たったひとつの伝えたい言葉 引田クリニックに到着し、成歩堂の病室へと向かう途中、王泥喜に会った。 の存在に気付き、彼はすぐに駆け寄ってくる。 「さん!」 「や、王泥喜くん。久しぶりだね」 王泥喜法介。 初めての裁判で、上司と職場を失った、前髪が天を突いている少々変わったルックスの青年。 『大丈夫です』を連発する、少々依頼人に不安を抱かせる弁護士でもある。 は彼を、彼の上司――牙琉弁護士――を通して知っていた。 「王泥喜君の携帯から、なるほど君の声が聞こえてきてびっくりしたよ」 「いや、だって……成歩堂さん、貴方の写真を見て、嬉しそうにしてたから。連絡してないって言うし、だったらって……」 「……ありがと」 成歩堂に会って、何がどうなるか皆目検討がつかない。 何を言われるのかも分からない。 それでも、もう一度引き合わせてくれた王泥喜に、素直に感謝していた。 「早く、成歩堂さんの所へ行ってあげて下さい」 「うん。それじゃ、またね」 照れたように頭を掻く王泥喜を背に、は目的の場所へと向かった。 は、最初に何を言おうかと、必死で考えた。 だが実際に病室に入って目の当たりにした惨状に、考えていた言葉なんて一気に吹っ飛んでしまった。 「……なに、このDVDの山は」 成歩堂の病室には、DVDがまさに山となってそこかしこにあった。 しかも、トノサマンやらヒメサマンを筆頭に、それらの亜種というか続編というか……そんなのばかり。 成歩堂が率先して買うはずがなく、彼と自分の知人の顔を思い浮かべ、勝手に納得した。 「いらっしゃい」 「う、うん。その……お招きに預かりまして……」 はお辞儀をし、彼の傍に立った。 成歩堂は病院ベッドに腰掛け、普通の客人を相手にするような態度だ。 いや、確かに単なる客ではあるのだが。 彼は法廷で見たときと同様、ワッペン付きの水色帽子を被っている。 そのせいで、特徴的な――ツンツンした髪型は全くと言っていいほど見えない。 濃茶のパーカーに濃紺のジーンズ。 剃刀をあてていないのか、無精ヒゲが少々お目見えしていた。 全体に、どことなく退廃的な雰囲気がある。 退廃的といえば、自分も似たようなものかも知れないが。 「……あの、なるほど君……その……」 適当に口を開いてみたものの、続く言葉が出てこない。 言い淀むの、止まってしまった言葉に代わるように、成歩堂が口を開いた。 少々背を丸め、目をつむりながら。 「まさか、君が星影先生のところに行くなんて、思ってもみなかった」 「……ごめんなさい」 成歩堂は失笑し、を見つめる。 「君に幸せになって欲しかった。事件のことなんて忘れて。でも……僕は君が誰かと幸せになっていても、祝福なんてできなかっただろうけど」 は目を瞬く。 彼は腰を上げ、の前に立った。 かつて法廷で見たのと同じ位、強い輝きを持つ瞳が近場にある。 それだけでも、ここに来てよかったとは思う。 成歩堂の指先が、求めるようにの頬に近づく。 けれど、触れる前に彼は手を引っ込めた。 荒々しくため息を付き――帽子を取ると、ベッドに放る。 かと思えば、の目の前で深々と頭を下げた。 「な、なるほど君?」 「――っ、ごめん!」 唐突過ぎる謝罪に、の頭がついていかない。 暫くして、かつての『彼の言葉』に対して、彼が謝ってるのだと、遅ればせながら気付いた。 「謝らないでよ。あれは、なるほど君なりの優しさでしょ?」 「でも、傷つけた……だろ?」 それは否定しないというか、できない。 当時は、それこそ茫然自失。 御剣検事から連絡を貰うまで、自分が何をしていたのか、思い出すことさえ困難だ。 やっとのことで頭を上げた成歩堂は、30を越えた男性とは思えないほど不安そうに、の目を見やっている。 「……抱きしめて、いいかな」 「え? ええっと、いいけど……」 成歩堂の身体が、の身体を覆う。 きつく抱きしめられて、それはそれは顔が熱くなる。 自然に、の手も彼の背中に回され、服を掴んだ。 「……君を忘れた日なんて、1日たりともなかった」 「なるほどく……」 「今の僕は弁護士じゃないし、君を幸せにしてあげられる保障なんて、どこにもない。事件の汚名は未だくっついて回ってる。でも……それでも僕はっ……」 一気に言い、成歩堂の言葉が止まる。 言うことを恐れるみたいに。 だが、意を決したのか、彼の身体に力が入った。 逃がさないとでも言うかの如く、の身体は、彼の内に強く閉じ込める。 「……ちゃんが、好きだ。傍に、居て欲しい」 ひどく切ない声で囁かれた。 は、知らず溢れてきそうになった涙を、ぐっと堪える。結局、堪え切れなかった。 5年前、同じ人に泣かされた。 5年後の今、同じ人に、あの時とは逆の要望で泣かされている。 成歩堂の服を掴む手に力を込めた。 「…………傍に、居させて下さい」 彼の温もりが、ほんの少し離れる。 不思議に思って顔を上げると、彼はひどくぎらぎらした目でを見つめ、頤を掴んで乱暴に口付けてきた。 目を閉じる暇などなかった。 長く続く、深いそれに息苦しさを感じ、成歩堂の身体にすがりつく。 始まった時と同じぐらい唐突に、それは終わった。 何をするんだと睨みつけようとして、彼の表情があまりにも嬉しそうだったから……詰まった。 「っう……ヒ、ヒゲが痛かったよ……!」 ささやかな逆襲は、本当にささやか過ぎて、彼には全く通用しなかったようだ。 ――昔は、こんなに激情家ではなかったような気がする。いや、そうでもないか。 難しい顔をしているの頬を、成歩堂はそっと撫でた。 「やっと言えるよ。ずっと……この5年間……我慢し続けてた言葉」 彼は微笑み、 「愛してる」 囁いた。 甘くしようとしたら…し、しすぎたかなあ、コレ…? なんていうか、4のなるほど君はものすごい大人な色香を放っている気がしてならない。 26歳ナルホドーでは言えないようなことも、さらーりと言いそうな雰囲気が。 2007・4・22 ブラウザback |