピードは速いの。‥‥逆に言えば、これがなければ、並み以下の錬金術師って事。だから、エドに錬金術を教えて欲しいの」
「お前の錬成が早い理由は判った。でも、俺達は‥‥お前も知っての通り、この身体を何とかする為に、旅をしてる。ここに留まって、に教えてやれる程の時間は――」
 エドとアルは、根無し草‥‥といったら言葉が悪いが、とにかくひとつの場所に留まる、という事を知らない。
 身体を元に戻す為の資料を求めて、あちこち旅をしているのだから。
 本を読みきるのに、1ヶ月程度であれば滞在したりする事もあるが、ここには、残念ながらそれだけの要素はないし。
 は、それでも引かなかった。
 それどころか、とんでもない発言をする始末。
「じゃあ、私も一緒について行く!!」
「「ええええっ!?」」
 エドとアルは、思わず絶叫した。
 まさか、自分達の旅について行く、なんて言い出すとは思っていなかったから。
「悪いが、それは――」
「お願いします!迷惑かけないように頑張ります! それに、資料探しも手伝いますっ、だから、どうか!!」
 机に頭をぶつけんばかりにお辞儀するに、ただただ悩む。
 連れて行っていいものかどうか‥‥。
 資料の探し手が増えるのは万万歳だが、足手まといが出来るのは問題だ。
 確かに、錬金術をしっかり覚えたいのであれば、師匠を持ち、訓練した方がいい。
 あっさり蹴っ飛ばしてしまえばいいのだが、何故か、エドにそれが出来なかった。
 美味しい料理を、たっぷり堪能した後だからかもしれない。
 彼女がいれば、たとえ野宿だったとしても、食事だけは安心出来るだろう。
 自分が作った、安全性のない料理で腹を下す事もなくなる。
「‥‥うぅ、やっぱり、ダメ‥‥?」
 困ったような表情を浮かべる
 その表情は、今は俺がするべき場合じゃないのか?などと思いながら、エドは溜息をついた。
「ようし、。条件が2つある」
「なんでしょうっ」
 ピシ、と背筋を伸ばしてエドを見る。
「1つめの条件がクリアできたら、2つ目を言う。OK?」
「うん」
 エドは、カップに入っていたお茶を全て飲み干すと、そのカップを床に落して割った。
 驚く
 アルは兄の行動に慌てる。
「に、兄さん!?」
「アル、別に気がフレた訳でも、暴れようと思ってる訳でもないから落ち着け。‥‥さて、。今からこのカップを、元の形に戻せ。ただし、ブレスレットは外してな」
「えっ!?」
 ブレスレットを外す――。
 即ち、の本来の力を見たい、という訳。
 アルはぽん、と手を打つと、兄が彼女を品定めしているのだと理解した。
 旅に連れて行ける程のものかどうか調べる為、または、別の意図があってかもしれないが。
 はコクリと頷くと、ブレスを外して、割れたカップを集め白いチョークのようなもので、カリカリと紋を書く。
 錬成陣、といわれるものだ。
 ポム、と両手を合わせ、ゆっくりと力を注ぐと、陣に向かってその力を発した。
 ぱ、っと円が明るくなり、割れたカップが元に戻る。
 カップはしっかり元に戻ったが‥‥。
「‥‥遅いな、マジメに」
「‥‥‥‥見習い、ですから」
 苦々しく笑う
 確かに遅い。エドから見ても、アルから見ても。
 昔、錬金を習い始めた頃の、たどたどしい自分達を思い出す程に。
「‥‥不合格‥‥?」
 震える声で、エドに問う。
 アルとが不安そうに見守る中、エドは俯いて口の端を少し上に上げた。
「ま、見習いなら上出来だろ。後は訓練だな」
「じゃ、じゃあ‥‥」
 アルが嬉しそうな声を上げる。
 一瞬、なんでお前が嬉しがるんだよ、という顔になったエドだったが、彼女はオロオロしながら、”でも、もう1つ条件があるんでしょ?”と聞いた。
 それは問題ないぜ、と軽く流すエド。
「もう1つの条件、食事はが作ってくれ」
「っ‥‥うんっ!!」
 交渉成立だな、とばかりに握手を交わす。
 こうして、はエドの弟子(仮)になった。

 旅支度をして、村へ行き、留守中の家の管理を宿の主人に頼み込む。
 昔から知っていたのか、宿の主人は快く留守を承諾してくれた。
 ずっと住んでいた家と別れを告げるのは、さぞ苦しいだろうと2人は思っていたのだが、案外彼女は明るい。
 その事を彼女に聞くと、
「だって、1人きりの家より、誰かと一緒に旅する方が楽しいし、寂しくないもの」
 という答えが返ってきた。

 鋼の錬金術師、エドワード・エルリックと、その弟、アルフォンス・エルリック。
 そのお供に、自称エドの弟子である、が加わったという話は、エドが騒ぎを起こしてがそれをなだめる度に、少しずつ広がっていった。
 焔の錬金術師、ロイ・マスタング大佐の耳に届くのは、噂が出回ってから少し後の事。




2002・6・21