Sweet Inganity 8 「先だっての事情を聞きたい所ですが、貴方が自分から戻ってきた事で不問にしましょう」 至極不機嫌な顔をし、祖母紫は家玄関先でを見る。 彼女はの隣にいる女性に視線を向けた。 「それで、其方の女性は?」 「私はメリル。申し訳ないけど、と一緒に居させていただくわ」 紫の隣に居た桐生と桂が顔を見合わせる。 紫は不機嫌を極力抑えた声でメリルに告げた。 「それは許可出来かねますわね……さあ、。一度部屋へ戻って。明日は貴方の未来の旦那様に挨拶をしなければいけませんからね」 ぐ、と体に力が入る。 急速に頭に上って行こうとする熱を理性で圧し留め、は紫を見据えた。 「メリルが一緒でないのなら、私は戻らない」 「ほほほ、家先にいる貴方がどうにかできるとは思いませんけれど……」 確かに桐生が他のSPたちを呼べば、は捕まって部屋に放り込まれるだろう。 ……だけならば。 メリルは肩をすくめた。 「悪いけど、この子の嫌がる事をすれば私がどうするか分からないわよ」 脅しとも取れる言葉と共に、メリルは腰の辺りに手をやった。 腰の下には不自然な膨らみがある。は小さく微笑み、紫を見た。 彼女の表情からはなにも読み取れなかったが、す、と奥へ続く道を開けた事で、メリルが邸内に入る事を了解したとみなした。 「心配しないで、今度は逃げたりしないわ。桂、メリルの部屋を私の近くに用意してくれるとありがたいんだけど」 「あ、ああ」 桂がぎこちなく頷くのを見、はメリルを引き連れて自室へと移動した。 今朝方、フィランソロピー(FS)メンバーの中で決めた配分は、1人ではやはり危ないのではないかという事で、メリルと2人で家へ戻り、八ヶ瀬家と家の関連調査を――勿論秘密裏に――行う。 そして、メイ・リン、オタコン、マサヤの3名は、MGSと八ヶ瀬を結びつけるものの外堀を埋める調査、ならびにスネークの内部調査に向けてのサポート、という事で落ち着いた。 本当はスネーク自身が邸へと乗り込みたいところだったようだが、家にいた所で動きが取れないだろうという理由で却下になった。 「まあ、アイツが来た所で警戒されまくって終わりでしょうね」 の部屋で、メリルは出されたコーヒーをすすりながら勉強机の前にある椅子に座って呟いた。 部屋の主はというと、床にうつ伏せになり、座布団を顎の下に乗せてダレきっている。 「、どうかした?」 「ううん、別にー」 「別にと言ってる割には、実に不安そうな顔をしてるわよ」 「だって。潜……」 大声を出す彼女。 メリルは少し手を振りながら下げる。 「盗聴器」 言われ、の表情が少々固まった。 彼女は自分の実家だから気を抜いているのだろうが、メリルはそうできない。 あの紫というの祖母が、この部屋に盗聴器を仕掛けていないとは限らない。 慎重にしておく事に越した事はないのだ。 「、オタコンに貰ったものがあるでしょう」 「あ」 思い出したようにスカートのポケットから取り出す携帯。 ライトピンク色の携帯の電源を入れる。 どこに電話するでもなく、ボタンをいくつか押した。 オタコン手製の携帯。 盗聴妨害装置、GPS、当然メールも機密回線を使った通話も出来るという優れもの……かもしれないブツだ。 なにを考えて彼が造ったかはメリルには分からないが。 「よし、これで大丈夫っと」 「で?」 「不安にもなるって。スネークみたいな潜入のプロじゃないんだから」 「でも、やるって言ったでしょ」 「……その通りデス」 縮こまるの頭をメリルは軽く叩いた。 「大丈夫よ。他の連中のバックアップもある。誰もあなたに、メタルギアの破壊命令出してるんじゃないんだから」 「……うん、そうだね」 頷き、彼女はごろりと転がったまま、ぽすっと音を立てて座布団に顔を押し付けていた。 メリルが許しを得て宅を見て回っていると、語気の荒い声が耳に入ってきた。 廊下には誰も見当たらない。 右にはフスマがあるが、その隔たりの向こう側の部屋から聞こえてきている声とは違うようだ。 声をたどり、歩む。 声に任せて引き戸の近くにまで来、声が鮮明になった。 息を潜ませ、声の聞こえる範囲で戸から離れる。 部屋は角になっているので、見つかっても誤魔化せるだろう。 ――こういう時ナノ通信を使えればオタコンにでも頼んで通信傍受してもらうのだが、家の女性達、がそういう通信仕様を採用しているとは思えなかった。 なにも、デバガメのために通信しようというのではない。 