Aim 17





「スネーク、はどうしてる?」
 オタコンがPCをいじくりながら、後ろのソファで新聞を読んでいるスネークに声をかける。
 彼は歩いてバサッと新聞をオタコンに渡すと、「見てくる」と
 言葉少なに歩いて室外へと出た。
 渡された新聞には、『F・W社上部炎上。社長であるケイル・ローダー氏は死亡。社の後継者は存在するが、損害も多大で実質破綻するのではないかと見られている』と、書かれていた。
 地下組織については、全く触れられていないが、破棄される可能性も高いだろう。
 研究員の要であるスレイブも死んでしまっているだろうし。
 ふと、オタコンが玄関付近に誰かがいるのを見て、疑問符を飛ばす。
 どうやら外敵ではないようだが……。
 少し警戒しながらも、一応出る。
 扉をゆっくり開くと、待っていた人物は、驚きながらも一礼した。
「あ……」


 は1人、ベッドの上で仰向けになって、ただただ天井を見ていた。
 目が赤いのは、昨日あの後支部に帰ってきてからもずっと、泣いていたせいだろう。
 何も言わないでくれたスネークとオタコンに感謝する。
「…マサヤ…」
 今はもういない、大切な友人の名を呼び、顔を手で覆う。
 判ってる。泣いたって、戻ってこない。父も母も、マサヤも。
 生き残った。自分だけ。
 拭えない寂しさは……まるで、罪人への罪のように。
「私の…せいだ…」
 最初から、関わらせなければ……、彼は生きていたかもしれないのに。
 また涙が溢れてくる。
 逃げ出したい。全てから。
 目を閉ざし、耳を閉ざし……なんて、許される事じゃないけれど。
 トントンと、ノックの音が耳に入った。
 スネークでしょ?と言うと、彼はゆっくりドアを開けて入ってきた。
 ノックの音の違いで、スネークかオタコンか判るようになっている。
 彼はの寝そべっているベッドに、彼女の邪魔にならないよう腰掛けた。
 手で顔を覆っている
 髪を、そっと撫でてやる。
 ……嗚咽が、こぼれた。
 優しくされたくない時もある。
 特に、自分を全否定してしまいたいような時は――。
、しっかりしろ。もう終わった事だ」
 無理矢理を起き上がらせ、その目を見る。
 涙に濡れた瞳。けれど、光は失っていない。
「スネ…ク…でも、私っ…」
 の腕が、背に回る。
 スネークは躊躇う事なく、その体を抱きとめた。
 悲しみは美徳。けれど、いつまでも浸っていていいものではない。
 自分を追い詰めても、何も生まれやしないのだから。
「…泣いて気が済むなら、泣け。俺は……傍に、お前の傍にいてやるから」
「う……えっ…く……」
 ぎゅっと抱きつきながら、ポロポロと涙をこぼし続けるの背を、強く抱きしめた。
 そこに、存在があるのを確かめるように。
 暖かい、彼女の体。生きていると感じるだけで、心が満たされる。
 不思議な感じだった。彼女をスレイブの研究室の奥で見つけたときに、似ている。
 …自覚が、必要だった。
 その心の持つ意味の、自覚。
「……」
 ポン、と背中をたたき、顔を上げさせた。
 溢れる涙を、指で拭ってやる。
 そのまま、頬に、口付けた。
 突然の出来事に、涙が止まる。
 スネークはフッと笑うと、額に、目尻に口付けし、離れて、微笑む。
 はそれを嫌がらなかった。
 幾分か落ち着き、彼女はスネークの胸にもたれたまま、目を瞑る。
 彼は、優しく頭を撫でてやった。
「私…これからどうすればいいのかな…」
 を狙っていた大元であろう、ケイルの会社は無くなった。
 今後あそこまでおおっぴらに彼女を狙うと言うのは、可能性としては低いだろう。
 だが今まだと同じには暮らせないかもしれない。
 日本に戻り、平穏無事に過ごそうにも、既に両親はなく、彼女自身己がどんな<生物>なのかを知ってしまった。
 スネークもオタコンも、帰りのヘリの中で自身から己が<リンクス・プロジェクト>という研究の産物である事や、その他の色々な経緯を聞いている。
 その事を踏まえているからこそ――何より、オタコンのその後の調べで、これは彼女の知らない事だろうが、のDNAコード、超回復能力はMGに搭載する事すら可能で。
 そうなると…やはり彼女を独りには…。
 …本心で言うと、そんな事は…どうでもよかった。
 理由なんて何もなくとも、スネークは―――。
 その心を覆い隠し、彼はの背を、ぽんぽんと叩く。

