先入観 妙に恐る恐る振り向くを見ながら、成歩堂は、自分の気持ちが一気に荒れ始めたことに気付いていた。 ――なんで御剣と2人きりでお茶なんてしてるんだよ! 真宵と2人きりで調査に行った自分は、完全に棚上げしてそんなことを思う。 たとえ相手が親友の御剣だとしても、気分が良くない。 これが自分の知らない相手だとしたら、更に気分が悪かっただろうが。 「な、なるほど君。真宵ちゃんは?」 「先に事務所へ戻ってるよ。……通りかかったら君達が見えたから、僕はここで寄り道してるわけだけど」 成歩堂は一拍置き、 「それで? 随分と楽しそうだね」 苛立つ気分を懸命に抑えながら、明るい声で言う。 御剣は――多分も――明らかにこちらの様子がおかしいと気付いている。 抑えていても、自分でも分かるほど険の混じった音で言葉を発しているのだから、致しかたがない。 「ちっ、違うぞ成歩堂。我々はそのようなアレではない」 「へえ。じゃあどのようなアレなのかな?」 フォローしようとしている御剣の額に、薄く汗が滲んでいる。 「君は、君のことで――」 「御剣さん! だめです!!」 半ば叫ぶようにして言い、は慌てて口を抑えた。 周囲の客が、彼女の大声に反応して、何事かとちらちら見ている。 知らず、成歩堂は拳に力を入れた。 大人気ないとは思う。 けれど。 落胆とも、怒りともつかない感情が渦巻く。 「御剣には言えて、僕には言えないことなのか?」 「だっ、だって……」 「『だって』なんだよ」 責めるような口調の成歩堂に、御剣が不愉快そうな表情を浮かべた。 「……成歩堂。子供っぽいヒガミは止めるのだな」 「ッ、誰がっ……」 俯いているの代わりのように、御剣は続ける。 それすら、今の成歩堂の癪に障るのだが。 「君は悪くないだろう。彼女には彼女の考えがある。雇用者だからといって、お前に全て、胸の内を話さねばならないわけではない」 「……そんなの、知ってるよ」 御剣の言葉は当然のことで、反論しようがない。 自分は彼女のことをなんでも知りたいと思っているが、当然、その『知りたいこと』を彼女に強制する権利などない。 分かっていても、理解と感情は別物で。 ささくれ立つ感情に、抑えが効かない。 成歩堂は深く溜息をついた。 「もういいよ。――事務所に戻るから。2人はゆっくりしてて」 「なっ、なるほど君!」 の引き止めるような音を持った声を無視し、成歩堂は店の外へと出た。 苛々しながら、事務所への道を歩く。 途中、妙にべたべたしているカップルを見かけ、睨み付けたい気分にかられる。 決してカップルが悪い訳ではないのだが。 事務所につき、荒々しく扉を開ける。 中にいた真宵が驚いて成歩堂を見た。 「お、おかえり。――あれ? ちゃんは」 「御剣とデート中」 むすっとした声で言い、デスクに持っていた書類を、まるで親の仇のように乱暴に置いた。 これから調書を纏めなければならないのに、全くその気分にならない。 少し落ちつこうと、ソファに腰かけた。 真宵は暫く目を瞬いていたが、急に口端を上げてニヤリと笑む。 「……へー。それでなるほど君は、ヤキモチ焼いてフテクサレてるんだ」 「別に、不貞腐れてなんてないさ」 「だって、ちゃんが御剣検事とデートしてるから、そんな風に荒れてるんでしょー?」 「そっ、それは……」 確かにその通りで、言い返せない。 彼女に告白してから、だいたい1週間。 返事は未だにない。 のんびり待つつもりだったし、断られるという可能性も思慮している。 だから、御剣とが一緒にいる所を見て、先ほどのように荒れるのは、成歩堂自身、予想外だった。 ――僕って結構、嫉妬深かったんだな。 新たな自分を発見してしまった気分だ。 押し黙っている成歩堂。 真宵はヤレヤレと肩をすくめた。 「だめだめだね、なるほど君。どうせ、勝手にデートだとか勘違いしてるんでしょ」 確かに、一目見て勝手に『デート』だと決め付けている感はある。 実際には違うと分かっていた。 は仕事を放り出して、好き勝手をするタイプでは、全くない。 だが先入観とは恐ろしいもので、実際がどうあれ、成歩堂の目には、あれは間違いなく『デート』でしかなくなっていた。 難しい顔をしている成歩堂に、真宵は眉をひそめる。 「ちゃんとちゃんに謝りなよ?」 「………分かってるよ」 「あたし、今日はもう帰るね。2人でゆっくり話をしたらいいよ」 それは素晴らしい考えとも思えたし、同時に酷い考えだとも思えた。 今の自分とを2人きりにしたら、更に喧嘩をしてしまうかも知れない。 素直に謝って、彼女の笑顔を取り戻せるかも知れないが。 考え込む成歩堂を他所に、真宵はさっさと帰り支度を整える。 気づいた時には、扉に手を掛けているところだった。 「ま、真宵ちゃん、やっぱり――」 「それじゃあねー!」 引きとめ切れないうちに、彼女は立ち去ってしまった。 無情にも、扉は乾いた音を立てて閉まる。 「………まいったな」 成歩堂は後頭部を掻き、溜息をついた。 が戻ってきたのは、それから10分ほど後のこと。 2007・7・28 |