Aim 12 自分は人とは少し違っているが、それでも他の人たちと一緒だと思っていた。 傷の治りの早い、普通の人間だと。 けれど、真正面から異質だと言われ、思い知らされ、怖くなった。 全てを知っても、彼等は私を受け入れてくれるだろうか。 一緒にいてもいいと、言ってくれるだろうか。 駄目だと言われた瞬間に、自分の世界は消えてなくなるかもしれない。 それが、怖い。 「……どうした、何かされたか」 「ううん、そういう事じゃないんだけど……」 ごしごしと目を擦り、涙を散らす。 スネークは、とにかくをその場所から出さなくてはならないと思い、部屋のパネルを調べ始めた。 は沈んだ表情で、自分を助けに来た彼を静かに見つめる。 ひとしきり調べ、を個室から解放する装置を扱えるのは、多分、前の部屋にいるスレイブだけだと理解した。 指紋のチェックがあるため、スネークでは、警報の方が反応してしまう。 隔てのガラスに手をついているに苦笑いを零すと、彼女の近くまで歩いていった。 「、悪いが俺ではここを開けない。もう少し待っててくれ、出してやるから」 「……いいよ、このままでも……」 「……どういう意味だ?」 スネークの視線に耐えられなかったか、一度俯き、深呼吸してから彼と向き合う。 「私……きっと迷惑かける、これからも、凄く。だから……」 「気にしない。俺も、オタコンも」 「それに私は普通じゃない、人間じゃないの」 人間じゃない――とは……。 スネークはとにかくを落ち着ける事にした。 片膝をつき、彼女との視線の距離を縮める。 訳が判らないといった表情のスネークを見て、はスレイブから聞き及んだ事を全て彼に話した。 勿論、ある程度簡潔にしてあるが。 自分が親の進めていたプロジェクトの産物である事、異常な治癒能力は、そのせいだった事、姉妹だか兄弟だかいるらしい事。 聞いた限りを、彼に話した。 静かに、一言も間に言葉をはさまずにいたスネークは、彼女の話が全て終わると小さく息を吐いた。 彼女は自分が何者であるか思い知らされ、打ちひしがれている。 一気に親の愛情を失った気分。 それも、道具として生み出されたような自分を、どう扱っていいのか判らない……そんな所だろう。 ビックボスの遺伝子を受け継ぎ、戦いの中で育ってきたスネークとは、根本的に違う。 は今まで一介の学生だった。 それも、平和と言われる日本で。 けれど生活はある日一変し、そして今日、自分の生まれを知った。 何をどうしていいのか、判らないに違いない。 信じられるものが何なのかも。 話し終わったは、不安そうな瞳をたたえていた。 「……、だからここから出ないと?あいつの実験サンプルになるつもりか」 「…………スネーク……私を気持ち悪いとか、思わないの?」 は持ってきたカバンの中に入っていた、シャーペンで自分の腕を傷つける。 スネークは驚いて彼女の腕を見たが、その傷はいとも簡単に、数十秒しないうちに、まるでCG処理でもしたかのように、消えて元のきれいな腕になった。 せっかく止まった涙が、また零れ落ちそうになる。 「これでも、平気?今まで通り一緒にいられるの?」 「……、落ち着け」 「落ち着けない!」 震える肩。 どうしていのか、判らない。どうして、自分はこうなのか。 確かに自分は、日本で普通の学生だったのに。 何故、アメリカで、こんな目にあっているのか。 どうしようもない焦燥感が、身を焦がす。 「、俺を見ろ」 「…………」 スネークのいつもと変わりない眼差しに、少しだけ頭が冷えた。 彼の手が、ガラスに添えられる。 の手も引き寄せられるように、手を添えた。 ガラス越しに二人の手が合わさる。 ……冷たいガラスの向こうから、スネークの体温が伝わってくる気がした。 大きい手――。 「……落ち着け、いいな」 「……うん」 手は合わせたまま、見詰め合う。 「俺も、造られた人間だ。お前とは少し違うがな。