花屋さん 3



 花屋でバイトを始めて一週間。
 は結城一臣店長の下、せっせと仕事に取り組んでいた。
 最初は店長目当てで来ていた女性客が、純粋にのデザインした花束を所望したり、以前作ってあげたミニフラワーを気に入ってくれ、何かあると買いに来てくれたり――と、一週間の内にいろいろ変化があったりした。
 勿論、結城の人気ぶりはそのまま健在で、占いをしたり、店長に花を見繕って欲しいと願う人がいたりもする。
 そんな、いつもの夕暮れ過ぎ。

「ありがとうございました。またのお越しを」
 ぺこり、とお辞儀をして頭を上げる。
 はお客さんが立ち去ったのを確認し、小さく息を吐いた。
 やはり接客業は疲れる――というより、まだ緊張する。
 奥手にいた結城が声をかけた。
「紅茶淹れたから、少し休憩しよう」
「はい」
 素直に答え、テーブルに着く。
 カップの中には柔らかい薄茶色の液体がそっと揺れている。
「あ、これはアールグレイですね」
 結城が何かを言う前に品種を当てる。
 彼は笑むと「正解〜」とおちゃらけ気味に言いつつ席に着いた。
 アールグレイの独特な香りは、ホットティーだとよく分かる。
 一般ではアイスティーが多いようだが。
「癖があるから好き嫌い出るけど、大丈夫?」
「心配しなくても平気ですよ。いただきます」
 少し冷ましながら舌の上に液体を乗せ、こくん、と咽喉に流し込む。
 口の中にアールグレイの香りが広がった。周りの花に負けない香り。
 結城も静かに紅茶を飲んでいる。
 の姉――はるか――がいる時は怒涛の如く喋る彼だが、別に普段からそういう状態な訳ではないと、ここにバイトに来て分かった。
 喋り捲るのははるかがいる時や営業の時が主で、とはもっぱら世間話程度な気がしている。
 勝手な憶測ではあるが。

「そういえばさ、ちゃんて花好きなの」
 今更な質問をされたなと思いながら、手に持っていたカップをソーサーの上に置く。
「好きですよ。特に――ここの花は」
「俺が好きだから?」
 ……どうしてそういう方面に行くんだろうか。
「そうじゃなしに。花って売る側もちゃんと商品に愛着を持ってないと綺麗に見えないんです。少なくともあたしは。だから、ここみたいに大事にされて、光ってる花は大好きです」
「……そか、嬉しい事言ってくれるねえ」
「おだてて言ってる、という事はありませんのでご安心を」
 変に誤解されるのも嫌なので付け加えた。
 余計変な感じがしてしまった……ような気もする。
「それとさ、もう1つ教えて欲しい事が」
「なんでしょ」
「――ちゃんさ、前、俺が恋愛嫌いかって聞いた時、俺には分からない、って言ったよね」
 ――よく覚えてるなあ。
 感心しつつ、結城の話に耳を傾ける。
「あれさ、すっごく気になってんだよねー。差し支えなければ、教えてくんない? 分かるかもしれないじゃない??」
 前と似たような事を言い、完全に沈黙する。
 いつもと同じ笑顔の中に、痛いほどの真剣さを秘めて。

 は暫し無言になった。
 別に、それを言う事で自分が苦痛になるという事じゃない。
 言ってしまっても構わない。
 きっと理解されないだろうし、されたいとも思っていない。
 ただ心の底に沈んだ暗い部分は、姉には絶対に知られたくないだけで。
 この人が姉に言わなければいいだけ。
 それに、バイト先の店長なんだから、という軽い気持ちで――は口を開いた。
 実際、軽い思いで話し出した。今まであった事を口にする程度なもので。

「はるか姉が好きな結城店長は、不快な思いするかもですけど?」
「いいよ。知りたい」
 の話の中から、姉の事が知りたいのだろう。
 それについて何を思いもしないけれど。
 今まで何度も何度も繰り返してきた事だから。
 小さく息を吐き、本題に入った。