「お前の、好きに…自由にすればいい」

 ピクン、と肩が震え…、ゆっくりと面を上げる。
 寂しげな眼差しが、そこにあった。
「私…は、ここに…ここに居たい…。スネークの…オタコンの傍に…!」
 帰れと言われたら…動けなくなる。
 不安で、また涙が溢れてきそうになった。
 今は何より、スネークと引き離されるのが辛い。
 親の事も、正也の事も――、大っぴらに慰めるでもなく、軟弱だと叱り飛ばす訳でもなく……静かに、言葉にせずに励ましてくれる、稀有な存在を失いたくない。
 スネークは苦笑いすると、の頬を撫でた。
「…そう望むなら、居ろ。目の届く範囲なら…守ってやれる。自己防衛も必要だがな」
 視線が真っ直ぐに向き合う。
 瞬間、彼らは同じタイミングで自覚した。
 いや、自覚自体は元々していたから……確認したとでも言おうか。
 自分の心の深くに押さえつけていた気持ちを。
 手綱を放したのは、どちらが先だったか。
 ゆっくりと、唇を寄せ合う。
 今度はスレイブの研究室でのように、隔てのガラスはない。
 暖かな感触が、そこにあった。
 そっと触れ合わせるだけのそれを、互いが離れる事で終わらせる。
 …しばらく、無言の時間があった。
「…ご、ごめん…」
 真っ赤になり、彼の胸に顔をうずめる
 スネークは苦々しく笑いながら、ゆっくりと抱きしめてやった。


「スネーク、!………あ、お邪魔だったかな?」
 突然ドアを盛大に開き入ってきたオタコンに、2人は思わずパッと離れた。
 別に悪い事をしていた訳ではないのだが、なんとなく。
 慌てている風なオタコンに、また何か問題でも起きたのかと怪訝そうな顔をする。
「いや、それよりどうした」
「うん、!喜んでくれていいよ!」
 ……何だか、話が見えないが。
 いいからこっち、と半ば無理やりリビングへと腕を引っ張られて連れ出され、
 仕方なくスネークもその後を追った。
 ゆっくりと、オタコンがドアを開く。
 誰かお客さんだろうか。
 不思議がりながらも、正面のソファに座っている人物を見て―――思わず、叫ぶ。
「マサヤ!!!」
!」
 ソファに腰掛けていた正也が、探していた人物の姿を確認して立ち上がって、こちらに歩いてくる。
 も床に転がっているオタコンのファイルなんかに躓きながらも、小走りで彼のもとへと向かった。勢い良く抱きつく。
「い、痛いよ!」
「え、あ、ごめん!!」
 肩に包帯が巻かれているのを見て、パッと離れる。
 …怪我。
「怪我…」
「あ、うん。社長――ケイルに撃たれた傷だよ」
 ちゃんと手当てしたけど、と苦々しく笑う。
 とにかく立ち話ではなんだろうと、オタコンがソファに座るように促した。
 オタコンはコーヒーを入れ、皆に出してやる。
「あ、スミマセン」
「いや、いいんだよ。コーヒーぐらいしかないしね」
 その言葉をさえぎる様に、が正也に声をかける。
 聞きたいことがあった。
「助かったのは嬉しいけど…どうやって…?」
 自分が最後に彼を見たのは、血まみれで…階段の下に落ちて、動かなくなった姿だった。
 本当にぴくりとも動かなくて―――死んだと、思った、のに。
 正也は怪我していない右腕でカップの取っ手を掴み、一口飲むと、場面を思い出すように、ゆっくりと話始めた。
「それが…僕を助けてくれたのは、ダニエルさんだったんだ」
 カップを置き、ふぅ、とため息をつく。
 実際あの時――撃たれた時、自分は死んだと思っていた。
 けれど、肩というより体の痛みで目が覚めて――結局体は動かなくて。
 が叫んでるのは聞こえていたが、どうする事も出来なかった。
「あそこで、死ぬと思ったんだ、本当に」