自分が何なのか知って、混乱するのは判るが、今はここから逃げる事を優先させろ。文句や泣き言だったら、出てからいくらでも聞いてやる」 「……」 出てから。 本当に? 信用しない訳ではないが、今のは素直にになれない。 とにかく、自信がないのだ。 自分ですら気持ち悪いと思える体質の人間が、はたして他の人に受け入れてもらえるのだろうか。 この際、必要だと思ってくれなくてもいい。 受け入れてさえくれれば――。 震えて不安そうにしているに、スネークは溜息をついた。 その動作にすら、今の彼女は威圧感を覚える。 俯いてしまう。 スネークは苦笑いを零した。 昔の自分だったなら、この状態であっても、彼女を無理矢理引きずり出して、ここから脱出する事だけを考えていただろう。 けれど、今は違う。 本来フィランソロピーの任務とは、関わりがない彼女。 確かに自分にとっての利益ではあるのだが、それを抜きにしても助けたいと思う。 できれば、傷つけたくもない。心であろうが、身体であろうが。 「気持ち悪くなんてない。お前は、お前だ」 を言い含めるように、落ち着いた声色で話す。 守りたい、その一心で。 任務の最中なのに、己の心がほのかに色づいているのが判る。 何の準備もなく突きつけられた事実に、絶望している彼女を助けたい。 それ以上にある”何か”の想いに、彼は無理矢理蓋をした。 「……オタコンは、昔メタルギアの亜種を作ってた。俺は、お前と同じ特殊な人間で、ずっと戦場で過ごしてきた。……嫌いになるか?」 ふるふる、と首を横に振る。 どんな経緯で今の生活に落ち着いたかは知らないが、にとって彼等は十分信頼に足る人物で、こちらの国へ来て無事に過ごせているのも、一重に皆のおかげで。 そんな彼等を、嫌いになんてなる事はできない。 過去を知らないからかもしれないが、少なくともにとって、過去は必要ではない。 昔がどうであれ、今自分が出会っているのは、今の彼等なのだから。 「昔のスネークとオタコンがどうでも、今の貴方達を見てれば、悪い人じゃないって判るもの」 「お前も、同じだろう?」 「あ……」 スネークはニヤリと笑った。 昔がどうあれ、今は今、そう言いたかったのだ、彼は。 だから、生まれや特殊能力を気にして、自分を卑下する事はないんだと教えてくれた。 互いに視線を合わせる。 潜入中とは思えない程の暖かい視線に、は安心を覚えた。 「……判ったか?」 「……うん」 テレたような笑いを零すに、もう大丈夫だと少しホッとするスネーク。 まだまだ辛い気持ちは続くだろうが、とりあえずは奥底に押し込んでもらわねば。 これから、逃げなくてはならないのだから。 ……そういえば、自分はクローンとはいえ、彼女を殺してしまった事になる。 それを思うと、少しいたたまれなくなった。 言わなくてもいいのに、口から言葉が滑り出てしまう。 「ここに来る前、お前のクローンと会った」 「え!私の……」 「殺されそうになったんでな、悪いが倒させてもらった」 正確には、スネークが倒したわけではないのだが。 その辺のいきさつは、伏せておいた。 余計な心配をかけるべきではない。今の、この状況では。 「……よかった、私がスネークを殺しちゃわないで……」 別に、自身がスネークを手にかけようとした訳ではないのに、心底ほっとした表情を浮かべる。 スネークは、なんとなく微笑ましくて、口の端を少し上げた。 はガラスに近寄り、スネークを見つめる。 「大丈夫?怪我とかしてない??」 「あぁ……今の所はな」 スネークもと同じように、ガラスに近寄って、先程と同じように彼女と手を合わせた。 「……ごめんなさい」 「どうして謝る」 「だって、私の不注意でこんな面倒になっちゃったから……」 シュンとするを、ガラスをコツンと叩く事によって励ます。 気にすることはないんだ、と。 自分の不注意でもあるのだからと、スネークは言う。 その言葉が優しくて、は不覚にも涙ぐむ。 