「うろ覚えなんだけど……確か中学の頃に好きになった人に、放課後呼び出されて」
「うん、いいじゃない。そのまま告白受けたんだろ?」
 先走る結城に、違う、と首を横に振る
「その人、あたしに『君のお姉さんって今付き合ってる人とかいるのかな』って聞いてきて。その時点で片思い破れ」
「……」
「その後、あたしに彼氏が出来て。1ヶ月ぐらいかな、付き合った頃に『お前の姉さんとお前って、随分性格違うよね、顔そっくりなのに。どうせなら姉の方と付き空いたかった』と」
 無言の結城を放置して、更には話を進める。
「次が高校。やーもう直接的でしたわ。確か付き合って3週間目ぐらいかな。『僕、ほんとはお前を踏み台にしてお前の姉さんと付き合うつもりなんだよな』と」
 更に無言を無視し、話を続ける。
「最後が――えーと、大学かな。付き合って1週間目――だったかなあ。『お前の姉さん美人だよなー、顔そっくりでもお前とは全然違うなぁ。代わりにお前と付き合ってるんだけど、なんかなー』。……以上、あたしの恋愛遍歴でした」
 言い、残った紅茶を一気に飲み干す。
 舌の上が少しだけざらついた。
 結城は暫く固まっていたが――
「な、何だそいつらは」
 思い切り眉根を寄せた。
 は怒りの滲む結城を抑え、まるで自分とは関係ないという調子で会話を続ける。
「まあ、そういう事です。ほら、あたしってはるか姉と顔そっくりじゃないですか。どうも代用品みたいに扱われる事が多くて」
「代用品って……」
「勿論性格なんか全然違うんで、結局長続きしないんですけど」
 以前からそうだった。
 姉はしっかり者に見えて実はおっちょこちょいで抜けてて――優しくてそのくせ意固地な所もあって。
 負けん気が強くて頑張りやなのに、変な所でつまずいて脆くなっちゃったりして。
 柔らかい、でも芯の通った心の持ち主。
 そういう姉に惹かれる男性は多かった。
 当人は全く気付いていない。何しろ天然まっしぐらだから。
 そこが面白いとまた人気を呼ぶ。
 は、なまじ顔が姉とそっくりなために、はるかの代用品のように扱われる事がしばしばあった。
 性格も考え方も、同じ所なんてほんの少しで大部分は違うのに。
 違う人間なのに、姉と会った後、皆が皆、姉と自分を重ねる。
 重ねて――違う部分を指摘して――次第に姉のフィルターを通してを見るようになる。
 魅力的なはるかを、に投影する。
 違うのだと言葉を投げかけ、いつしか離れていく。
 そんな事の繰り返し。
 どんなに頑張っても駄目だった。
 自分を好きになってもらおうと努力しても、結果は同じ。
 自分が好きになった人が姉を好きになるのなら、それはまだいい。
 でも、姉と比べられた結果、フラれたり――姉のように振舞えと、無言の圧力を受けるのはたまらない。
 ――結局、は姉には絶対に敵わないのだと体感させられ続け、恋愛事を嫌いになってしまった。

「……と、まあそういう事です。あたしは姉さん凄く好きなんですけどね、だからって人間らしく嫉妬だってしますし。店長だって、あたしの顔が、はるか姉に似てるから声をかけた訳で――バイトも雇ってくれたんでしょ?」
 言い、結城を見る。
 彼は実に複雑な顔をしていた。
 クスリと笑い、は大きく息を吐く。
「店長がはるか姉の事好きなのは分かってます。別に踏み台にしても、ダシに使っても一向に構いませんよ。あたしは傷ついたりしませんし」
 あははーと笑いながら言うその声の間に、結城の声が混じった。
「無理に笑わなくていいよ。辛いだろ?」
「あたしに良くしても、姉さんに良くする事とは違いますよ」
「そんな事、言われなくても分かってるさ」
 しん、とした沈黙の空気が一瞬流れる。
 彼が何を言いたいのか分からなかった。
 結城は立ち上がるとの髪をくしゃりと撫で、
「君は君だ。確かに俺は君の姉さんを好きで、君に声をかけたけどさ。それはそれ。これはこれ」
 撫でられるままになっているの顔を覗きこむ。
 は瞳を伏せていた。
 人間不信になった子犬みたいに体を小さくして。
「確かに俺は――最初、君をはるかちゃんと比べてたし、はるかちゃんを君に投影してた。それは認める。でも、今は違うよ」
 無言。
「今は君がこうやって辛い話をしてくれて嬉しいし、君が毎朝仕事に来てくれると嬉しい。もし休まられたら心配になるし、風邪を引いたら看病したいと思う」
「――あたしがいなくなると、姉さんと会う口実も消えてなくなるから?」
「違う。少しはお兄さんを信用しなさいって」
 軽い口調で言い、こつんと頭を軽く叩く。
「同じ花でもいろんな形があるように、君と姉さんは違ってて当たり前だ。俺は――そうだな、今は君を凄く知りたいと思ってるよ」
 口説いているようなセリフ――ではなくて実際口説いているのか。
 は俯いてぎゅっと目を閉じた。
 本当は耳も塞いでしまいたかったけれど。
 店長の声はひどく優しくて、でも軽くて、できなかった。
「あっれー? どした。強張っちゃって」
「……冗談で流せるうちに、流して下さいねー」
「冗談じゃないよ。本気」
「1週間やそこらで心変わりするんですか?」
「そだねー、そうなっちゃうかしらねー」
 軽い口調で言われる。本気なのか、嘘なのか。
「……でも、本気だよ。俺は君を知りたい。だから、君にも俺を知って欲しいな」
 やめて。
 言いたいのに声が出なかった。
「んー? どしたー??」
 知らず、の瞳からは涙が溢れ、零れている。
 少々驚く結城。
 そっと指で拭ってやるが、次々溢れてきてキリがない。
「あたしに……優しく、しないで……下さ……。期待して、裏切られるのは、もう、やなんです。裏切られるたびに、自分を嫌いになるのも、やなんです……!」
 結城はの頤を掴み、上向かせる。
 開いた濃緑色の瞳は酷い不安に潤んでいた。
「大丈夫。少しは、俺を信じて?」
 長い沈黙の後、は小さく――本当に小さく頷いた。
 結城は微笑み、子供染みた指切りをする。
「……コイビト、ゲット〜」
「軽いですね……店長」




デザートラブっていう18禁オトメゲーの夢最終話。
もうなんつーか、久々です。ここまで凄い…微妙な小説を書いたのは。
もっとお話ちゃんとあったんですが。勢いだけで書いて後を考えないと、こうなるのねぇ;
力量が如実に出てしまった。ともあれ、これで終了だったりします。お粗末さまでした。

2005・1・22