Sweet Inganity 6




「大変…申し訳ありません。そちらへ迷惑をお掛けしてしまい…どうぞ、のご無礼と、私共の不手際をお許し下さいませ」
 客室でもある大広間で、紫は正座し、手をついて深々と頭を下げていた。
 紫少し後ろに、同じように座っている、ガードである桐生と桂も、向かい側に向かって、深く頭を下げた。
 若い男の声が、それを制止する。
 張りのある声が、広間に奇妙な清々しさをもたらした。
「紫様、どうぞ面を上げて下さい。別に、これで破談になってしまうという訳ではありませんし」
「ありがとうございます…」
 紫は面を上げ、の婚約者たる人物を見つめた。
 黒髪の、実に誠実そうな男性。
 も彼を見れば、きっと気に入るだろうに…。
 これが、家の安泰――そして、更なる飛躍のための結婚だという事実を抜きにすれば、結婚するには最適な人物だと、紫は思っていた。

 八ヶ瀬(やがせ)公平(こうへい)

 パーティ会場で、多少の好感を抱いた男性が、自分の結婚相手だと、は知るよしもなかった。
 知っていたとしても、それに応える気は全く起きなかっただろうが。

は、何処へ行ったんでしょうね」
 公平の言葉に、紫は後ろにいる桐生と桂の二人に
『これ以上の不手際は許されません。を探しなさい』
 と小さく告げると、の結婚相手――婚約者である男へ、静かに笑みを向けた。
「一週間以内には、御前にお目にかけさせて頂きますよ」


 着物からラフな格好――スカートにブレザー、薄手のカーディガン――に着替えたは、服を用意してくれた事務員に案内され、一同が集まっている広間へと通された。
 ソファに座ってコーヒーをすすっているオタコンに、スネーク。
 メイ・リンにメリル。
 ほんの少しの間離れていただけなのに、随分懐かしく思えた。
「やあ、久しぶりだな!」
 ぽん、と横から肩に置かれた手を見――それからその人の顔を見て……抱きついた。
「マサヤ!……久しぶりぃ…」
「わわっ、あぶな……。ほら、子供じゃないんだからさぁ」
「わかってるよー」
 は涙ぐみそうになりながらも、なんとか微笑み、抱きつくのを止めた。

「さて、一体何がどうなってるのか、教えて欲しいもんだ」
 スネークは正面に座っているに説明しろと、目線を送った。
 少々棘が感じられるような気がするが――仕方ない事と言える。
 スネークには――出発の際いなかったとはいえ、何の連絡もなく日本へと出てきてしまったのだから。
 勿論、それ全てが、必ずしも彼女の責任ではないのだけれど。

 出されたコーヒーにミルクを入れ、かき混ぜながら、何をどう説明しようか、悩んだ。
 何がどうなっているのかなんて、こっちが教えて欲しい位なのに。
 中々口を開かないに、メイ・リンが助け舟を出した。
「ねえ、結局はどうして――急に日本へ帰国する事になっちゃったわけ?」
「あー…うん」
 言葉を濁すに、オタコンが突っ込む。
「結婚するためだって、小耳に挟んだんだけど」
 どことなくスネークの目線がきつくなるのを感じ、オタコンは苦笑いをこぼした。
「あ…知ってたの? 未だにどうしてかは分かんないんだけどね、どうも…政略結婚のダシに使われているよーで」
 あははーと、まるで人事のように言う彼女だったが、ここ数日の間に色々苦労があったらしい事は、見て取れた。
 なんだか疲れているような――そんな様子すら見て取れる。
 は続けた。
「相手の事は、よく知らないの。見合い前に飛び出して――ここに来ちゃったから」
 着物だった事と、迎えの車らしきものが来ていたのを思い出し、スネークは『タイミングがよかったかも知れない』と、一人息を吐いた。
の立場って、家じゃどうなってるんだい?」
「…立場?」
 瞬時に考えられず、オタコンの質問を反復する。
 ――立場。
「ここにいる皆は知ってると思うけど…私ってほら、ホントはの人間じゃないじゃない? でも、位置づけは母の――長女の娘らしくて」
の家はマンションで…一人暮らししてたって、前言ってなかったっけ? 一応マサヤから話は聞いてるけど」
 再度のオタコンの質問に答える前に、コーヒーを一口含んで、喉を潤す。
 程よい温度のそれが、喉を滑り落ちていった。
「うん、お手伝いさんがたまに来てくれて――後は基本的に一人。本家が―どうしても肌に合わなくって」
「肌に合わない?」
 メリルが眉をひそめる。
 は 「うん」 と軽く答えた。
「礼儀正しく、言葉には気をつけよ。常にの娘として恥じぬ行動をせよ。…んなの、息詰まっちゃうもん」
 家というのは、立場を非常に気にする所らしい。
 これもマサヤから聞く話で感じていた事だったが、一同改めて、そんな一貫した感想を持った。
 実際それは間違いではないように思われた。
 を呼び戻し、結婚の準備を進める――。
 どれも計画的で、胸が不快感さえ訴えそうだ。
のバアさんって、どんな奴なんだ?」
「スネーク、ちょっと口悪いわよ」
 メリルに突っつかれるが、聞かれた方は気に留めることもなく、しばし考えてから――口にした。
「昔からっっても、数回しか会ってないけど…厳しい人。家が第一っていう感じで、よく言えば家名を大事にしてる人。悪く言えば…そだね、権力第一」
 ずばっと言う
 自分の家の事をあっさりとこう言えてしまうのは、多分、彼女がの中でも特別な位置にいるからだろう――と思われる。
 今まで殆どを押し黙っていた正也が、口を開いた。
、君の――結婚相手の名前は判るかい?」
「えーと…うーん、わかんないなぁ」
 聞かされたような覚えもあるのだが、すぱっと忘れてしまっているのか、記憶の引っかかりすらない。
「多分……八ヶ瀬っていう家の息子と結婚する事になると思うんだ」
「何でそんな事判るの?」
 の怪訝そうな声に、正也は苦笑いした。
「実はね、僕らが目をつけてる――メタルギア関連でだけど、そこの会社の名前が八ヶ瀬っていうんだ。家が前々から接点を持ってるのも、その会社。だから、まだ憶測だけど――多分そうじゃないかと睨んでる」
「メタルギア関連って…」
 の不安そうな言葉に頷くと、正也は事務員に
「資料をお願いします」
 言うと、顔を前に向けた。
 オタコンが「うーん」と唸る。
 メリルも唸った。
「オタコン、もしかしてこれが私達が日本へと呼び出された理由?」
「そうなんだ。勿論、の事も含めてね」

