Aim 7



F・W(フェイト・ワークス)深層部


 は、スレイブの研究室で、大きな鳥篭のような物に入れられていた。
 既にスレイブと数人の研究員が、DNA解析を進めている。
 なにぶん、彼の手元にはの持っていたディスクがない為、1つ1つを自分たちで記録していかねばならない。
 ディスクさえあれば、彼女の細胞がどんな効力を持ち、どんな使い方が出来るのかを直ぐに把握できるというのに。
 とはいえ、以前仕入れた情報でおおよその見当はついている。
 後は、実験し、実用するだけだ。
 はというと、鳥篭の中で、その一連の作業を見ている事しか出来ない。
 手足は自由だが、カゴの中ではどうにも動きが取れなかった。
 もがいているを見て、スレイブがニヤニヤ笑いながら近寄ってきた。
「気分はどうだ?」
「良いと思うの?」
 少々ムッとしながらも、スレイブに返事を返す。
 格子に手をやると、ヒヤリとした感覚が手に伝わった。
 人間を鳥篭にいれるなんて、いい趣味ではない。
「一応、自己紹介しておこうか。僕はスレイブ」
「私は。…………ご存知でしょうけど」
 は、いつもの調子で返事を返してしまい、慌ててツンと横を向いた。
 随分と可愛いサンプルだと、苦笑いを零すスレイブ。
「よく知っているよ。……お前よりも」
「どういう、意味?」
 スレイブは椅子に腰掛け、の方に視線を戻す。
 全てを知っているんだと言いた気な瞳。不快感を煽る。
 には、自分が何故ここに連れてこられなくてはならなかったか、理由が判っていない。
 本当なら、しっかりとした説明が欲しい位なのだ。
「お前、自分の生い立ちについて考えてみた事はないのか」
 生い立ち?
 研究者であり大企業経営者の父と母から生まれ、日本で育った。
 …………別段、変な所はない。
 今のこの状況の方が、余程変だと感じる位で。
「生い立ちとか言われても……変な所なんかありません」
「自分の体の異常に気付いていない訳ではあるまい」
「……異常って……」
「自然治癒にしては、傷の直りが早すぎるのではないか?」
 ……確かに。
 昔から、怪我が異様な速さで治る。
 それはもう、自分でも気持悪いぐらいに……。
 だから、マサヤに見られて、黙っていて欲しいと願った。
 広めたくないから、と。
 けれど、それが何だというのだろう。
 生まれついた時からのものか、後天的なものかは知らないが、物心ついたときには既にそういう体だった。
 しかし……何故、彼が知っているのだろう。
 スレイブを見ると、実に楽しそうに笑っている。
「僕は、お前が生まれるその瞬間を見ているんだよ」
「……え?」
「だからこそ、ずっと待っていた。長い時間」
 狂気をたたえた目で、を見据える。
 玩具を与えられた子供のようでもあり、狂人のようでもあった。
「お前を手に入れる事が、子供の頃からの願いだった。それが今、目の前にある。最高に幸せな事だ」
 どう――答えて良いのか。
 聞きたい事は色々あったが、何だか怖くて声が出ない。
 スレイブが更に口を開こうとした時……、ピッと電子ロックが外れる音がし、黒いスーツを着た金髪の女性が入ってきた。
 いかにも迷惑そうな顔をするスレイブ。
 そんな事は意にも介さない様子で、女性は長く下ろした髪をなびかせながら、スレイブにうやうやしく礼をする。
 その行為は、何処となく演技じみていると感じられた。
「ご機嫌いかが?Drスレイブ」
「何か用か、ミス・シェリル」
「あら、随分とご機嫌斜めな事。社長に言われて、手伝いに来たのよ」
 ”それはどうも”とあっさり言うと、資料を彼女に渡して見てもらった。
 スレイブの彼女に対する印象は、決して悪いものではない。
 彼の中では、好意的に接している人物の1人ではあったのだが、他人に許可なくこの部屋に入り込まれるのを快く思っておらず、ついつい顔に出てしまった。
 シェリルは、資料に一通り目を通すと、の方に寄って来た。
 カゴの中に収まっている彼女を、物珍しそうな目で見る。
「……ふぅーん、貴方が
「…………貴方は……?」
 答えが返ってくると期待してはいなかったが、予想を外して彼女はにこやかに答えた。
「私はシェリル・ノーラン。under・fighting・unit……つまり、地下戦闘部隊の一員で、こっちの施設の研究員もしてるわ。兼業ってトコかしら」
 シェリルは人懐っこい微笑をたたえて、に話し掛ける。
 なんだか、肩書きを聞かなければ、ごく普通の女性に見えた。
 どうしてこんな女性が、地下組織に関わっているのだろう。
 彼女も、あの社長が望むとあれば、人を殺したり拉致したりするのだろうか。
 信じられない。
 スレイブのように、己の研究に没頭している科学者にも見えないし。
「それにしても」
 シェリルが、の傍によって顔をじっと見る。
「なんですか?」
「……とても、あの噂の<伝説の傭兵>を骨抜きにした女とは……思えないわね」
「っ……スネークとはそんなんじゃありません!」
 過剰に反応してしまった自分に気付き、赤くなるを見て、シェリルはクスクス笑った。
 情報によれば、彼女、は反メタルギア団体にやっかいになっているという事。
 彼女の特異性と、特殊な事情があるのだから、そういう所にいても不思議ではない。
