Aim 16 「ようこそ、我が社長室へ」 ケイル・ローダーは冷たく透き通る声で、と正也2人を迎えた。 黒服が、それぞれ一人ずつにくっつき、後ろ手をがっちりと掴んでいる。 銃は正也が持っている物と、の持つ1発限りの麻酔銃。 後ろに2人の戦闘員、秘書らしき人物が1人、ケイルにDrスレイブ。 計5人対2人では……、スネークならいざ知らず、自分と正也では倒す事は限りなく不可能に近い。 後ろの男に押され、つんのめるようにして前へと出る。 「に乱暴はよせ!」 「おや、随分と頼りがいのありそうなボディーガードだ。…マサヤ、君はいい社員になれそうにないな」 ケイルの眼光に、一瞬身をすくめるが、直ぐに持ち直した。 へこたれている場合でも、恐怖に屈している場合でもない。 に目配せすると、彼女も頷いた。 …隙が出来るのを、待つしかない。 幸いにして、胸に忍ばせている銃は奪われていなかった。 だが、見つからないとは限らない。既に知られている可能性もある。 ケイルの前に立たされ、無理矢理お辞儀をさせられる。 2人の前に、真っ赤な絨毯が目に入った。 …まるで、血の色。 気味が悪く感じてしまうのは、こんな状況だからだろう。 「さて、。君に選択権を与えてやろう。君が素直に、従順にしてくれれば……その男と、ウロついている<傭兵>は見逃す。だが…」 「違えれば、私もろとも殺す?」 の言葉に、ケイルは「ふん」と鼻を鳴らした。 自分の言葉を遮られ、少々不快になったという表情。 「残念ながら、君は殺さない。男が2人、死ぬだけだ」 ゆっくりと歩き、の正面に来ると、グイとそのあごを持ち上げ、顔を近づける。 暗闇の宿る瞳が、そこにあった。 およそ人間らしくない。背筋が寒くなる。 「作り物にしては、上等だな。成長剤でも与えれば、直ぐに食べ頃になる…」 「な…っん!!」 文句を言わす間も与えず、ケイルはの口唇を己のそれで塞ぐ。 自分の口内で、未知の生物のように動き回る他人の舌に、激しい嫌悪感と恐怖が渦巻く。 「やめろ!」 叫ぶ正也に、黒服の男が腕を捻り上げる。 腕を外そうともがくが、更にきつく腕を締め上げられるだけの結果に終わった。 「っ……」 ケイルが突然口を押えて、から離れる。 何事かと思って彼を見ると…ケイルの口唇から血が流れていた。 どうやら、口唇に噛み付かれたらしい。 血を拭うと、鋭く切れそうな冷たい視線を湛え、彼女の胸座を掴んだ。 「っく…」 「少しは従順にしたらどうだ?」 一瞥すると、胸座を掴む手を離して、再度口唇を拭った。 今までケイルの後ろで押し黙っていたスレイブが、ニヤリと笑う。 相変わらず、癪に障る笑い方だ。 「、素直にサンプルになれ。今のままでは、キスしただけでも粘膜を伝って、その相手に『力』を持たせる事になるぞ。ただし、それは一瞬だが」 はピクリと体を振るわせる。 ……直接接種以外でも、一時的にしろ変化が起こる…。 どうやら、キス1つでも警戒しなくてはならないようだ。 私は結婚できなさそうだなぁ、なんて、場違いな事を思う。 かといって、サンプルになる気など、微塵もない。 スレイブに体をいじくり回されるなんて、まっぴらゴメンだ。 「…どうやら、姫君は納得しないようだ。いいだろう」 ケイルが顎をしゃくり、正也の後ろにいる黒服に彼の胸ポケに入っている銃を取り出させる。 ……やっぱり、気づかれていたか。 「マサヤ、日本人の君が、こんなモノを持っていてはいけないな」 「………くっ」 男が、ケイルに銃を渡そうとした―――瞬間。 ビルのどこかで、破裂音――というよりは爆発音がした。 ビル全体が衝撃を受けたかのように大揺れする。 達のいる最上階近くの社長室も例外なく揺れ、その拍子にケイルとスレイブの視線がそれ、黒服の力が緩んだ。 その一瞬のスキに、は黒服のわき腹に肘鉄をいれ、男から逃れる。 