きみとともに ソファに座って煙草をふかしている彼の背中は、ほんの少し丸まっていた。 時々むせながらも、決して止めようとしない。 すっかり白くなった髪。 放つ気配も小さくなった。 はファイルを手にしたまま、どっかと彼の隣に座る。 スネークは咎めるようにこちらを見た。 煙草を吸っているから近付くな、の意。 わざとらしくファイルを広げ、綺麗に無視してやる。 気にしてくれるなら、止めればいいんだ。 じろりと睨めば、彼は肩をすくめる。煙草を持つ手はそのまま。 火を消す気がないのは、今に始まったことではない。 紫煙を吐き出し、小さく咳をこぼす。はため息をついた。 「咳き込んでまで吸うの?」 「老い先短い身だからな」 好きにさせてもらうと無感情に言う彼。 は軽く口唇を噛んだ。 スネークは後頭部を掻く。 「……すまん。お前を責めているわけじゃない」 「わかってるから、謝らないで」 には、スネークの老化を止める特異な細胞が在った。 以前に彼に投与したそれは、しかし機能しなかった。 対処しきれなかったのか、別の要因でか、スネークは急激に老化した。 彼は自分の体が老いて行くにつれて、他人に触れられるのを拒むようになった。 ははっきりと拒まれたことはないが、無言の中にある雰囲気は雄弁だった。 だからわざと、側にいるようにしている。 嫌がらせではない。 ただ、距離を取られるのが耐えられないだけだ。 「、検査結果はいつ」 「今週中には出るって、オタコンが」 「そうか。死神との距離が遠ければいいが」 吐き出された紫煙が舞う。 はファイルを閉じ、それを机に放り出すと、彼の膝に頭を乗せた。 慌てて煙草をもみ消す彼が、なんだか面白い。 「危ないだろうが」 「うん、ごめんなさい」 微笑みながら謝る。彼は深いため息をついて、の額にかかった髪をよける。 仕方のない奴だという顔で。 「先のない男に関わっている暇があったら、いい男でも探せ」 「オタコンとか?」 「お前な……視野を広げろ。選択の幅が狭すぎるぞ」 「スネークのおかげで、随分と世界は開けたけどね」 でも、他の誰かなんて必要ないの。 言えば彼は渋い顔をする。 「、現実を見ろ。俺は」 「見てるよ。ちゃんと見てる。理解してる。分かってないのはスネークの方」 スネークは肩眉を上げた。 「俺の方だと?」 「そう。私はスネークが好きだって分かってない」 「……俺は老いた。釣り合わん」 「それは老化前から、散々人に言われてるし」 「……それはそうだが」 「今さらだし。他の人を好きになれる段階なんか、とっくに通りすぎたみたいだもの」 まさか、外見を全く気にしない程だとは。自分でも驚いた位だ。 スネーク自身が言う通り、彼は老いた。 出来ることなら、別の人を好きになるべきだ。そうしようとしたけれど。――出来なかった。 若かろうが年だろうが、スネークはスネーク。 触れて、触れられて、嬉しいのは彼だけだから。 「迷惑だったらゴメンね」 「ああ、迷惑だ」 はびくりと体を振るわせる。 恐る恐るスネークの目を覗くと、 「どうあっても、お前の元へ帰らないといけない気になる」 彼は笑っていた。 以前と変わらない、少し悪戯っぽい笑み。 「うん、ちゃんと戻って来てね」 「全く……敵わんなお前には」 スネークの口唇が、のそれに重なる。 は瞳を閉じて受け入れた。 姿が変わっても、貴方は貴方。 だから側にいる。たとえ終わりが来るとしても。 (日記掲載)2008・7・8 |