 正也が皆を一度見回し――それから、話を始めた。
「最初はほんのちょっとした事だったんです。匿名でウチに投書があって。そちらの――本部に知らせる前に裏づけを取るため、僕らの情報班があちこち探して回って――」
「情報班があるなて、こっち(本部)の方よりいいんじゃない?」
「メリル……」
 がっくりするオタコンをよそに、メリルは笑った。
 正也がフォローするように話を続ける。
「そうでもないですよ。班の多くは一般人です。ボランティアが多いですし、年齢もバラバラですが…皆、情報熱めの技量はいいです。女子学生の噂収集係だっている位で」
「…実になってるのか?」
 スネークの疑問にも、正也はにこやかに答えた。
「オタコンほどでないにしろ、腕のいい技術者もいますし、それに、女子学生の噂っていうのは、案外バカに出来ないもんです」
「…成る程な」
「話がずれたわね」
 メイ・リンの突っ込みで、話の本筋が元に戻る。
 丁度その時、書類を持った事務員が入ってきて、メンバーの一人一人に資料を渡して、それからまた去って行った。
「で、その裏づけで取った物が、今手元にあるそちらです」
 暫く思慮深く見ていたスネークが、顔を上げた。
「ふむ…輸出の記録だな」
「こっちは、雇用のリスト?」
 が不思議そうに正也を見る。
 ファイリングが仕事のだったが、雇用リストというのは、余り数を見ていなかったが、それでも、名前の羅列と部署名が書いてあれば、それがどんなものであるかは判る。
 正也は同じ資料を見てから――説明を始めた。
「その雇用リストは、会社に”存在していない”人物達です。およそ、十人から二十人。部署ごとのファイルをチェックしたので、ほぼ間違いないと思われます」
 名前の横にある、〜部署、というのはフェイク、という事らしい。
「輸出リストの方は?」
「八ヶ瀬カンパニーは、確かに海外事業を展開しています。が、そこに記したパーツは、何処の業者で作られているのか不明な上、正式に発注されてはいないものです」
「……何処からこれを?」
 オタコンが少し驚きを持って聞く。
 正也は事もなく言った。
「八ヶ瀬本社の総轄部――極秘ファイルを拝借して。さすがに苦労したようですが。とにかく、メタルギアの一部パーツと、システム部分を作成して外へ出してるのではないかと…」
「場所の特定は」
 スネークの言葉に、彼は首を横に振った。
「ダメでした。ガードが固くて、これでも精一杯で…。それに、本社のファイルには記されていないようでした。…ただ、船で作られていると…」
「なんで?」
 素朴な疑問だった。
 質問者のの持っている資料を指で示し、言ってやる。
「…見てみなよ、ここ。間抜けにも<Ship>って書いてある」
「………それが、噛ませ(フェイク)でないなら、だがな」
 案外間の抜けた会社側の機密書類に、一同脱力した雰囲気が流れた。
「とにかく、内部情報がいるんです。でも、会社からはこれ以上のものは出てこないかと…」
 ふと、メリルが疑問を口にした。
のお祖母ちゃんは、この事知ってるのかしら?」
「…うーん」
「何かしら関わってるかも知れんな」
 スネークの言葉に、がぽん、と手を一つ叩いた。
「そうだよ! 私が調べてくればいいんじゃない!」
「はあ!?」
「何!?」
 正也が――それとスネークも驚きの声を上げる。
「私なら、そう目立たないでしょう?」
「………」
 スネークは深く深くため息をつくと、一言だけ言った。

「無理はするなよ」





物凄い久しぶりな更新です。この話自体は大分前に書いていたんですが…;;
呆れずに待ってくださっている方々、本当に有難うございます。
物凄い鈍足更新ですが、今後も続けますのでのんびり待っててやって下さいませ。

2005・2・25

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