正也も黒服の手から離れた銃を掴み取り、体を捻って距離を取る。 (迷うな、引け!!) 自分自身に活を入れ、引き金を引く。 弾丸は、黒服の頭を打ち抜き、男はそのまま後ろに倒れて事切れた。 立て直したもう1人の男を無視して、ダッシュで社長室から外へと出る。 連れられてきたエレベータ側とは逆の通路に走り、上へのエレベータを探す。 ………駄目だ、VIP用で使えない。 そうこうしているうちに、ケイル達も社長室から出てきてしまった。 ぱっと視線を回りに走らせる。 秘書室の右、細めの通路のその奥に、外へと続くドアがあり、 そこから外階段で上へと向かえるようになっているらしかった。 「マサヤ!あっち!!あのドア壊して!」 「判った!」 多分ロックされていると踏んで、銃で壊すように言う。 その瞬間、はケイル達より先に走ってきた黒服に追いつかれ、銃で殴られそうになった。 なんとか身のこなしで避け、心配する正也をとにかく先へと突き飛ばす。 目で<壊せ!>とだけ言うと、掴みかかろうとする黒服から、なおも身かわした。 狭い通路の中、そうそう逃げ切れるものでもないが、 体格差もあってか、今の所捕まりかけても、なんとか身を翻して事なきを得ている。 「開いたぞ!」 正也の言葉に、一瞬気がそれた。 腕をつかまれ、その上男は正也に向かって銃口を向ける。 (駄目!) は忍ばせておいた麻酔銃をさっと取り出し、迷う暇もなく、男の胸に向かって弾を撃ち込んだ。 「はぐっ!!」 打ち込んで直ぐ、奇妙な声を上げ、男はの腕を掴んでいる事もままならず、そのまま床に伏して眠りこける。 象も眠る即効性というのは、伊達じゃないようだ。 泡を吹いて倒れこんでいる男が少々心配ではあるが、気にしていられる時間もない。 後ろにケイルとスレイブの姿がちらりと見えて、慌てて走り出す。 「こっちだよ」 「……高所恐怖症じゃなくてよかった」 しみじみそんな事を言いながら、2人は外階段へと足を踏み出した。 1階分上がると、外階段は直ぐにまた扉にぶち当たった。 だが、今度は鍵がついていない。 倉庫の中を通り抜け、更に上へと走っていく。 倉庫奥の外階段で、また更に上へと進む。 「直ぐ上がヘリポートみたいだけど…どうするんだよ、これから」 「知らないよ!!スネーク…どうするつもりだったんだろ…」 彼は、とにかく上へ行けとしか言わなかった。 どうするかは、聞いていない。 が階段の踊り場と称すべき場所で考え込んでいると……突然。 「危ない!!」 「――え?」 動きが、スローモーションのよう。 突然正也に突き飛ばされ、壁側に向かって身を当てる。 彼は持っていた銃をその場に落とし、血を噴き出しながら、手すりの向こうへと舞って行く。 全てが非現実的で、動きが細切れで。 色が、モノクロになったような気分。 正也を撃ったのは……ケイルだった。 「嘘…正也ーーー!!」 手すりにすがりつき、下を見る。 下に何もなければ、彼は地面まで一直線に落ち、決して助からない。 だが、正也は階下の階段に倒れこんでいた。 ホッとしたのもつかの間、の目に真っ赤なものが映る。 ……多量の血。ピクリとさえ動かない。 嘘だ。 死んでなんかいない。 彼は、ここで死ぬような人じゃない。 嘘だ。 でも、動かない。涙が溢れる。 違う。 どうして泣くの? 足が、がくがくする。あまりに非現実的で。 目の前で起こっている事柄が、夢の世界での事のようで。 …夢であったなら、どんなにいいだろう。 全てが嘘で。偽りで。 けれど、目の前に現実は突きつけられる。 彼は、動かない。 「、残念だったな、友人を死なせた」 冷徹なまでの微笑みを浮かべたまま、の足元に銃弾を撃ち込む。 その音に、弾かれたように正也が落とした銃を拾い上げ、上に向かって走り出す。 「上に逃げ場はないぞ、」 クツクツと笑うスレイブ。 