 ……狙われているのだし、彼女の父の会社は、フィランソロピーのパトロンだったのだから。
「ムキにならなくてもいいわよ。……ま、いい男だったら頂くけど」
「…………」
 手が早いのだろうか、この女性は。
 だったら、スネークといい勝負かもしれない。
 そんな事を考えていられる辺りは、まだに余裕がある証拠だ。
「ところでスレイブ、これからどうするの?」
「しばらくはこの状態だ。一通り終了したら、奥へ移す。とりあえずはコピーを作る事が優先だ。オリジナルだけでは、一気に抜くには手間がかかりすぎる。Type-1は既に出来上がって、研究室で保存済みだ」
 何を言っているのか、にはよく判らなかったが、とにかく自分に関係しているだろう事は判別がついた。
 判ったからといって、なにかが出来るという訳ではないが。
「そうそう、アールはどうします?一応準備は出来てるわよ」
「あぁ、Type-Rか。まあいい。連れて来い」
「判りました」
 シェリルが一礼して、部屋を出て行く。
 スレイブは大きく息を吐いて、モニタを切り替える。
 見える範囲だけでは良く判らないが……人体に関わることなのだろうか。
 人間の形のデータらしきものが映し出されている。
「ふぅ……Rは性格に問題があるからな…だが、時間も差し迫っているし、仕方ない」
 ブツブツと言いながら、キーボードをカタカタと打つ。
 そうしているうちに、シェリルが戻って来た。
 1人ではなく、誰かを連れて。
「邪魔するぜ」
 シェリルを押しのけ、ズカズカと入り込む。
 を見ると、彼は無表情で彼女に近付く。
 後ずさる事もなく、は彼を見続けた。
 黒で短めの髪。でも、アジア系の顔つきではない。年齢は……20代だろうか。
 10代かもしれない。
 アールはひとしきりを見回すと、ガンッと格子を殴りつけるように、手を柵に絡ませた。
「随分と若いんだな」
「それはどうも」
「オイオイ、そんなにツンケンするなよ、俺達は似たもの同士だろう?」
 意味が判らないという風なに、Rは顔を近づけて話を続ける。
「俺もお前も、同じ、人体実験のマテリアル。仲良くしようぜ」
 マテリアル……。
 なんだか、人間ではないみたいだ。
「……アールは、素材とか呼ばれる事に抵抗ないの? というより、本名がアールなの? 違うんじゃない??」
「…………あ、あぁ……別に名前はある」
「どしたの?」
 いやにビックリした顔をしているので、は不思議になった。
 驚いた顔は、すこぶる年相応に見える。
「……いや、そんな事を聞くやつはいなかったからな」
「で、なんていう名前?」
「……本名は、ドルク。だが今じゃこっちが偽名同然だ」
「本名の方で呼ぶのは駄目かなぁ」
 ……こいつ、なに考えてるんだろう。
 自分の立場を、判っているのだろうか。
 アールは場にそぐわない空気に、なんだか居心地の悪さではなく、居心地のよさを感じてしまう。
 今まで感じたことがない、和やかな空気。
 アールは、人体実験をされ続け、この日の為に用意された器。
 いわば、の特殊能力をその体に植え付ける為だけに育てられた存在。
 彼を人間として扱う者は皆無。
 ほぼ隔離されている彼に、友というものはいなかった。
 選ばれた人間。
 そのレッテルが、彼から人間らしさを奪う一因でもあった。
 人間らしさなどいらない。お前は兵器なのだと教えられてきた。
 ……それなのに、自分を強くするための素材が、自分を人間らしく扱う。
 変な気分だった。
「……混ざるからな、アールでいい。お前は……、だろ?」
「うん、そう」
「…………お前、なんで笑ってられんだ。こんな所に閉じ込められてさ。これから、色々実験されるってのに。怖くねーのか」
 怖いに決まっている。
 でも、怖さが表に出てこない辺りは……まだ大丈夫だ。
「……きっと、来てくれるから」
「あ?」
「ううん……なんでもない」
 パタパタと手を振るの顔が、少しほころんでいるのが判った。
 すぐにその顔は影をひそめてしまったが、彼女が誰かを待っているのは判る。
 無性に腹が立ち、彼はから離れた。
「……フン、まあ、余り希望なんざ持つもんじゃねぇぞ。どうせ、骨の隋までしゃぶり尽くされちまうんだ」
 まるで、お前は死ぬんだ、と言わんばかりに意地の悪い事を言う。
 いきなり変わってしまったアールに、は驚きつつも何も言わなかった。
 なんだか、触れてはいけない気がしたのだ。
「あーあ、あの子、すぐに機嫌悪くなるんだから」
 シェリルが溜息をつきつつ、彼を呼ぶ。
 スレイブとシェリルが、第2研究室の方へと彼を行かせた。
「では、強化を始めますが……宜しい?」
「あぁ、私は後で行く」
 カタカタとキーボードを打ち、データを作っていく。
 は、とにかく待つしかなかった。
 チャンスがあれば、逃げる経路を見つけられるかもしれないと期待をもって。


スネークとオタコン、全くでてこなかったです;;
さんSIDEのお話ですね。
次はスネークとオタコンの方で。
伏線貼りすぎて、訳がわからなくなってきつつある……(^^;

2002・6・9

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