記憶喪失には衝撃を




 法廷第2控え室。
 弁護人・成歩堂龍一の助手(ということになっている)綾里真宵からの連絡で、少々外に出ていたが控え室に戻ってきた時、事態は数分前とだいぶ変わっていた。
「なっ……なんにも思い出せないの!?」
 驚愕の眼差しで成歩堂を見る。
 彼は、脱いでいたらしいスーツの上着を着直しながら、難しい顔をして唸っている。
 ――ほっ、本気で思い出せないみたいだ。
 は一気に血の気が引く。
 あと幾分かすれば、法廷が始まる。
 彼は弁護士で、当然、依頼人の弁護をしなければならない。
 それも殺人事件の犯人とされている人の、弁護。
「……自分の名前も、思い出せない?」
「……………うーん」
 顎を撫でながら考えた結果、駄目だったらしい。
「じゃあ、私の名前は?」
 自身の名前を覚えていないのだから、こちらのことなど、覚えているはずがない。
 思いながらも、何かしらの取っ掛かりを求めて、聞いてみる。
 成歩堂は、さも『何を言ってるんだよ』的な目でを見つめ、
「成歩堂。ぼくの助手」
 すらりと答えた。
 は目を瞬く。
「……ええと、もう一度聞くけど。あなたのお名前は?」
 彼は途端に困惑し、酷く悩み、最終的に首を振った。
 思い出せない、と。
「ちょっ、ちょっと……私の名前は思い出せるのに、自分のことを忘れてるってどうなの!」
「いや、どうって言われても……事実この通りの状態だし」
 一瞬、わざとかと思うが、裁判前にこんな冗談を、本気でやるとも思えない。
 自分のことを覚えていてもらえて嬉しいが、そんな喜びに浸る間は全くない。
 仕方がないと、ため息をつく。
「あなたの名前は、成歩堂龍一」
「えっ、成歩堂!? じゃあ君と結婚をしているのか?」
「っ……違う! 笑えるほど遠い親戚で、物凄い偶然で苗字が一緒なだけだよ!」
「はあ……」
 冗談事ではなく記憶喪失の彼。は必死に考える。
 は法廷での発言権を持たない。
 状況を思い出してもらわねばならない。できる限り早急に。
 記憶喪失の原因はわからない。
 だが――たいてい、その状態になる相場は決まっている。
 はきょろきょろと周囲を見回し、徐に、テーブルの上に置いてあった灰皿を掴む。
 成歩堂が身を引いた。
「な、何をするつもりなんだ?」
「え。いや、記憶喪失の相場は、頭部に強い衝撃でしょ。だから、もういっぺんどうよと……」
「そんなモノで殴られたら、死んじまうだろ!!」
「冗談なのに」
「冗談でもするなッ!」
 本気で怒られてしまった。


 結果として、依頼人――須々木マコの判決は、無罪におさまった。
 記憶喪失は、公判中になんとか回復し、今はいつもの成歩堂弁護士に戻っている。
 何度もお礼を言って立ち去った依頼人を見て、真宵が満足げに頷き、成歩堂を見返った。
「にしても、なるほど君。記憶ソーシツになってまで、ちゃんのことは覚えてるなんて……アイだね、アイ!」
「っ、へ、変なこと言うな!」
 成歩堂は真っ赤になり、そっぽを向く。
 は頷き、腕を組んだ。
「親族愛って凄いねー」




親族愛じゃないと思う、と、思いきり真宵あたりは突っ込みたい気分だとおもう。
…というか、タイトルが物凄い適当ですね、相変わらず。

2007・5・14
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