 正也は、自分の肩が撃ち抜かれた事を知った。
 体が痛くて動かない上に、激痛が走っている。
 今まで味わった事のない痛み。無理をすれば、2度と腕が動かなくなるだろう。
 このまま死ぬのだとしたら、そんな事は関係ないのだが。
 上の方で、銃撃音が響く。
 爆発音も。
 非現実的で、自分とは全く関係ない所での出来事にすら思えてきた。
「おい、生きてるのか!!?」
「……ダレ…だ…?」
 声に、顔を上げる事も出来ない。
 これは、銃のせいだけではないだろう。
 上から落ちたショックで、どっかしら骨がイっているのかも。
「マサヤ、おい!」
「……ダニエル、さん…?」
「ああ!」
 突然の声の主は、自分の上司だったダニエルで。
 彼は正也の傷口を見ると、自分の着ていたジャケットを割れたガラスで裂いて、応急手当をした。
「弾は抜けてる。手当てすれば直るさ。ここから出るぞ」
「でも……」
 どこへ。
 大体を助けなければ――。
「お嬢だったら大丈夫だ。スネークが助けに行ってるだろう。…自分の事を考えろよ」
 実際、この傷ではを助ける事なんて出来ないだろう。
 正也はスネークに全てを託した。
 情けない話ではあるが――彼ならば、きっと。

 ダニエルの力を借りて、なんとか立ち上がる。
 上から、濛々とした煙が立ち上がっていた。下からも、煙が上がっている様子。
 ……どうやって逃げるというのか。
 その疑問に答える事もせず、ダニエルは正也を連れて、小走りで進んでいく。
 少しの振動でも激痛になり変わる今の正也には、
 小走りでさえ、酷い痛みとの戦いだった。
 ダニエルは気遣う様子を見せながらも、叱咤して進ませる。
 立ち止まったら、お終いだと気づいているからだろう。
 社長室を抜け、奥のVIP用エレベータを見る。勿論、動いていない。
「そこじゃない、階段を使うんだ」
「え、階段ですか?」
「早くしろ、下からも上からも火が追ってくるぞ。俺が、爆発させたからな」
「……貴方が…!?ど、どうして」
 その問いには、答えて貰えなかった。
 ただ、苦々しい笑いを、顔に張り付かせただけ。

 非常階段を使って、とにかく下へと進む。
 何階か下り、事務部の階辺りで非常階から、非常用エレベータへと乗り換え、さらに下へ。
「…いいか、マサヤ。俺は12階で下りる。
 このエレベータの電源供給は地下施設だから、ケーブルが切断されない限り、止まる事はない。
 2階で止まって、そこからは階段で下へおりろ。直ぐにこのビルから離れろよ?」
「ダニエルさんは……どうするんですか」
 何だか、嫌な感じがして聞く。
 彼は、苦笑いすると、「リンクスの資料を壊すだけさ」と言った。
 12階。
 炎が進行し始めているそこに、正也が止めるのも聞かず、彼は下りた。
 正也を見て、ダニエルは笑う。
「じゃあなマサヤ、嬢をよろしくな」
「ダニエルさ……」
 彼を止めようとしたが、突き飛ばされ、痛みで動けなくなってしまった。
 2階で上の階から衝撃が走ってエレベータが止まり、
 必死の思いで1階へと歩き外へ出てみると………12階が、火を噴いていた。
 ――リンクスの資料を壊すだけさ。
 彼は、そう言った。
 それは即ち――ダニエル自身だったのではないだろうか。
 彼の持つ知識……それを、壊すと。
 正也は、ダニエルがこの世のものではなくなった事を知った。
 その後、正也は知り合いの病院へと行き、治療して直ぐこっちに来て――今にいたる。


