弁護士の夜 元々、裁判の前日というのは眠りが浅い。 緊張だったり不安だったりと、要因はその時々で様々だが、今回のは格別に酷かった。 頭では眠らなくてはならないと理解しているのに、目を閉じても全く睡魔がやってこない。 仕方なくベッドの上で寝返りを打ち続けるも、無駄な努力なのはよく分かっていた。 「……ああ、くそ」 成歩堂は舌打ちし、寝床から起き上がる。 乱れた髪を手でがしがし掻き、息をついた。 どうせ眠れないんだ。なるようにしよう。 キッチンへ向かい、コーヒーメーカーのスイッチを入れる。 実に適当に粉末を突っ込んで、放置。 今日の調査で見つかった事実をもう一度確認すべく、調書を開いた。 だが、文字が頭に入ってこない。 浮かぶのは、誘拐された2人のことばかりだ。 パーティー会場から連れ去られた、と真宵。 彼女たちを解放する条件は、今回の依頼人、王都楼真悟を無罪にすること。 彼は今、藤見野イサオというアクションスター殺害の容疑で、留置所にいる。 なぜ、彼の無罪を勝ち取ることが、たちを開放する理由になるのか、正直まだ見えない。 けれど無罪を得なければ、2人は。 「………駄目だ、変なことは考えるな」 頭を振り、言い聞かせる。 調書と一緒に置いてあった、薄青色の携帯に手を伸ばし、ため息をつく。 これは、パーティー会場のホテルの廊下に、落ちていたものだった。――の携帯だ。 その横に、犯人からの連絡用であるトランシーバーがある。 連絡があり、真宵の声は聞けた。 だが――。 「は……っ、の声も聞かせろ! いるんだろう、そこに!!」 トランシーバーに向かって叫ぶ成歩堂の前で、真宵の従姉妹である春美が、青い顔をして唇を震わせている。 電話が入っているとボーイに言伝され、フロントへ移動して行った真宵。 今にしてみたら、妙な予感が、にはあったのだろう。 すぐさま真宵の追った。 その時ホテルでは事件が起こっていて、それを調べに――というより野次馬しに行く所だった。 いつもの顔である糸鋸刑事に会って事情を聞き、その事件が殺人だと知った。 いくつかの話を終えた後にホテルロビーに戻ると、荷星が、成歩堂あてにトランシーバーを渡した。 ボーイから渡されたそれが鳴った時、まさか、と真宵が誘拐されているなど思いもせず。 営利誘拐の事実に、泣き出す春美を、傍らの荷星がおろおろしながら宥めている。 この場に人がいないことが、幸いだった。 成歩堂は何も言わない、機械の向こうの男に、もう一度強く言う。 「を出せ!」 『……そのご希望にはそえかねますね。彼女は喋れる状態にありませんので』 ざっ、と血の気が引く。 次の瞬間には頭蓋に怒りが流し込まれる。 思考が真っ赤に塗りたくられて、一瞬、何がなんだか分からなくなった。 「何をしたんだ……彼女に何を……ッ!!」 成歩堂の怒りなどどこ吹く風で、男はさらりと答える。 『暴れられてしまいましてね、少々傷つけてしまいました』 「なっ……」 『気絶されていますが、大丈夫、命はありますよ』 ――何が大丈夫なんだ! 怪我の程度を聞く前に、男は一方的に、こちらに対しての要求をつきつけ、勝手に通信をきった。 その男――コロシヤの要求した無罪判決を得るための、王都楼の裁判は明日だ。 彼をとにかく無罪にしなくてはならない。 「…………」 携帯電話を握りしめ、溜息を落とす。 コーヒーカップに濃い液体を注ぎ、口をつけた。 適当に粉を突っ込んだせいか、分量ミスで妙に濃い。 微かに眉をひそめ、けれど飲めないほどではないから、気にせず口にし続ける。 人の携帯を勝手に見る趣味は、ない。 まして、の携帯だ。勝手に見るべきではない。 それでも、彼女の存在を感じたくてたまらない。 携帯を通して、感じられる気がして、手が離れない。 ――待ち受け画面は、許してくれ。後でちゃんと謝るから。 この場にいない持ち主に謝罪してから、携帯画面を開いた。 の携帯の待ち受けは、驚いたことに、成歩堂の寝顔だった。 事務所のソファで、少々うたたねした時のものだろう。 こんな場合なのに、顔が妙に熱くなる。 彼女が自分の写真を持っていることが、変に照れくさかった。 少し前に見せてもらった待ち受けは、真宵がヒメサマンの決めポーズを作ってる写真だった記憶がある。 次はもしかしたら、春美の写真が待ち受けになるのかも知れない。 携帯を閉じ、またも溜息をつく。 とにかく、明日の裁判を乗り越えなければ。 一刻も早く、2人を助け出さねばならない。 コーヒーを飲みきり、寝室に戻ると、仰向けに寝そべった。 手に持っていた携帯を、枕の横に置いて。 ――こんな状況で、自分の気持ちを再確認なんて、したくなかったなあ。 成歩堂は、ふいに思い出したの笑顔に、泣きそうになった。 助手として仕事をし始めて、約1年。 最初の頃こそ、単純に、果てしなく遠い親戚というだけだったのに、今ではそれじゃ治まらない。 何故こんな感情を持つようになったのか、成歩堂自身も判らない。 ただ、彼女と居る時間が大切で、傷つけたくなくて。 そういう感情に名前をつけることは、ひどく簡単だ。 言えば彼女を困らせるような気がして、言わなかったけれど。 「こんな風になるなら、さっさと言っちまえばよかった……」 指先で携帯を弄くり、瞳を閉じる。 ――大丈夫だ。も、真宵ちゃんも、助け出せる。 恐ろしい想像はどこかへ捨てて、とにかく、前に進む。 それしか、今の成歩堂には、できない。 あれこれすっ飛ばしつつ、物凄く行き当たりばったりで書いてるので、違う箇所も多々ありますが、今後もスルーして下さい(汗) 2007・5・29 ブラウザback |