Aim 2



「驚いたな……いつこっちへ来たんだ?」
 立ち話もなんだからと入った喫茶店で、明るく、懐かしむような口調で、男はに話を振った。
 は笑顔を保ちながら、隣でまだ警戒を解いていないスネークをちらりと盗み見る。
 自分の友人だというのに、何を不信に感じるのか、判らない。

 声をかけた来た男は、真田(サナダ)・正也(マサヤ)。
 と一緒に勉学を学んでいた人物で、まるで親友のように仲が良かった。
 一時、付き合っているのではないかという噂すら立ったものだ。
 正也は人当たりがよく、頭の回転もスムーズで、かなり女性からの人気が高かった。
 自身は、彼に恋愛感情を持った事はなかったけれど。
「二ヶ月ぐらい前に来たの。……成り行きで」
「そうか……でも、会えたのって凄いよな」
「そうだね」
 二人が微笑みながら会話しているその横で、スネークはコーヒーを飲み干し、立ち上がった。
「スネー……」
 思わず”スネーク”と言ってしまいそうになって、あわてて口をつぐんだ。
 正也がスネークを知っているとは思えなかったが、それでも賞金首なのだ、安易に大声で名前を呼ぶべきではない。
、俺は先に戻ってる。何かあったら連絡しろ」
「ん、判った。ゴメンなさい」
 手で”構わない”と合図をし、サングラスをかけて出る。
 正也はスネークをじっと見、それから何事もなかったかのようにに視線を移した。
は、いつ頃こっちへ?」
「あぁ、おととい来た。こっちの会社に就職決まってさ。
 は今、何してるんだ?」
 聞かれて詰まる。何をしている…………。
 まさか、変な人に追いかけられて逃げ回っている、とは言えない。
 ましてや、フィランソロピーという組織にいる、とも。
 考えた末、は今、自分のしている仕事を言う事にする。
 ごくごく差し障りのない程度ではあるが。
「事務の仕事っていうか……、情報処理系の仕事してる。住み込み……みたいなモノかな」
「へぇ、いい仕事だな」
 心の中で、正也に詫びを入れる。
 言った言葉はけして嘘ではないが、全てが正確な訳でもない。
 かつて親友と呼んだ人物……大切な友達に、腹を割って話せないという辛さが、身に暗い影を落す。
 正也はゆっくりとした手つきで、コーヒーを飲み、を眩しげに見やる。
 さらさらの黒髪は、大のお気に入りだった。
 少し赤茶の濃い瞳も。
 少々抜けてはいるが、踏まれてもそっとやちょっとでは崩れない心。
 その心は、自分にはないもの。
 その全てが気に入っていたし、大切だとも思っていた。
「……頑張ってるんだな」
「…………うん」
 困ったような微笑み。
 聞かれては困る何かがあるのだろう。
 前はなかった、境界線のようなものがある事に気付く。
 そんなに長い間、会っていなかったという訳でもないのに……。
 時間を取り戻すように、ふっと微笑んだ。
「俺、まだ約束守ってるぜ」
「約束……」
 正也が腕をまくって見せた。
 そこには、右手の甲の下辺りから、10センチ程の傷跡がある。
 傷がついた時の事を、はすぐに思い出す事が出来た。

 中学2年の夏休み前。
 男子同士の悪ふざけで、事故が起こった。
 事故といっても大したものではなく、数人が負傷しただけだったのだが、事故の原因を作った男子生徒だった正也と、近くにいて偶然巻き込まれた形になったの二人は、流血し、周りの生徒を青ざめさせていた。

