花屋さん 1 駅から出て少しばかり歩いた所。 彼女はショルダーバッグにしては明らかに過剰重量度の荷物を詰め込んだそれの重みを、肩を上げて何とか持ち上げる。 ショルダー部分が痛みを孕んでいるが、嘆いていても目的地に着くまではこれと格闘しなくてはいけない。 下ろしたらそのまま持ち上げたくなくなりそうで、重い足取りのまま、ゆっくりと目的地――自宅へと進んでいく。 「あっれー、今日は少し早いんだー」 随分明るい声だな。人事ながらに思いつつ、少し先に目をやる。 暖かな空気、雰囲気。 明るい室内には色とりどりの花が沢山――花屋だ。 その花屋の前に1人の男性が立っている。 艶やかな黒い髪をし、すらりとした―― 「こらこら、返事もできないくらい疲れちゃってるわけ?」 「ど――」 どちらさんとお間違えでしょうか、と長ったらしいセリフを吐く前に、 彼女は花屋の中に引き込まれた。 花屋の中はそれこそ常春。 いるだけで幸せ――とは言わないが、こういう空間は大好きだ。 ただ状況が良く分からなくて、薄茶色の髪の先を弄った。 荷物は既に床の上。そして自分は椅子の上。 肩はヒリついているから休憩という意味では良いかも知れないが、誰ともつかぬ他人の男にいきなり花屋に引っ張り込まれたら困りもするだろう。 何となく、の予想はついているのだけれど。 小さくため息をついた時、奥手から黒髪の彼が現れた。 「やーお待たせ。はい、ハーブティー。今日はすっきりミントだよー」 ソーサー付き白地のカップが目の前に出される。 「ありがとうございます」 ぺこりとお辞儀をしてそれを受け取った。 彼は仕事がしやすいいようにか、真正面ではなく客側から見えやすい側の椅子に座っている。 同じテーブルで紅茶を飲んでいる事に変わりはないのだが。 「今日は機嫌が悪かったのかな? 声かけたのに無視なんて、俺さみしーなー」 すんすんと泣きまねをしている男性。 困って頬を少しばかり掻く。 「えーとー……あの、どちら様なのでしょう」 「へ!? 酷いっ! ……君にとって、僕との関係はその程度だったんだね…!」 酷く真面目な顔で拳を振るわせる彼に、 「その程度の関係と言われても、身に覚えが全くありませんが」 スッパリ言い切る形。 冗談だと判断したからあっさり言ったのだが、間違いではなかったようだ。 彼は口の端を上げた。 まじまじと顔を見、首をかしげた。 「あれぇ、おっかしーなー。いつもの君の反応と少し違うね」 「<いつもの君>は別人だと思われますが」 「まっさか。だって瓜二つだし? いやまあ世の中には自分とそっくり同じ顔をした人間が、少なくとも3人はいるとか何とか言うけどさ」 ……いや、この人面白いわ。 何となしにそんな事を思い、ふぅ、と小さくため息を吐く。 「誰と勘違いしてんのかは察しがつきますが。――あたしの名前は瀬口です」 「俺は結城一臣。花屋の店長さんでぇす」 語尾に音符でもついていそうな勢いで喋る結城。 はぺこりとお辞儀をした。 「初めまして」 「ああ、はい、初めまして……てか、君凄く礼儀正しいねー」 「……人を第一印象で判断しない方がいいですよ」 苦笑いしながら紅茶を口に含む。 ミントの香りごと液体を飲み込めば、咽喉がすぅっと楽になった。 自分では気付いていなかったが、相当咽喉が渇いていたらしい。 そう遠くない道のりとはいえ、これから帰る事を思えば荷物を下ろして咽喉を潤せたのは良かった。 はすっかり空になったカップを置き、 「ご馳走様でした」 笑った。 結城はの顔をまじまじと見、ぽん、と手を叩く。 「もしかして瀬口はるかちゃんの双子?」 「残念、双子じゃありません。