「…その、傷は大丈夫なの?」
「ああ、運のいい事に、骨折じゃなくて打ち身だったみたいだ。肩のほうはコレだけどね、治るっていうし」
 苦笑いする正也だったが、治るのならばよかったとホッとする。
 は彼が助かって、本当に安心していた。
「これからどうするの?」
「…は?」
 質問に質問で返されてしまった…。
 凄く彼には言い難い、何故か。
 だが、彼女が答える前に、正也が判ってるよというように、発言する。
「ココに残るんだろ?」
 ぱちぱちと目を瞬かせ、周りと顔を見合わせる。
 オタコンがそう言った形跡もないし、何より自分とスネーク以外はその事について内容を知らないはずだし。
「どうして…?」
「判るさ、困ったみたいな顔してるし」
「う…」
 にこやかに言う正也に、何もいえなくなってしまう。
 そんなに顔に出てただろうか…。
 彼は立ち上がると、「そろそろ行くな」と言って荷物を持った。
 服やら何やらは、午前中のうちに既に日本へと発送したらしく、彼の手元にあるのは、パスポートや必要旅費程度のもの。
 本当に行ってしまうんだなと、寂しい気持ちが膨らむ。
 ここ数日の間に色々起こってしまったが、日本の友人に会えた事に関しては、いい事だった。
 空港まで送っていこうかと思ったのだが、正也の方が丁重に断りを入れる。
 そのまま、連れ去ってしまいそうだったから。
 とにかく、玄関まではお見送りをする事にした。
「それじゃあ、お世話になりました」
「ああ、気をつけろよ」
「またこっちに来る事があったら、連絡してくれよ」
 スネークとオタコンが、にこやかに手を振る。
「元気でね、手紙頂戴ね!」
 精一杯、無理やりの笑顔で言うに、苦笑いするしかない。
 日本についたら、手紙するからと言うと、後ろを向き―――何かを思い出したように、
 スネークの前に来た。
 真剣な眼差しで、彼を見据え、ゆっくりとお辞儀をする。
「どうした?」
「……あの、を…僕の大事な友人を、お願いします」
「…判った、しっかり守るさ」
 頭を上げ、しっかりスネーク、オタコンと握手をする。
 今度こそ本当に、背を向けて歩いていった。
「マサヤー!!またね!!」
 彼は、の声に後ろを向かずに手を振る。
 彼女は正也の姿が視界から消えるまで、ずっと見続けていた。


 正也がフィランソロピー日本支部の、医療班チーフとして働いると手紙で知らされたのは、彼がアメリカを去ってから、半年後の事――。


 正也が日本へ旅立つ頃。
 1人の男が、陰のある雰囲気をかもし出しながら、人気の無い路地裏を歩いていた。
 肩には、応急手当の後。
 そして、着ている洋服には、べっとりと血糊の後がついていた。
 暗がりの中を、まるで存在を消してしまったかのような雰囲気で、ゆっくり歩いていく。
 男は、暗い路地の上に見える、明るい空を見上げて――ニヤリと笑った。

 自分は、生きている。
 生きていれば――いつか、いつかきっと。

 男は狂気じみた笑いを顔に張り付かせ、とつとつと歩いていく。
 更なる暗がりを目指して。





…なんか、消化不良気味ですが、ここで終わりです、はい。
長かったような…短かったような…。半年以上もやってたんですね…;
長くて筋の通ってない話を、延々とここまで読んでくださったお客様に感謝です!
ありがとうございました〜。
懲りずにまたやると思います、はい;;

2002・11・27

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