語気荒く喋る女性――の言葉――は、八ヶ瀬カンパニーに関わる事だったからだ。 「家のためです」 言ったのは、メリルにも覚えのある声――紫という、の祖母だったか。 語気を荒くしているのはもう1人の女性――こちらはメリルの知らない相手だろうと推測される――方だ。 「だからと言って、あの子を利用するなんてあんまりじゃありませんか!」 「利用ではありません。それに、あの子にとってもこれが一番なのですよ。母を亡くした娘が、独りでアメリカへ行き、危険なNGOに関わっているなんて。もし世間様にそれが知れてみなさい、我が家とて――」 「お母様は家の事ばかりね」 「翠」 どうやら語気荒く喋っているのは『翠(みどり)』という女性のようだ。 厳しく翠と名を言われた彼女は一瞬戸惑ったのか、言葉が止まったがすぐに意気を取り直したようだ。 「お母様、あの子を家の都合で振り回すなど、私は――」 「貴方がどう思ったとて、私の決定は覆せせませんし、させません。菊乃――あの子の母がいなくなった今、こうするより他ないのですから」 「何故そこまであの子を……を八ヶ瀬に売り渡したがるのです」 紫の声はどこまでも平坦で普通なまま、翠の言葉に答えた。 「売り渡すなどと。私はと八ヶ瀬の密接な繋がりを望んでいるだけですよ。――あの子はその橋渡しをしてくれる、大事な私の娘なのですから」 紫が立ち去るのを確認し、隠れていたメリルは小さく息を吐いた。 こちらとは逆の方向に歩いて行ったので、存在に気付かれた気配は全くない。 少し後、深いため息と共に足音がこちらに向かってくる。 メリルは立ちふさがるようにして、足音を立てて歩いて来た女――翠――に声を掛けた。 「少しお話し伺いたいんだけど?」 「翠おばさん」 部屋に入ってきたメリルともう1人――翠に、は驚いたような目をした。 それからノロノロと起き上がり、座布団の上に正座する。 翠のほうは自分で座布団を出て同じように座り、メリルは入り口のドアを塞ぐ形で背中を預けた。 「ど、どうしたのメリル……おばさんも」 黒髪をきちんと結い上げた翠がメリルを見上げる。 「大丈夫よ。盗聴の心配はないし、外に人の気配はないわ」 「そうですか……」 翠はに向き直り、深々と頭を下げた。 突然の事に驚いているらしいに、頭を下げたまま彼女は言う。 「申し訳ないと思っているわ……家の都合で振り回して」 「や、ちょっと翠おばさん、頭上げてよ!」 懇願に近い口調。 翠はそれを受けて頭を上げた。 メリルがを見て笑う。 「この人は味方よ。どうやら貴方の結婚に大反対みたいだから」 『――つまり、その翠っていう女は協力者になると?』 スネークの声が耳朶に響くと共に、外の風がメリルの体を撫でていく。 空は既に暗く、星が都会の光に負けつつも己を主張している。 メリルは邸を見やり、頷いた。 頷いた所でスネークにその様子が見えるわけではないが。 「ええ、翠は協力者よ。以前からの母親と仲がよく、自身も良くして貰っていたみたいね。八ヶ瀬との繋がりを強めるための結婚に物凄く反対してるわ」 『完全な協力者になり得るのか? 見せかけだけで裏切る可能性だってある』 「それはそうね。でも、邸内にある書類を堂々と見れる人物だし、も信用してる」 『そうか……』 「あら、なあに? が信用してると、それだけで納得できちゃうのかしら」 皮肉気に言うと、沈黙から戸惑いが伝わってきた。 小さく笑む。 「冗談よ。全く、盛りのついたティーンじゃないのよスネーク」 『なんの話だ』 不機嫌染みた声に、笑みが大きくなる自分は意地悪だろうか。 「ともかく、彼女の今日の功績から見ても信用できると思うわよ?」 『なにか掴んできたのか』 「ええまあ。家の人間だけが支えるネットワークっていうのがあってね、入る用法を教えてくれた。協力者その2をそっちの支部にお届けするわ」 『協力者その2?』 「翠の息子での友達の男性よ。もうそっちへ向かってるから、ちゃーんと受け取って頂戴ね」 『……了解』 「引き続き状況報告と警戒に戻るわ」 ぴ、と音を立てて電源を切る。 空気を一杯に吸い込み――そして吐く。 そして無言のまま邸宅に戻った。 ------------------------------------------------------------ 前更新は約一年前…?(汗)今更更新するのも申し訳ないのですが、とりあえず。…ネタ帳引っ張り出して来ねば。 2006・3・8 戻 |