はるかは姉です」 「へえー、初耳」 「えーと、結城さんは姉さんの彼氏……とかでしょうか」 「いんや、あくまで希望」 なるほど、と頷く。 そこへ当人――瀬口はるかが通りがかった。 「姉さん!」 思わぬ人物に呼ばれたと感じたのか、はるかはピタリと足を止めて目を丸くし、花屋の奥にいるを見た。 それから小走りに見せの中に入り、の顔をまじまじ見る。 「、よね?」 「この顔見てそういう事言う?」 「やだ、どうしたのよ、こんな所で」 人様のお店の中で<こんな所>は失礼では。 の内心を知らぬまま、はるかは詰め寄る。 「一体どうしたの? あっ、そういえば引っ越しするって連絡が――」 「ちょーい待った!」 結城がはるかを制する。 「俺にもさ、説明してくんない?」 「あ、はい」 素直に頷くはるか。 改めて、とばかりには立ち上がる。 「あたしは瀬口はるかの妹、瀬口です」 「は私の3つ下の妹なんですよ。大学を出て、今まで仕事してたんですけど――」 「クビんなりまして」 その辺の事は詳しく語らなくてもいいだろうとは軽く笑い飛ばした。 はるかには今日か明日頃、同じマンションに引っ越すよ、と連絡してあったはずなのだが最近新しい部署に変わったとかいう姉の事。 忙しさにかまけてすっかり忘れられたのかも。 結城は顎に手をやり、ふぅんと2人を見やった。 「しっかし……一卵性双生児かと思わんばかりにそっくりだね」 違いといえば、ははるかよりも少し髪が短くついでに瞳の色も濃緑な事ぐらいか。 2人そろって立っていると、どちらがどちらか分からないとは両親にも言われる。 目の前に立ち、じっくり見比べるようにしていた結城は楽しそうに笑んだ。 「な、なんですか」 はるかが問えば、彼は更に嬉しそうに笑む。 「いやぁ、良い眺めだなぁと」 ――この男の人、はるか姉の事ほんとに好きなんだなぁ。 他人事なので気にもせず。 はそれ以上その2人の会話に耳を傾ける事をせず、店内の花をひとつひとつ見やった。 どれも綺麗で、買って帰る人を幸せにしてくれそうだ。 「どれか気に入ったのでもあるかい?」 「うっわ!」 後ろからいきなり声をかけられ、は驚いて前につんのめりそうになった。 床に手をついて難を逃れたが。 振り向けば結城とはるかが仲良く立ってこちらを見ている。 「……気に入ったのって言われても。全部持って帰りたいですねー」 立ち上がって頬を掻く。 醜態ではないにしろ、他人様にコケ姿を見せるのは中々に恥ずかしい。 結城は笑った。 「あっはー、全部は流石にあげられないね、商売上がったりだ」 「? あげるって??」 「だから、1本2本ならプレゼントするよ、って事」 ……惚れてる女の前でそういう事するのか、この人。 ……いや、姉妹だから点数稼ぎか? ……いやいや、単純にイイヒトなのだろう、うん。 色々考えて俯いていたに、はるかが問う。 「?」 「あー、えーと、うん……っと」 今度は結城が問う。 「欲しいのない?」 「欲しいんですけどね、でも、やめときます」 「どして」 驚いた様相を見せる彼。 は苦笑いを零す。 「何もしないで貰えません」 「そんな肩肘張らなくていいよ」 「でも、駄目です」 「何で」 ……はるかの目の前でこれは言えない、とは口を噤んだ。 「じゃあ、貰っていきますけど――ここの店、御手伝いさせて下さい」 「はい?」 「バイトだと思って。1日限りでいいです」 変な事を言っている自覚はあるが、タダで貰いたくなかった。 だから、意固地なまでに言い張る。 結城は小さく笑いを零すと、それを了解した。 デザートラブっていう18禁オトメゲーの夢だったりします。 結城氏ボイスが井上さんで、面白かったんで書いてみました。 3本で終了。 2005・1・22 戻 |