駄目だよ。




「あー、やっと来たー!」
 事務所に入るなりいきなり大声を出されて、は顔を引きつらせた。
 思わず時計を見てしまう。
 ――うー、確かにちょっと遅刻したんだけども。
 そんなに大声出される程じゃないとは思う。
 ここ最近は遅刻ばかりだったから、仕方がないとも言えるが。
 思いつつ、声の主、綾里真宵に挨拶をする。
「おはよ、真宵ちゃん」
「うん、おはよう。でも、もう少し早く来てくれれば良かったのにぃ」
 頬を膨らませて言う真宵。
 は、はて、と首をかしげた。
 確かに今日は少しばかり遅刻してしまったけれど、何か大事件が起きたのだろうか?
 トノサマンの劇場版ができたとか……。
 考えていてもサッパリ分からない。
「ねね、何かあったの? マズいこととか??」
「うん、マズイと思う」
「……もしかして、仕事の依頼が入って、それが凄まじく危険度の高いものだったり?」
 ふるふると首を横に振る彼女。
 では、一体なんなのだ。
 困惑するに、真宵がため息をつく。
「――検事がね」
「検事、って」
 の知る検事は、一人しかいない。
 御剣怜侍。
 有罪判決を取るためならば、証拠隠滅、隠蔽、偽造、何でもやると言われている鬼検事。
 初見では確かに鬼検事そのものだったけれど、最近はそうでもないと思っている。
 少なくともは、自分に関しては、そう尖った態度を取られた覚えはない。
「で、その御剣さんがどうかしたの」
「どうかしたの。なるほど君と御剣検事がケンカして……」
「け、ケンカ」
 それは確かにある意味ではマズイ事かも知れないが、自分がいても、何も出来なかったろうにと思う。
 考えが顔に出ていたのか、真宵はに指を突きつけた。
「その原因が、ちゃんなんだよ!」
「……はい? 私が原因、って」
 ……もしかして、何か容疑者にでもなってしまったのだろうか?
 かといって、身に覚えが全くないので想像もつかない。
 真宵は小さく息を吐く。
「それがねぇ、いきなり検事がやって来たと思ったら、『お前の助手を貸していただこう』って」
「それはまた、確かにいきなりだねぇ」
 うんうんと頷き、真宵は先を話す。
「御剣検事が何を考えてるのか分からないけど……とにかくそれで、なるほど君とケンカになっちゃって」
「はぁ。で、なるほど君と検事は?」
「なるほど君は奥の事務所。検事さんはもう帰ったよ。『お話にならない!』とか言って」
 ふぅんと納得し、は荷物をソファに置いて、成歩堂がいる奥の部屋へと入った。

 成歩堂は滅多に座らないデスクに腰を落ち着け、どことなく不機嫌な眼差しで書類を見ている。
 が入って来た事に、気づいていない様子だ。
 気づいていて無視してるなら、感じが悪い。
「おはようございます、なるほど君」
「……おはよ」
 うわぁ、地の底から響く声だ。
 法廷外だというのに、公判中のような気配を漂わせている成歩堂。
「あ、えっと、遅刻してごめんなさい」
「……うん、別に大丈夫だ」
 ぜ、全然大丈夫そうに見えないんですが。
 独白し、小さくため息をつく。
 御剣検事の事について質問するのは得策ではないと思われたが、だからといって
 このまま放置していくのも、どうかという考えが浮かぶ。
 何しろ、他の事ならいざ知らず、自身の事だから。
 決意し、成歩堂に声をかける。
「あ、あのさ……御剣検事、来たんだって?」
「来たよ」
 鋭い声で答えられる。
 気後れしそうになるが、何とか耐えた。
「あぅ、で、あのぅ……真宵ちゃんが言うには、私が原因だって……そうなの?」
ちゃん、何でぼくに教えてくれなかったんだよ」
「は?」
「ここ最近、遅刻が多い理由。御剣から聞いた」
 何で検事が知っているんだろう。
 首を傾げる。
 裏情報で知ったのだろうか……探す理由も見当たらないのだが。
 成歩堂は大きくため息をつく。
「――君が最近遅刻が多い理由は、『探偵修行をしてたから』なんだろ」
「う。……その通り、デス」
 御剣検事が成歩堂に言った事は、まさにそのものズバリだった。
 は大学在学中から、ちまちまと探偵修行をしていた。
 その当時は面白半分だったのだが、法律事務所で成歩堂と一緒に仕事をするうち、事務以外で自分に出来る事はないかと考えるようになった。
 ――安易な考えだが、探偵技能でも持っていれば、事件の探りを入れるのに役に立つのではないかと思ったのだ。
 合格をもらうまで秘密にしておこうと思ったのだが……まさか検事からばれるとは。
「なるほど君の力になれればなぁと思って……遅刻してたのは、殆ど寝てなかったからなんだけど。ごめんなさい」
「そうか。御剣は、君を借りたいって言ってきたんだ」
「事務で?」
「多分、探偵業の方だろうな。断ったら理由を言えって迫ってきてさ」
 ふぅん、と頷きつつ、彼が自分にそんなに固執する理由が分からない
 彼ほどの人間になれば、探偵の力など必要なさそうなものだが……何しろ警察がついているのだし。
 成歩堂は、またも大きくため息をつく。
「それで、口論になったんだよ。断ったけど……ちゃんが御剣がいいって言うなら」
 ぼくは――と、先を言おうとする成歩堂の言葉を、何の気なしに言葉で塞ぐ。
「駄目だよ。例え誰かに斡旋されても、動かない。なるほど君がいい。……ここが、いいの」
ちゃん」
 目を丸くする成歩堂を見つめ、は笑む。
「ここだから、頑張ろうって思うの。他じゃ駄目。だって――」
「だ、だって?」
 生唾を飲み込む成歩堂。
 はさらりと答えた。
「だって――成歩堂龍一は、私の唯一近しい人だから」
「それって、どういう意味で」
「親戚でしょ? すごーく遠いけど」
 ね、と笑顔で言うと、成歩堂は心持ちガックリした。
「なるほど君? なんか……肩落とした?」
「い、いや、別に」
「とにかく、昨日でやっと探偵試験合格したから。怪しい人とかの尾行ができるよ!」
 尾行かい、と突っ込みを入れられる。
 は笑み、捜査の足しになる事が出来るという方向で、と訂正した。
「まあ……他には司法書士の勉強もしておりますが」
「え、ほんとに!?」
「うん。でもサッパリ。難しくって。……それにしても御剣検事、何で私を借りたかったんだろ」
 首を傾げる
 苦笑し、成歩堂は小さく言う。
「――あいつのヒトメボレじゃないのか?」
「ん? 何か言った??」
「いや、別に何でもないよ。今日は依頼ないから、前のファイルを整理でもしようか」
「それより、なるほど君、あの小難しい法律の本を読んだら?」
 突っ込みを入れると、彼は苦々しい顔をし――
「きょ、今日はやめておくよ」
 明後日の方向を見ながら言う。


 影からそんな2人を見ていた真宵は、
「……さっさとくっついちゃえばいいのに」
 ポツリ、呟いたりしたが、成歩堂もも気付かなかった。




法律事務所に探偵業はいらないと思う(笑)
2007・4・15
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