サイコ・ロック



「ちょっとした疑問なんだけどさ……」
 卸したての紅茶をカップに入れながら、はソファに腰掛けている成歩堂の後ろ頭に訊く。
「なるほど君はさ、嘘をついてる人と対面すると、サイコ・ロックが見えるじゃない?」
「うん、そうだね」
 軽く体をこちらに向けながら、成歩堂は頷く。
「吐麗美庵で勾玉なくした時、店内でならロック見えてたんだよね。てことは、持ってなくてもある範囲までは能力が発揮される」
「……まあ、そういうことだよね」
「けどさあ、一緒にいた私とか、真宵ちゃんとかには見えてなかった。なんで?」
 どことなく不満の表情を浮かべ、は成歩堂に紅茶ポットを差し出す。
 彼はそれを受け取って、硝子テーブルに置いた。
「そんなこと言われても……僕は勾玉を使ってるだけだしなあ。春美ちゃんに聞いてみれば? けど、なんでいきなり」
「……なるほど君ばっかり、狡いと思うの」
「は?」
 彼は言われた意味が分からないのか、間の抜けた顔(失礼だが)をしてを見やる。
 彼女は続ける。
「なるほど君は私が嘘吐くとすぐに突っ込み入れてくるじゃない。なのに私は貴方の嘘を視覚できない。これって狡いよ、不公平だよ」
 例えそれが仕事で使うものだとしても、やっぱり狡いと思う。
 成歩堂に、一方的に『能力』でやりこめられるなんて。
「……っていうのは建前でして」
「建前かよ」
「どんな感じなのか、見てみたいんだよね。勾玉使った時の感じ」
 結局、ただの好奇心。
 申し訳ないと笑う。成歩堂は苦笑し、ポケットから勾玉を取り出し、に握らせる。
 ほんのりと暖かなそれ。
「……ああそっか、誰かが嘘つかないとダメなんだ」
 言い、は成歩堂をじっと見る。
 現在、事務所にいるのは2人だけ。
 彼に嘘をついてもらうしかない。
「なるほど君、なんか嘘ついてよ」
「えぇ!? 急に言われてもな……」
 確かに、唐突に嘘をつけと言われても困るだろう。
 は考え、ふいに質問をぶつけた。
 結構、まじめに。
「なるほど君は、私のこと好き?」
「な、なん……!」
 赤面する成歩堂。答えを促す
 彼は当たり前だろうと横向く。
「じゃあ、いつから?」
「そ、そうだなあ。告白する…い、一か月ぐらい前かな」
 途端、世界の明度が下がったような錯覚に囚われた。
 否、実際に周囲が暗い。
 成歩堂以外、目に入らないほどだ。
 じゃらじゃらと、何処からともなく現れた鈍色の鎖と朱色の錠。
 それらが彼を守るように取り巻いている。
 これが、勾玉の力。
「うわ……確かに慣れないとクラクラする……!」
 空間感覚がオカシイ。
 視覚する全体の雰囲気が明らかに普通ではない。
「いつもは僕が使ってるから意識しないけど……勾玉の力を使われると、確かに周りの空気が変わるな」
 成歩堂が呟く。
 は軽く目を閉じ、開いた。
 瞬間、成歩堂が息を呑む。
 彼女の瞳に心を鷲掴みにでもされたみたいに。
「なるほど君。一ヶ月前ってのに勾玉が反応したってことは、それは嘘だよね」
「そ、そうなるね」
「ほんとは?」
 彼は黙する。
「……まさか、告白するちょっと前とか?」
「違うよ!」
 彼の発言に、錠はなんの反応も示さない。
 先程まで嘘に鳴動するかのように震えていた鎖は、今は沈黙している。
 少し前ではないのは、本当。
ちゃん、もう、勘弁して欲しいなあ……」
「そんなに隠したいの? 私言えるのに。……私はねえ、なるほど君が記憶喪失になっても、私のこと忘れないでいてくれた時かなあ」
「モロヘイヤの事件の時か?」
 頭をガツンとやられて、公判が大変なことになりかかった(なった)事件だ。
 成歩堂は自分の立場や名前は完璧に忘れていたが、何故だかの名前と存在は忘れていなかった。
 はその時、彼が己の名前さえ忘れているのに、『』という名を忘れないでいてくれたことに、凄く感動した。
 多分それがきっかけだ。
 はっきり意識するには、もう少し事件がかかったけれど。
 言うの顔を見ながら、成歩堂は口元を手で隠し、頬を染めている。
「ニヤニヤしてるし……」
「いや、だって……知らなかったし」
「フェアに行こうよなるほど君。答えてくれるよね?」
 彼は少し詰まったが、の真っ直ぐな視線に負けたのか、肩を落として額に手をやる。
「……だよ」
「?」
「君がぼくの事務所に来た一週間後だよ!」
 自白したと同時に、錠がぱりんと割れ砕ける。
 ついでに、成歩堂を取り巻いていた鎖が消えた。
 証拠をつきつけて解除したのではないから、達成感的なものがない。
 ただ、にその辺を気にしている余裕はなかった。
 成歩堂の発言のせいで。
「……お、思ったより、っていうかむしろ予想外な程早い……」
「ぼくだって驚いたんだ。過去が過去だけに、そういうのにはかなり抵抗感があったし。けど……」
 顔を上げた成歩堂の手が、の手を握る。
 妙に熱いのは彼のせいか。自分のせいか。
「……学習しないと思われるかも知れないけど、殆ど一目惚れに近い状態だったと思う。今考えると、ね」
「……も、もういいデス。聞いてるこっちが恥ずかしい」
 成歩堂は口端を上げ、意地悪そうな笑みを浮かべた。
「君が知りたがったんだろ」
「うわ、悪い顔」
「自業自得。君が可愛いのが悪い」
「い、異議あり! 意味わかんない! そんなの言われたこともない! 可愛いってのは真宵ちゃんみたいな……」
ちゃんの寝顔とか真剣な顔とかちょっとした仕草とか、可愛いのが悪いんだよ。ぼくが惚れっぽいんじゃない」
 つらつら一気に言われ、は頬に手をやった。
「うわぁぁあ! もういい! マジで止めてぇ!」
 二人で真っ赤になりながら、変な言い合いをしていると、事務所のドアが開いた。
 真宵と春美がびっくりした顔でこちらを見ている。
「ケンカしてるの?」
「まあ! なるほどくんっ、さんをイジめてはなりません!」
「いやいやいや! ぼくは別に」
 は乱入者に感謝しながら、握ったままだった勾玉を成歩堂に返す。
 もう、使いたいと言うまい。
 の場合、どちらが追い詰められているか分かったものではないから。

「で、なんでケンカしてたの?」
「だからケンカじゃないって!」



風呂の中で書いていて、思ったより長くなっちゃって茹りきった覚えがあります(笑)
(日掲載日・2008/5/9)


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