口の端を少し上げ、直ぐに無表情になって追ってくるケイル。 の中に、憎しみが生まれつつあった。 上に逃げ場などない。ケイルの言葉通り、あるのは荷物だけ。 屋上の縁から足を一歩踏み込めば、そこは大空の世界。 人間にとっては、死の世界だ。 ヘリポートの縁近くで、はゆっくりと上がってくる男2人を見据えていた。 不思議と恐怖はない。不安も、なかった。 今にあるのは、たぎった怒り。 憎しみに近い色をした、それ。 自分が<計画>の産物であろうとなんだろうと、この際関係ない。 友人にまで手を出した、この人たちが腹立たしくて。 どうして、彼が殺されなければいけないのか。 絶体絶命と称してもいい状況にもかかわらず、は落ち着いていた。 銃を構えたまま、ケイルが距離をとり、彼女を見据える。 「もう鬼ごっこはお仕舞いにしよう。…どこかの馬鹿が、社を爆破させているみたいだからな、ここを少し離れる」 カツン、と1歩ケイルが歩くと、も後ろに引いた。 ……後数歩で、の体は空中に投げ出される。 「…そのまま下がると、君は死ぬぞ」 「……その方が、世界は平和だね」 カツン、ともう1歩歩く。 ももう1歩下がる。 本気と悟ったケイルは、それ以上歩むのを止めた。 この状態では、銃で脅しても無駄そうだ。 ふと、スレイブが自分達の右にある貨物用エレベータが動き出したのを知る。 ……おかしいと思いつつ、口にしない。 ケイルの邪魔をすれば、自分の命だって危ういのだから。 「、君は知らないだけだ。どんなに私に望まれているかを」 「知らないし、知りたくもない」 透き通る声で、が反論する。 ニヤリと笑うと、ケイルが銃をに向かって打ち込んだ。 耳をかする。 かすり傷は、直ぐに治った。 もう1発。 腕をかする。 直ぐに治る。 面白いおもちゃがそこにあるように、ケイルはソレを繰り返した。 「俺の父はな、お前の父と同じ思想の持ち主だった」 ダン。 右頬をかする。 「お前を兵器にするべきじゃないと言った」 ダン。 左頬をかする。 「だが、私はそう思わない。金儲けの為には、人を犠牲にする事だって必要だ」 ダン。 腕を削る。 「お前は、世界の災厄だ。万能薬ともなるがな、毒化能力の持ち主であれば、軍事関係者は間違いなく兵器としての認識を持って扱うだろう」 リロードし、また打ち込む。 足が削れて、血が流れた。 「残念ながら、私に毒化の能力はないみたいだよ」 何事もないように、がそっけなく言う。 その言葉に、スレイブが大声で笑った。 「ダニエルの奴から聞いたのか? だったら大間違いだな」 「!?」 どうしてスレイブが、ダンの正体を知っているんだろう。 いや、それよりも…。 間違いとは…どういう意味だろうか。 「お前の物質を癌化させる能力は、なりを潜めているだけでしっかりそこに存在しているさ。検出しないと、出ない程の微量なだけでな」 つまり、完全に毒化能力を持ち合わせている訳ではないが、かといってそれがない訳ではない。 そういう事らしい。 という事は、スレイブやケイルが自分を狙う理由は、まだあるという事だ。 「さあ、。一緒に来い」 「嫌!あんたらのモルモットにされる位ならっ…!!」 ゴツ、と自分の頭に銃を突きつける。 出来るはずはない。 そうは思っても、ケイルは冷や汗をたらす。 いくら超回復能力の持ち主でも、脳を破壊されては、回復する前に死んでしまう。 この女がいなくなったら、自分の計画は台無しだ。 ぐ、と引き金を指が引く――と思われた瞬間。 突然貨物用エレベータが開き、コロッとグレネードを投げ込まれ、は思わず己の頭部に当てた銃を外し、爆風から目をつぶる。 ケイルとスレイブは瞬間的に飛びのきながらも、爆発に巻き込まれ、転がった。 死んではいないが。 「くそ…何だ!!」 吼えるスレイブに構う事もなく、ケイルは立ち上がって周りを見た。 …の近くに、誰かがいる。 「キサマ!!!」 始めてケイルが憎悪をあらわにした。 の横に立つ男を見て。 目を開いたは、隣にいる人物を見て、思わず気が緩みそうになる。 「スネーク…」 「よう、生きてたな」 ニッと口の端を上げ、笑う。 正也がいないのを不審に思い、彼はソレを口にした。 「マサヤはどうした?」 「…マサヤ、は…」 悲愴な彼女の表情に、何があったかおおよその予想がつく。 そうか、とだけ口にした。 爆風の余波が残る中、ケイルはスネークに向けて銃を乱発する。 近場の荷物の影に隠れて、弾をやり過ごす。 「英雄! メタルギアに関わりもないこの娘に、何故関わる!」 「自分で考えるんだな!」 銃弾の応酬。 は座り込んだまま、銃を握り締めた。 「…、走れるか」 「――?」 「いいか?あのビルの角を目指して走る」 スネークは銃撃戦をしながらも、場所を示す。 そのビルの角の向こうには、勿論何もない。 ただ、濃紺の空が広がっているだけだ。 「俺と一緒に走れ。しがみ付いてろよ?絶対に離すな。……走れ!」 訳のわからぬまま立ち上がって、銃撃の間を縫って走っていく。 途中からスレイブも加わるが、彼は射撃が上手くないのか、かすりもしない。 3m、2m……。 何をする気か、おぼろげながらに気づく。 自殺行為だ。 けれど、信じるしかない。 この人を。 とにかく、必死で彼について走った。 「いくぞ、しっかりつかまれ!」 「……っ」 突然スネークがをしっかりと掴み――――飛ぶ。 後ろにいるケイルとスレイブが、あっと声を上げた。 2人はビルの端から、濃紺の空へと吸い込まれ――落ちた。 は飛んだ瞬間、目をつむってスネークの心音を聞いていた。 早いリズムを刻むそれに、耳を澄ませる。 しっかり腕を回した体からは、熱いほどの体温が溢れ、不思議と心地いい。 浮いている感覚。 このまま、眠ってしまえそうな程の安心感。 スネークが傍にいるから、もたらされるものだろう。 ―――が、それは突然終わりを告げた。 いきなり体に重力がかかり、思わずバチッと目を開ける。目の前に、ハシゴがあった。 「、早く掴め」 「うえ、は、はいっ」 スネークの声に、彼から手を片手ずつ離し、ハシゴを掴んで足を引っ掛ける。 上を見ると……ヘリがいた。 ヘリからハシゴが下ろされ、そこに2人はくっついている。 スネークの話では、操縦しているのはオタコンらしい。 ジャンプで、ハシゴに飛びついた事になる。今更、冷や汗が背中を流れた。 後ろで銃撃音。 振り向くと、ケイルが怒りを露わにしながら、空中にいる2人目掛けて打ち込んでいる。 まだ射程距離内なだけに、油断できない。 スネークが銃を構えた。 も同じように構える。 正也の持っていた、銃を。 「お前はやめとけ」 「イヤ」 凛とした声で、NOを言う。 スネークは頷くだけで、それ以上何も言わなかった。 これはきっと、彼女自身に必要な事。 勝手に他人の手で開けられた幕。 下ろすのは、せめて自分の手で。 一瞬、2人を無音の世界が包み込んだ。 極限の集中。 そして、彼らはそれぞれ鉛玉を打ち込む。 弾が相手の体を貫いた瞬間、F・W社上部は小さな爆発を起こし、炎上した。 ヘリの上部へと登ったとスネークを、オタコンが迎えた。 無論、操縦しながらだが。 イスに座ったは、今まで我慢していたものを全て吐き出すように、泣き崩れた。 顔を手で覆い、前かがみになって声を押し殺す。 オタコンもスネークも、何も言わなかった。 否……言えなかった。 次でラストです。なんだか、非常に中途半端臭いですが…;; どうやって逃げようか考えた結果、常人でははっきりいって完全に無理な脱出方法に。 突っ込みは入れないで下さい(爆) つ、次で終りですが、もうしばしお付き合いくださいませ〜。 2002・11・18 back |