「こら、泣くな」 「ごめんなさい……」 「謝ってばかりだな」 微笑む二人の視線が、ふいに合わさる。 「……」 ガラス1枚隔てて当てられている手が、感じるはずのない熱を持つ。 自分の体温なのか、それとも相手の体温なのか。 ――熱く感じる。 二人は、どちらともなく引き寄せられ、ガラスを隔てて、そっと唇を合わせた。 本当に一瞬だけだったけれど。 ……ゆっくり、口唇を離し、添えられていた手も離す。 は顔をほんのり赤くした。 スネークの方は、すぐに後ろを向いてしまったので表情は分からなかったが。 「待ってろ、今すぐ開けてやる」 「…………うん、待ってる」 立ち上がると、彼は隣の研究室へと足を進めた。 は一人、頬を両手でおおって、赤くなっているであろう顔を冷やそうとする。 本当にしたわけではないのに。 どうして、あんな行動を取ったのかも判らないのに。 でも、やたらと顔が熱い。 彼は普通なのに、自分だけ意識しているみたいで少し恥ずかしくなった。 スネークは、にこそ見られていなかったが、ほんの少し赤くなっていた。 自分が赤くなる事なんてないと思っていたが、大きな間違い。 何故あんな行動を取ったのか、彼自身もよく判っていなかったし、それについて、理由を見出す事もしなかった。 今、それを模索してはいけない気がしたから。 けれど、全くと言っていい程、嫌悪感はない。 どちらかというと―――……。 「……オタコンにモニタリングされてたら、最悪だな」 気を利かせて通信を切っているか、または別作業をしていてくれれば問題ないのだが。 少し緩んだ表情を引き締め、スレイブと正也の待つ研究室へと戻る。 彼女を出して、逃げなくてはならない。 気を取り直し、研究室へのドアをくぐった。 「マサヤ、大丈夫か?」 「問題ないです」 銃を突きつけたまま、引きつり笑いを零す正也。 彼を置いて、と二人であんな風になっていたなんて考えると、少しばかり罪悪感が芽生える。 別に悪い事をした訳でも、なんでもないのだが。 正也と交代する形で、スネークがスレイブに銃を突きつける。 「をあそこから出すんだ」 「断れば、その銃が火を吹くか」 「そうだ」 この状態のスレイブに、選択権はなかった。 緊急事態にあると別の部屋に知らせようと思っても、残念ながらスネークの眼の前では、少しでも妙な動きをすると、見抜かれかねない。 スレイブはスネークがどんな男か、ある程度は聞いていたし、目的の為に、人を殺傷するのも厭わない男だろうと踏んでいた。 は自分にとって大事な素材だが、その為に自分の命を軽々しく捨てる気は毛頭ない。 「……判った、彼女を出そう。向こうの部屋へ移動したいんだが、いいか」 「あぁ」 正也も連れ立ち、一緒にの捕らえられている部屋まで歩く。 部屋へつき、の姿を見ると、正也は感激の余り近くに駆け寄った。 無駄にガラスを叩いたりしている。 「マサヤ、今開けさせるから落ち着いて待て」 「は、はい……」 スネークに言われ、名残惜しそうな目を向けながらも大人しくする。 スレイブは溜息混じりにコントロールパネルを開き、操作してガラス面を開いた。 はノロノロと立ち上がり、正也の近くに寄った。 「ごめんねマサヤ、ありがとう」 「い、いいんだよ……僕のせいでもあるんだしさ、それにここまでこれたのはスネークのおかげで」 「でも、ありがとう」 「…………うん」 正也が赤くなる。 スネークはそんな二人を一瞥し、スレイブに向き直った。 「さて、悪いがお前にはもう少し付き合ってもらうぞ」 「どうするんだ」 スレイブは幾分か不機嫌そうに、スネークを睨みつけた。 正也とも、どうするんだろうと不安そうな表情を浮かべる。 「入口まで、付き合ってもらう。安全の為にな」 ちょっと甘くなりましたかね。 書きたかったシーンがかけて、ホッ。 次からは逃亡編ですか。(なんじゃそりゃ) 2002・8・23 back |