「とりあえず、止血は済んだわ……。一体なにがあったの?」
 保健医が疲れた表情で、目の前の生徒……正也とに説明を求めた。
 の方はなにがあったのか判らない様子で、正也を見る。
 彼は、表情を強張らせたまま”すみません”とだけ、小さく答えた。
 保健医は、軽く溜息をつく。
「……まあいいわ。他の生徒に聞くから……。職員室でも問題になってるでしょうし。あなた達は、部屋で休んでいなさい。くれぐれも暴れないように」
「はい……」
 保健医は少々急ぎ足で、部屋を出て行った。
 二人だけしかいなくなった部屋で、彼らは無言だ。
 時計の針の音が、耳に届くほどの静寂。
 正也は、の腕や足に巻かれた包帯を見て、どうしていいか判らなくなった。
「……ごめんな、俺がふざけたばっかりに……」
「大丈夫だよ、真田君の方が血、出てるし」
 少々痛みに顔をしかめながら、はにっこり微笑む。
 だが、気休めにもならなかった。
 悪ふざけをしているうち、段々とエスカレートしてきて……、
 友人が箒を振り回した。正也も応戦した。
 それが勢い余って窓ガラスを割り、花瓶を粉砕し、近くにいたに襲い掛かってしまった。
 正也も腕に怪我をしたが、女の子に怪我をさせたというのは、自分が怪我をした以上の、物凄いショックがある。
「……ごめんな」
「平気だよ」
「傷が残ったりしたら……俺……」
 ……傷、という言葉を発した時、は少し、困ったような表情を浮かべた。
 正也は彼女のその表情を、”傷が残ったらやはり困る”という意味としてとったのだが……の方は、そうではなかった。
 腕と足に巻かれた包帯に目をやり、痛む箇所にそっと触れる。
「そろそろ包帯取り替えた方がいい。俺やるよ」
「い、いいよ……大丈夫」
 正也は何度か取り替えていたが、の方はそうではなかった。
 腕と足に巻かれた包帯に目をやるだけ。
 人に触れさせるのを、拒んでいる。
 だが、定期的に交換し、清潔にしておかなくては、傷が化膿してしまう。
「いいから。これぐらいはさせてくれ」
「……見て、驚かないでね?」
「?」
 不安そうなに、とりあえず頷く。
 見て驚くな……とは、どういう事だろう。
 とりあえず、判った、とだけ答えると、腕に巻かれた包帯を器用に外した。
 自分も左手を怪我していて不便だが、より傷は浅いので、多少動かしても問題ない。
 傷を抑えているガーゼを外して、消毒液をつけようとし……、驚いた。
 彼女の、驚くな、といった理由がはっきり判る。
「……こ、これ…………」
「…………」
 は確かに、深い傷を負った。
 血も大量に出ていたのを知っている。
 ……それなのに。
「傷が……ふさがってる……」
 先程怪我したばかりだというのに、完全に血は止まり、もうすでに、傷の端の方から治っていっている感じがする。
 ……普通じゃない。
 そう思った瞬間、正也は思わず、の手を放していた。
 人間ではない物に、触れた気がしたのだ。
 そん行動を見ても、彼女は嫌な顔をしない。
 ……前にも同じような反応をされた事があるのだろうか。
 正也は自分を咎めた。
「……気持ち悪いでしょう……?」
「そんな事…、気持ち悪いだなんて。……ちょっと、驚いたけどさ」
「…あの、さ。この事、秘密にしてくれる?」
 大勢に発覚すれば、なにかと問題が起きるのだろう。
 驚いた礼を含め、正也はの秘密を守る事にした。
「ああ、約束だ」

「あの約束、守ってくれてたんだね」
「ああ、好きなコとの約束は、ちゃんと守る」
「………冗談はダメー」
 冗談好きだね、と笑うに、”冗談じゃないんだけど”と、小さく呟いた。


「じゃあ、私ここで」
「家まで送って行くよ」
 家……まさか、組織内部まで連れて行くわけにはいかない。
 は丁寧に断った。
「そう、か……また会えるかな」
「んー、携帯持ってる?」
「あぁ」
 カバンから携帯を取り出して、お互いに番号を教えあう。
「それじゃ」
「ああ、またな」

 また……。
 また、会えるだろうか。




クッキー形式にしようと思ったら大変な事に。
つうことで、男友達の名前変更できなくなりました、すみません。
携帯ですが、一応設定の上では世界各国、どこのメーカーでも使えるようになってます。
携帯番号教えて居場所調べられたりする事はありません。
防御壁装備済みという事で。…………無茶苦茶ですか(笑)
スネークとか今回全然でてなくてすみませんです。

2002・3・30

ブラウザback