きみにあげる メリルとジョニーが結婚する日。 とても晴れやかで、幸せな日。 ジョニーのことはよく知らなかったが、メリルは自分にとって姉のような存在だ。 だから満面の笑みで祝福してあげたい。 思いとは裏腹に、机に伏せた顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。 喜びではなく――悲しみのために。 全てを終える。 そう言って、誰を伴うこともなく出て行ったスネーク。 引き止める術など持っていなかった。 自分よりずっと長く一緒にいたオタコンでさえも。 泣いている自分が、溢れてくる涙が、ひどく鬱陶しい。 堪えようとしてみても意思とは関係なく零れるそれ。 目の下に押し当てている服には、大きな涙の染みができていることだろう。 体の水分が涙で奪われているとでも言わんばかりに、ノドが乾く。 暗い部屋で独り、泣き続けているなんて馬鹿げている。 この部屋の主は――『彼』は戻ってこない。 どんなに泣いていても不安に駆られていても、戻ってはこない。 あの声で『』と名を呼ばれることは、2度とないのだ、きっと。 得られないものを求めて泣き続けるのは不毛だ。 だからといって、直ぐに割り切れるほど大人ではない。 体に穿たれた虚無感を開放する術も知らない。 メリルを祝福すべき時に、己の心に巣食う絶望に囚われて、彼女たちの幸せな顔を見ることができない。 だって。 「……だってスネークがいない」 ぽつり、呟く。 どんな形でも彼が側にいてくれたなら、はきっと笑えていたはずだ。 心の準備は、ある程度していたはずだった。 ――準備なんて、全く意味がなかった。 奪われたのは自分の人生の一部。 断たれた痛みを抱えながら他人の祝福をできるほど、は強くはなかった。 どうやったら、この奔流のような苦痛に耐えられるだろう。 自分が創られた人間だと知らされた時より、ずっと酷い。 大事な場所が引き千切られて、切り刻まれて、手当てもされずに乾くみたいだ。 「っ…………っく………」 「」 声がした。 名を呼ばれた。 その人はここにいないはずで、というよりこの世にいないはずで。 後ろを向くのが恐ろしくて、だからは突っ伏したまま、呟く。 「……幽霊になるには、少し……っひくっ……早いよ……っ」 時折しゃくり上げながら、何とか言葉を絞り出す。 「生憎だがゴーストになった覚えはない。……泣き止んだか?」 「……きゅ、には……無理……っ……なんで、なんで……」 「死に損ねた。――正解だったな。泣きすぎて枯れそうだ」 失笑する気配。 そっと肩に触れる手は、幻ではなくて。 温もりにまた涙が溢れる。 ――生きてる。 「スネーク……っ」 は顔を上げ、椅子を押しのけて彼に抱きついた。 かっちりしたスーツを着ている彼の腕が、彼女の背中に回る。 宥めるように撫でられ、余計に泣けてきた。 「全くお前は……これじゃ死んでも死に切れん」 ぎゅう、としがみ付いたまま、は首を振る。 何を言いたいのか、当人にもよく分かっていなかった。 もう戻ってこないと思っていた人が、目の前にいる。 感情が乱れていて、でも胸にある圧迫感は悲しみではなくて、不愉快ではない。 ただ存在を手放したくなくて、しがみ付くしか出来ない自分が、少し情けなかった。 気の利いた言葉でも言えたらいいのに、と。 「、聞いてくれ」 「ん……」 「俺は死ぬ」 びくり、体が跳ねた。 戻ってきたと思った人の口から出た、破滅の言葉。 止まりかけた涙が、また目尻に大きく溜まる。 スネークは片手での頬に触れて上向かせると、指先で雫を払った。 「幸いにして、無差別人間兵器にはならずに済んだ。だが、老化はどうにもならん」 は無言で彼の瞳を真っ直ぐに見続けた。 「来年の今日、俺がここにはいないだろう。もっと早く消えるかも知れん。――だが」 ふっと笑む彼は、穏やかに見えた。 スネークのスーツをぎゅっと掴む。 「だがお前が望むなら、もう少し一緒にいてやれる。死ぬと分かっている人間の傍にいるのを、お前が受け入れられればだが」 「…………消えちゃわないで」 「」 「一緒にいて。スネークの目が閉じるまででいい……私を置いて行かないで……っ」 彼は、の額に軽く口付ける。 触れられた部分から、現実感が戻ってくる気がした。 スネークは耳元で 「お前に、俺の最後をくれてやる」 囁き、の口唇を己のそれで塞いだ。 それは、どんな告白よりも切なくて苦しくて。 けれど同時に、とても幸せな言霊だった。 2008・7・14 |