Sweet Inganity 3




 翌日、は朝早くから叩き起こされ、何かのパーティ会場に連れてこられていた。
 以前、何も知らずに生活していた頃では、入る事すら考えられなかった、グランドホテル、という奴の最上階近くにある会場。
 祖母である紫(むらさき)と、家のボディーガードである、桐生、二人の間に挟まれて、連れてこられたそこには、大勢の……主に、男性がいた。
 しかも、皆、そろいもそろって正装。
 が紫、桐生と一緒に会場に入った時、一斉に視線がこちらに向いた。
 それだけでも気分が悪いのに、理由も聞かされず、ただちょこんと座らされているのも、気分が悪い。
 ついでに言うと、無用なまでにひらひらしたドレスも、動きにくくて好きじゃない。
 周りの会話も会話で、どこの会社の社長がどうのとか、馬がどうのとか、株価がどうのとか。
 傍から聞いていて、肩がこりそうな話題ばかりだ。
(なんだかなぁ…)
 窓際の席に座りっぱなしの状態で、頬杖をつき、窓の外を見ている。
 ふと、飛行機が空を横切っていくのが見えた。
(……飛行機)
 急に、の胸中を寂しさが駆けていく。
 二日や三日で、寂しくなるというのも、なんだか情けない話ではあるのだが、前の<事件>に巻き込まれて以来、フィランソロピーのメンバーが、家族同然になっている。
 あるいは、家族以上。
 寂しく感じて、当然かもしれない。
 故郷の日本ではあるが、いつもいた人たちがいないというのは、寂しいもの。
 オタコンや、友達になったメイ・リンや、お姉さんみたいなメリル。
 それから―――

「失礼、ここ、よろしいでしょうか?」
「え?」
 ぼうっと外を見ていたの向かいの席横に、男性が立っていた。
 一瞬なにを言われたのか分からなかったのだが、理解すると同時に、慌てて頷く。
 こくこくと頷くその姿は、どうも子供染みたものであったらしく、男性はクスリと笑うと、もう一度「失礼」と言って、腰を下ろした。
 彼は、回ってきたウェイターから、ワインを勧められたが、丁寧に断っていた。
 そういえば、祖母紫と桐生は何処へ行ったのだろうか?
 視線をめぐらせようとした時、ふいに声をかけられる。
「君が、?」
「……はい、そうです」
 幾分か、いぶかしむような声になってしまったのは、仕方ない。
 自分がどうしてここにいるのかすら不明なのに、赤の他人が自分を知っているというのは、気味が悪いものだ。
 彼は、の表情を読み取って、手を振った。
「噂はかねがね耳にしているからね。それに、家のお嬢様と言えば、有名だ」
「……どう、有名なんです?」
「代々女性が家を継ぎ、そして、発展させてきた。昔からの名家だし、大手企業家で知らない人間はいないだろうね」
 スマートに言うこの男の人に、何だか覚えのある、嫌な感覚がよぎる。
 ……多分、この物言いと、場所と、紳士のような態度にあるのだろうけれど。
 以前の<事件>で関わった、ケイル・ローダーという企業社長を思い出してしまう。

 は、ふぃっと横を向いた。
「…私、あんたみたいな紳士面してるの、好きじゃない」
 いつもの物言いになったに、一瞬男は驚いた顔をしたが、直ぐに笑い始めた。
「これはこれは…ははっ、じゃあこんな場に来るものじゃないね。ま、僕も好きじゃないけど…」
「…………」
 いきなり――なんだか人柄が温かくなったような気がして、思わず目をパチパチさせてしまった。
 唖然として、口をぽっかりと開けてしまう。
「ん? どうかしたかい?」
「…いや…いきなり人が変わったと…思って」
「紳士はお嫌なんだろう?」
 微笑みながら、漆黒の前髪を横に跳ね除ける。
 セットしていたのが、落ちてきたようだ。
「それより、見てみなよ、周りの奴らを」
 男に言われ、改めて見回す。
 ……どうも、ジロジロ見られれている。
 入ってからずっと、常に視線を受け続けているのは、もしかして、自分が<>の人間だからなのだろうか?
 男はと同じように頬杖をつき、周りを見ている。
「どこそこの、企業のボンボン。頭でっかちで、互いを食い潰す事しか知らない。ミスを指摘されると激昂。たいていの遊びは好き。互いの腹を探り合いながらも、表面上は笑顔。ムシズが走るね」
 にこにこしながら、の方を向く。
 ……こういう場にあっては、彼は素直なのだろう、きっと。
「貴方は、違うの?」
「さてね。君を見に来た…という所に関しては、ボンボンと一緒だよ」
「私を見にって……」
「気づいてなかった? このパーティは、”君”のお披露目だよ。遅い社交デビューだと思って良い。君の祖母は、君を嫁に出そうとしてるんだろうね」
「――!!!?」
 突然告げられた言葉に、ぐうの音も出ない。
 だが――確かに、そういわれれば、祖母が今頃自分をアメリカから連れ戻したと言うのも頷けるし、こんな場に連れてこられたのも納得がいく。

