言いたいことは





 閉じ込められていた倉庫(というよりワインセラー?)から出て、新たな部屋へと足を踏み入れたと真宵は、とにかく使える物がないか探した。

 部屋は割合広い。
 電気を点けていないため、不便感は否めないが、仕方がない。
 まず一番最初に目に付くのが、大型テレビだ。
 やたらとデカい。
 成歩堂の事務所に置いたら、邪魔になること請け合いのサイズだ。
「ねえちゃん。このテレビ、持って帰りたいね。この大きさでトノサマンを見たら、かなりの迫力だよ!」
「確かに迫力は凄そうだけどね、リアルな話、こんなの事務所にも家にも置けないと思う」
「……まあねー。なるほど君がもっと広い事務所に引っ越してくれればなあ」
 テレビのために事務所を引っ越すって、どんなリッチメンですか。
 大型テレビの傍らには、衛星放送の受信機器や、ビデオ装置がある。
 どうせなら、ビデオじゃなくてDVDにすればいいのに。
 は視線を移動し、机の上を見た。
「あっ……そうだよ、パソコンがある!」
「え、でもあたしパソコン使えないよ」
 真宵が困惑するが、は苦笑し、自分を示す。
「大丈夫。私、普通程度には使えるから」
「そうだね! なるほど君の代わりによく使ってるっけ」
 じゃあ早速と、は電源ボタンを押した。
 成歩堂法律事務所で使っているものとは違い、最近のモデルだが、使用方法にあからさまな違いはないはずだ。
 ぷぅん、と軽い音がして、画面が立ち上がってくる。
 成歩堂の携帯アドレスにメールを送れば、直ぐに反応してくれるはずだと、急く気持ちを抑えながら、画面を注視する。
 だが。
「……あー、駄目だ」
「どうしたの?」
 落胆したに、真宵が首を傾げる。
 どうもこうもない。
 画面に表示されたのは、パスワード入力画面。
 このパソコンの持ち主でないは、当然パスを知らないから、使うことができない。
 残念ながら、掛けられている鍵を外すなんて芸当は、には無理だった。
 システムを弄ることなどしたことがないし、パソコンについての詳しい知識もない。
 ガックリ肩を落とした。
「使えないって分かっただけ。他の方法を探さなきゃ」
「うーん。入口には鍵がかかってるし……」
「他にあるものといえば、本棚に並べられたビデオカセットと、ソファにテーブル、クマのぬいぐるみ……」
 クマのぬいぐるみは、妙に切れ目が多いというか……ツギハギだらけだ。
 本来それは可愛いものだったのだろうけれど、ツギハギのせいで、奇妙に怖い。
 誘拐されているという現状からか、クマの無表情かつ無機質な瞳を、余り見ていたくはない気分だ。
 あちこち引っ掻き回してみはしたものの、結局、使えるものなど何もない。
 真宵が一緒に居るから、も余りパニックの波に攫われてはいないけれど、状況は絶望的だ。
ちゃん、どうしようか」
「扉に体当たりでもしてみる?」
「………おやおや」
 冷えた声が急に降って来て、はぎくりと身体を強張らせた。
 真宵の表情から、先ほどまでの余裕が消え失せる。
 は振り向こうとして、後ろ手に手を掴まれ、動けなくなる。
 背中側にいるそいつの気配が恐ろしい。
 何を突きつけられているでもないのだろうけれど、それでも怖い。
 頭が真っ白になり、言葉が出てこなかった。
「何をなさっていたのですか? 大人しくしていないなら、あなた方の口を封じてしまうことになるかも知れませんよ」
 男――コロシヤ――が、軽く溜息をついた。
「あなた方の弁護士は、困った事に失敗したようです」
「失敗……?」
「私は、王都楼真悟さまの無罪判決と引き換えに、あなた方を解放すると、成歩堂弁護士にお約束しました。しかし……」
 成歩堂がそうしたかったのか否かは分からないが、無罪判決をもらえなかったのだろう。
 は小さく笑んだ。
「……私や真宵ちゃんを囮にして、無罪判決? そんなバカなこと、彼がするはずないよ。もし王都楼が真犯人なら、有罪にするに決まってる」
 コロシヤは、の物言いに少々気を損ねたらしい。
 掴んでいる手首に力を込める。
 は微かに眉をひそめた。
 真宵が小さく悲鳴を上げる。
「随分と気の強いお嬢さんだ。こちらの娘さんだけを攫う予定だったのですが……。
 弁護士先生のあの慌てぶりを考えれば、攫うべきは、もしかしたらあなたの方だったのかも知れませんね」
「――どうすれば、返してくれるの」
「言った通り、王都楼真悟さまが無罪になれば、お返ししますよ」
 は、強い語調でコロシヤに向かって言葉を続ける。
「真宵ちゃんは返して。人質は1人いれば充分でしょう」
「そうはまいりません。情報を伝えられては困ります。こうなった以上、最後までお付き合い願いますよ」
 逆らおうとしてはみたものの、の力では、コロシヤに敵わない。
 腕を払いのけることすらできず、背中を押されるようにして歩かされ、元の軟禁場所へと戻された。
 当然、真宵も一緒に。
 がちりと音を立てて、ドアの鍵が閉まる。
 コロシヤの歩く音が遠ざかって、静かになった。
ちゃん、大丈夫?」
「うん。……にしても、参ったね」
「なるほど君なら、きっと助けてくれるよ」
「……そこは疑ってないんだけどさ」
 無罪判決を、誘拐犯が求めてる。
 王都楼真悟――直接手を下したわけではなさそうだが、犯人なのではないだろうか。
 詳しい状況は分からないが。
 唸るに、真宵は腕組みをする。
「とにかく、少し大人しくしてた方がいいのかな」
「それしか方法がないというか……さっきの男、あんまり暴れると本気で口を封じにかかるだろうからね。隙ができるまで、我慢しよ」
 苦笑する
 真宵は軽く肩を落とし、ポケットからごそごそと何やら取り出す。
 紙とペン、だろうか。
「どこから持って……ああ、さっきの部屋から? 何か書くの?」
「なるほど君とはみちゃん宛てにね」
 言って、彼女は静かに手紙を書き始めた。
 灯りが殆どなく、かなり暗いこの倉庫の中で物を書くのはなかなか苦労するのか、かなり時間がかかっていた。
 はその間に、部屋の端に積まれているダンボールの中身を確認した。
 ここはきちんと見ていなかったし、何かあるかも――と思ったのだが。
「やっぱり駄目かあ。……うん?」
 指先に引っかかった固いものを掴み取ると、写真たてだった。
 女性の写真が入ったままだ。
 こんな風に無造作に扱われるのは、あまり良い気分ではない。
「できた!」
「書き終わったの?」
 写真たてを手にしたまま、真宵の元へと戻る。
 彼女は笑って頷き、に髪を手渡した。
ちゃんも何か書いておきなよ」
「……うん、そうだね」
 もしかしたら、成歩堂への最後の言葉になるかも知れないという、前向きではない感情ではあるが、とにかく何かを記そうと決めた。
 書きたい言葉はたくさんあって、でも、それ全部を書くのは違う気がする。
 ――会いたい、なんて書いたらびっくりするかな?
 クスクス笑うに、真宵が目を瞬く。
「どど、どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ」
 言って、今、最も自分が言いたいことを書いた。

 ――王都楼真悟を有罪にせよ。




時軸とか相当適当です。スミマセンです。
2007・6・15
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