再確認




 ぼくは成歩堂龍一。弁護士をしている。
 ……まだ若輩もいいところだが。

 ぼくの事務所には、事務員さんが一人いる。
 彼女の名前は成歩堂
 残念ながら、ぼくと彼女が結婚していという事ではない。
 ちゃんは、ぼくの遠い遠い親戚なのだ。
 苗字が同じだという、物凄い偶然の一致だけど、それでぼくらが親戚だと分かったんだ。


 平日、午後。
 今日は、ちょくちょく事務所に来ている、綾里真宵ちゃんは来ていないため、事務所内にはぼくとちゃんの2人きりだ。
 別に、変な(邪な?)事を考えているわけではない。
 2人きりになるのは別段珍しくはないし、慣れたものだ。
 ――ある意味では、余裕がなくなってきてはいるんだけど。
 ぼくと一緒になってソファに座り、テレビを何となく見つめている彼女を、横目で見やる。
 ちゃんはぼくみたいな癖ッ毛じゃなくて、綺麗な茶色の髪をしている。
 染めているのかと聞いたら、
『残念ながら染めてないんだよね。地毛。中学の頃はもっと赤茶けてて、先生にうるさく言われた……思い出しても腹が立つ……』
 と、険しい表情をしていた。
 体型はごく普通。
 程よく筋肉がついているのは、護身術を習っていたからだそうだ。
 学生時代に、痴漢を投げ飛ばした事もあるそうな。
 スーツなどの堅めの格好は苦手だと言い、事務所内ではもっぱらブラウス姿。
 来客があれば上着を着る、という程度で……ぼくにはすこーし目の毒なところもある。
 何となく胸に目がいった瞬間、
「……なるほど君」
「ひ、はいっ!」
 視線が真正面からぶつかって、思わず腰を引く。
 彼女は少し、不思議そうな顔をした。
「そんなに驚かれても。私なにかした?」
「い、いえ、別に、なんでもないです」
 敬語になっている上、微妙に声が上ずっている気がしないでもない。
 それはもちろん、彼女がぼくをじっと見つめてくるせいもあるんだけどさ。
 こう、あんまり見つめられると、頤を掴みたくなる衝動に駆られると言うか……あー、口唇柔らかそう……って、エロ親父かぼくはっ!
 がっくりと肩を落とすと、ちゃんはさらに不思議そうな顔をし、首を傾げた。
「な、なるほど君、なに1人でガックリしてんの? なんか不味い事でも思い出した?」
「いや、なんでもないんだよ、本当に。――こほんっ。で、どうかした?」
「うん――っても、こっちこそなんでもないんだけど。暇だね、って言おうとしただけで」
 驚かせてゴメンねとまで言われてしまい、ぼくは肩をすくめて苦笑する。
「こっちこそごめん。変にオーバーな態度取っちゃって」
 いっそ、煩悩を払ってもらいに寺にでも行きたくなるな。
 内心の呟きなどおくびにも出さず、ぼくは言葉を続けた。
「確かに暇だね。仕方がないけど」
 無名ともいえる弁護士のぼく。
 そうそう依頼が入ってくるわけはない。
 ぼくの上司だった、故、綾里千尋さん――実は今でも助けてくれるんだけど――は優秀な弁護士だったが、だからといってぼくが優秀ということでは、勿論ない。
 ポンポン依頼が入ってくるようになるまでには、まだ随分時間がかかるだろう。
 それまでは、事務所の家賃ですら、ヒーヒー言いながら払うしかない。
「ごめんな。もっと依頼があれば、ちゃんのお給料だって……」
「お給料は別に大丈夫。生活が本格的にまずいなぁと思ったら、なるほど君のお嫁さんにでもなるから」
「えっ!」
 彼女の発言に顔が熱くなる。
 深い意味はないと分かっていても、やっぱり――こう、面と向かってそんな事を言われるとさぁ。
 ぼくの気持ちに気づいているのかいないのか。
 いつもやり込められて、ぼくばかり赤くなるのは悔しくて。
 だから、ちょっとだけ――意地悪してみる。

「それは本気?」
「……な、なるほど君??」
 ぐっと顔を近づけ、ちゃんと視線をしっかり合わせる。
 見つめつつ、ぼくは彼女の肩を掴み、引き寄せた。
 ぼくの方が、顔赤くしてるんじゃないかという辺りが、情けないところではあるが。
 感覚的には室内温度が急上昇。
 実際はぼくひとりの体温が急上昇。
 なるべく内心の動揺と気恥ずかしさを悟られないよう、声を低くして落ち着いている雰囲気を出しつつ語りかける。
「本気で……結婚相手になってくれるか?」
 目線を外し、ちゃんを抱きしめる。
 ……いや、馬鹿みたいに顔赤くなってるのを、あまり見られたくなかったからなんだけど。
 声だけは平静っていうのも凄いな、ぼく。
 ちゃんは、ぼくの腕の中に大人しく収まっている。
 予想していた抵抗はなかった。
 驚きだ。
 けれど、心なしか震えている気がして(ぼくの方が震えてたのかも知れないけど)、抱きしめる力を強めた。
 女の子の柔らかな体に、無駄に心拍数が上がる。
 聞こえてるとは思うけど、こればかりは止めようがない。
 彼女はか細い声で言う。
「なるほど君……くるしいよ……」
「あ、ご、ごめん」
 す、と力を抜くと、ちゃんの目がぼくを射抜いた。
 不安と戸惑いに揺れている瞳に、赤くなった頬。
 ――た、確かにぼくばっかり赤くなるのは嫌だったから、こんな行動を取ってみたんだけどさ。
 実際に、こう、赤くなっているのを見ると。
 ――やばいぐらい可愛い。クラクラするぞ……。
 微かに震える口唇で、ぼくの名を呼ぶ彼女。
 うぅ、どうしよう。ヤバイぞぼく! 頑張れぼく!!
 気合に反して、ぼくの指はちゃんの口唇をなぞっていた。
 ぴくん、と体が反応する。
「あ……」
 自然に彼女の口唇が薄く開く。
 誘われるように顔を近づけ――


ようとして。


「いーーーー!! いっっテェ!!!!」
 がぶり、と指を噛まれた。
ちゃ……」
 彼女は赤い頬をそのままに、にっこりと笑ってみせる。
「なるほど君が私で遊んだのが悪いんだよー。逆襲してみた」
「う、うぅ、ひどいぞ」
 指には薄く歯形が残っている。
 あははと笑い、ちゃんはぼくの額を小突く。
 年下にやられる行為ではないな。
「まったくもう。一瞬本気にしちゃったじゃない……」
 はぁ、と息を吐く彼女。
 ぼくは殴られるのを覚悟で、再度抱きしめ――
「……本気にしてて、いいからな」
「…………え?」
 するりと離れた。
 きょとんとしている彼女に笑みかけてから、奥の事務所に引っ込んだ。
「龍一さんのばかーー!!」
 ……名前で馬鹿呼ばわりされてしまった。
 自分ばかりがやり込められてるのが癪で、あんなことしたけど。
 ――うん。ぼくはやっぱり、彼女を手放せない。
 ぼくはまだ少し痛む指を見やり、そこにそっと口付け、
「本気で告白しちゃった方が楽でいいのかもなぁ……」
 独白した。




遥か昔に書いた代物を、ほんの少しこねくった品。…な、何を考えてたんだろう、当時の私。
なるほど君が変態くさいよ…(汗)

2007・4・15

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