 ――冗談キツイ。

 目の前にいる男性以外の視線は、まるでを値踏みするような目を向けてくる。
 気分が、更に悪化。
の長女の娘だからね、君は。長女の手腕がなくなった今、家は衰退していくと踏んで、君に期待をかけた。どこかのボンボンと結婚して――子供を作らせる。そういう事だろう」
「………最悪」
 は、がたん、と音を立ててイスから立ちあがる。
 一斉に――ただでさえ向けられていた視線が、更に集中度を増した。
 の女だというだけで向けられる好色の目が、気に食わない。
 見世物みたいで、激しい嫌悪感が持ち上がってくる。
「怒ったのか?」
 あいも変わらず柔らかい表情を見せている男を一瞥すると、はふぃっと横を向いた。
 正確には、出口を見据えていたのだけれど。
「別に…それじゃ、私帰るわ。忠告を、どうも」
「いえいえ」
 クスクス笑いながら、手を振る。
 名前も知らない男だが、他の男どもよりは、好感が持てた。

 それはともかく、は痛いほどに突き刺さる視線を掻き分けるようにして、出口へとずんずん進んでいく。
 だが、出口付近にたどり着いたとき、突然怒号が飛んできた。

 祖母の、紫だ。

「お待ち! ……勝手な行動は許しません」
 歩きながら、着物を着た祖母が、怒りの表情をにじませている。
 は祖母に腕をつかまれ、無理矢理中央付近に連れ戻された。
 振りほどく事は簡単だったのだが、周りにいるボディーガードの類を出し抜くのは、少々頭を使う。
 時間が、必要だ。

 を男どもの前面に押し出す形で、祖母がにこやかに紹介を始める。
「これが、私の長女――娘の忘れ形見、です。近く、皆様のうちの、どちらかの妻になる事もありましょう」
 祖母の言葉に、先ほどまで話していた男の言葉が真実だったのだと、
 改めて驚きを感じる。だが、驚いている場合ではない。
 男の好奇の視線は、耐え難いほどになっている。
「さあ、。判るわね?」
 祖母が将来の旦那に挨拶をしろとばかりに、彼らの方へと押し出す。

 ――なんなの、これは!
 私は――私は帰りたいって言ってるのに!!

 の怒りは躊躇うことなく表情に表れ、ムッツリとした顔のまま、自分を妻にしようとしている男たちの前で、祖母の意図通り――ではないが、挨拶をしようと大声を張り上げた。

 スネークなら、こんな時、どう言うか考えながら。

「私は、……私は、あんた方の誰かの妻になる気なんて、全然ない。パーティに出る事も二度とないし、父母は尊敬してるけど本家に義理立てして、望まない結婚なんかする気もない! 私は――」

 はすぅっと息を吸い――、そして、その勢いのまま、言葉を載せた。

「私は、私の大好きな人たちのところへ帰る!!」

!!」

 祖母が叫ぶ前に、既に彼女は行動を起こしていた。出口に向かって、走り出す。
 それを止めようと、ボディーガードが立ちはだかったが、ちょっとの隙間を転がるようにしてすり抜け、とにかくダッシュし、この場から出ようと必死になる。
 もう少し――――だが。
「お嬢様、申し訳ありません」
「っ!!」
 出口を抜けた所で、付きのボディーガードに遮られる。
 彼女の進行を止めたのは、桐生だった。
 の腕を掴み、静かにするように良い含める。
 腕をいくら振ってみても、外れない。
「離して!」
「そうはいきません」
「嫌よ! 私は…帰るの!!」
 泣き出しそうになるの側に、ゆっくりと祖母が近づいてきた。
 ぱぁん、と頬を平手で殴る。
「っ……」
「静かにしいや、! …今日は大人しく帰りましょう。少し、たしなみを覚えてもらわなければね」

 あの後、パーティがどうなったのかは知らないが、は桐生に捕まれたまま、家へと連れ戻されていった。

「…さすがだね、彼女の身のこなしは…。<事件>をかいくぐってきただけの事はある」
 ざわつく会場内で、ただ一人、冷静でいる男は――先ほどと会話していた、あの黒髪の人物。
 そこへ、車の運転手が現れた。
「公平様、お車の準備が整いました」
「ああ、今行くよ。用事も、済んだことだしね」






……またスネーク達出てきてませんですね、すみません…はうぅ;;
トローい進みですが、どうぞお付き合いくださいませ。

2003・2・26

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