呼び名


「なあ。いい加減その呼び方やめろよ」
 エドの発言はあまりに突然で、は思わず横を歩いていたアルと目線をあわせた。

 エドとアル、そして自称エドの弟子であるは、あちこちの村や町に立ち寄っては、文献を探して歩いていた。
 今は次の町へ向かうために、街道を歩いている所である。
 その最中、思いついたように言われたエドの言葉に、もアルも、一体彼がなにを言っているのかさっぱり分からなかった。
 つい先ほどまで主にとアルが話をしていて、エドは時折その会話に混じってくる程度だったから。
 歩みは止めず、先を行くエドには小首をかしげて問う。
「えっと……呼び方って……?」
 微妙におずおずと、でも聞きたいことは聞く。
 対してエドは、事実をすっぱり言い切るかの如く、キレよく告げる。
「いっつもお前がオレに言ってるだろ」
「……んぅ?」
 更に分からなくなる。
 アルとは文献の話とか、次に向かう場所の話とかを話していた。
 考えてみても、その程度の事しか頭に浮かんでこない。
 呼び方、と言われても。なにに対してなのかすら不明だ。
 土を踏みならすみたいに、どすどすと歩くエド。
 要するに不機嫌なのだ。
 それを不思議そうに見る
 アルはなにも言わず、そんな二人の様子を見ていた。
 暫し頭を捻って考え込む素振りを見せていたは、結局エドがなんに大して不満なのかさっぱり分からなくて、当人に聞く、という選択肢を選んだ。
「ねえ師しょ……」
「…………」
 ギッと睨まれ、慌てて言葉を引っ込める。
 アルはその様子を見て理解が及んだのか、にこっそり――でもないが、自分の考えを伝える。
、兄さんは”師匠”って呼ばれたくないんだよ」
「……そうなの?」
 師匠、と付け加えたい所をぐぐっと堪えて、未だ不機嫌そうなエドに聞く。
 すると彼は実にわかりやすく不機嫌さを全面に押し出した声で、
 つらつらと言葉を吐き始めた。
「前から思ってたんだけどよ。なんでアルは”師匠”じゃなくて”アル”で、オレは”エド”じゃなくて”師匠”なんだよ。いいじゃんか、オレも名前で呼べば。なんか問題あるのかよ」
「だって……」
 ねぇ?とアルを見る
 なんというか、元々の中に線引きがあった訳ではなく、
 なんとなくエドを”師”と呼んでいただけなのだ。
 実際、師匠らしいかどうかと問われれば、飴と鞭でいうと、アルは飴、エドは鞭だから、厳しい方を師匠呼ばわりしているだけであって。
 それに、エドがその事について今まで特に厳しく言ってきた覚えもなく。
 が、どうやら彼はそれが非常に気に入らないらしい。
「うーん……でも師……」
「それになあ!!!」
 の発言を遮り、ついでに歩みも止めてエドは先を続ける。
「オレの師匠のトコ行ったりして、そんでもって、オレが師匠とか呼ばれてるのが知られてみろ! それはもうっ……」
 アルもその事に思い当たったのか、ぞぞぞと薄ら寒いものが背を駆け上がる。
 微妙に顔色を悪くしつつ、エドはの肩に手を置いた。
「……と、とにかく名前で呼べ」
「え……っと……。エド……?」
「……よし」
 満足したのか口の端を上げて笑うと、また歩き出した。
 は歩きながら何度も口の中で
「エド、エド、エド……」
 と呪文のように唱える。
 そうしていないと、気を抜いた時にうっかり”師匠”と出てしまいそうだったから。
 ――結局、エドと普通に呼べるまでに、何度も何度も訂正しなくてはいけなかったのだが、それはまた別のお話。






2004・1・17

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