真宵とふたり



「――! ――!!」

 誰かの声がして、は瞳を開いた。
 いつの間にか寝ていたらしい事にまず驚き、次いで、場所の薄暗さと見たことがない場所にいる事とに驚く。
 床に横たえていた体を起き上がらせると同時に、ひどい頭痛が始まった。
「っつ……!」
「あっ、ちゃん! 大丈夫!?」
 先ほどから自分を呼んでいたらしいその声が、誰のものなのか、やっと認識できた。
「真宵ちゃん……」
「よかった、気が付いたんだね」
「うん。特に怪我は……」
 言いながら、妙に痛みを感じる頭――こめかみの方に、何気なく手を触れた。
 ぬぅるりとした、感触。
 指についたそれを見てみるが、周囲の暗さでよく分からない。
 ただ自分の頭が痛いことと、その液体が妙に鉄臭いことを考えれば、おそらくそれは血なのだろう。
 は顔をしかめ、頭部の要所を触れてみる。
 こめかみ以外に、手痛い傷はないようだ。
「……怪我あったわ。真宵ちゃんは?」
「え、あたしは平気だよ。どこも痛くない」
「そっか、良かった。ところでここって」
 やっとで目が慣れてきて、真宵の一挙一動がはっきり見えるようになった。
 彼女は首を振る。
「よく分かんない。ほら、電話だって言われて……あたし1人で移動したでしょう?」
 物事を順序だてて考えるのに、少々の時間を要した。

 この場所に来る前、は成歩堂と一緒に居た。
 以前、彼が弁護をした荷星三郎の招待で、ヒーロー物のナンバーワンを決める、業界関係筋のパーティーに出ていたのだ。
 もちろん、真宵も一緒だし、彼女の従姉妹である春美も一緒だった。
 何事もなければ、食事でお腹いっぱいになっていたはずで――でも、物を口に運ぶ前に――。
「真宵ちゃんが電話しに出た後、私、すぐに後を追いかけたんだよね」
 それは、妙な予感があって、彼女を1人で行かせるべきじゃないと思ったからだった。
 実際、予感は的中し、しかも現状からすれば、は彼女を助けられなかったわけだが。
「……真宵ちゃんが、ボーイ風の男に引きずられてたから、頭に血ぃ上っちゃったんだっけ」
 真宵は明らかに気絶しているか眠らされていた。
 助けを呼ぶ選択肢など、その時のには思いもつかず、彼女を奪い返そうと暴れ、どこでどうしたのか、頭に怪我までして、すやすやと眠ってしまった。
 たぶん、暴れ切れなかったのだと思う。
 自分も一緒に運ぶ予定では、恐らくなかっただろうから、何かへまをしていてくれれば幸いなのだが。
 はゆっくり立ち上がる。
 当然のことながら、持っていたはずの携帯電話は手元にない。
 奪われたか、落としたか。
ちゃんが寝ている間に、変な男の人が来て……ほら、あのボーイの人だったんだけど。コロシヤだって言うの。冗談だと思うけど」
「……殺し屋」
 どうやら真宵は、そのコロシヤなる人物が『殺し屋』だとは、本気で思っていないようだ。
 けれど、冗談でこんな所に人を連れてくるとは思えない。
 よくよく話を聞けば、その男はが気絶している間に、小型の機械で真宵となるほどに会話させたらしい。
 会話と呼べるものではなく、成歩堂に助けてと叫んだだけで、会話は男によって打ち切られてしまったようだが。
 その間も自分は眠り続けていたのかと思うと、情けなくなる。
 は険しい顔のまま、周囲を見回した。
「樽があるんだね」
 呟くと、真宵が残念そうに言う。
「中身はワインなのかなあ。お腹すいてるから、飲み物より食べ物が欲しい」
 壁際に並べられた幾つもの樽は、単純に印象だけで言えばワインでも入っていそうな雰囲気だが、ワインセラーにしては、室温管理がなされていないような気がする。
「……そういえば、ものを食べる前だったもんね」
 ポケットを探ると、飴とチョコレートが出てきた。
 何を思ってか、真宵を探す前に、お菓子が山盛りになっている所から掴んで、ポケットに突っ込んでおいたものだ。
 もしかしたら、妙な予感がそうさせたのかも知れないと、今は思う。
「あっ、チョコと飴だ!」
「食べて良いよ。……持久戦にならなきゃいいんだけど。いくつか残しておきなね」
 早々に逃げ出させればよし。そうでなければ、かなり危険な状況になるだろう。
 真宵が菓子を口の中に放り込んで、味を楽しんでいる間に、はあちこちを調べ回った。
 使えそうなものは、特に何もない。
 武器になりそうなものといえば、壁際の樽だが、中身が入っているそれを持ち上げて、ぶん回すような力は、残念ながらにはない。
 真宵と2人でも無理だろう。
 入り口には当然カギがかかっている。
 とはいえ、カギの作りはひどく簡単なもののようで、開けられそうなのだが……指では無理だろう。
 見つかったものといえば、サザエの絵が描かれたカード。
 小さな上り階段の下に、わざとらしく落とさされていたそれ。
ちゃん、それって何?」
「サザエマークの入ったカードだけど……意味は分からない」
「ふぅん。ね、ね、それを使ってここから脱出しようよ」
「……私、ピッキングの真似事なんてできないよ」
 真宵はの手からカードを取り、鼻を鳴らして胸を張る。
「この真宵ちゃんに任せなさーい! あたし、こういうのはちょっとしたもんだよ」
「そ、そう。でも、あんまり『ちょっと』しないほうが良いと思うよ……」
 飴を舐めながら、真宵がカギ開けを始める。
 はそれを横目で見つつ、さすがにカードじゃ無理じゃないかと思っていると。
 ――かちり。
「うそ、開いたよ……」
「ね! 真宵ちゃんナイスでしょ! さ、早く逃げようよ」
 いきなり扉を大きく開けた真宵に、はぎょっとした。
 向こう側に敵がいたらどうするんだ。
 ひやりとするものの、出た先は少々広い部屋で、例のボーイの姿はない。
「真宵ちゃん、もう少し慎重にいこうよ……」
 言うより先に、彼女は薄く明かりがこぼれている、出口らしき扉のノブをがちゃがちゃ回している。
「まっ、真宵ちゃんストップ! 少しここを調べて、何か使えるものを持ってようよ」
「え? そうだね」
 頷く真宵。
 はとりあえず、使えるものを探した。



中篇ぽく何本か続きます。逆裁2の4話目な話。あれこれ捏造してます。スミマセン。
2007・5・22
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