顔合わせ 2



 恋なんて、知らなかった。
 必要がなかった。
 少なくとも、自分に必要な<生き残る為、戦う為>の知識からは、到底関係がない――感情。
 その感情が自分の中に芽生えたと知った時……彼―スネークは、己を厳しく律した。
 愛しては、いけないと。
 一度目に感じたそれは、とても淡く、うつろい、時間と共に消えた、戦友メリルへの想い。
 二度目はない。
 そう思っていたのに………。
 彼女――は突然現れ、スネークの心の隔てにノックした。

 ――ダメだ。

 は真っ暗闇で、絶望的な孤独感の渦巻くスネークの心――固く鍵をかけられ、がんじがらめに縛られていたそれを、根気よく1つずつ外していって。

 ――ダメだ。

 ついに、彼の心を……寂しさを取り出して――抱き締めた。
 ――いけない。
 なのに――判ってしまった。
 自分は、恋をしている。
 愛を、感じている。
「スネーク、大丈夫?」
 明るく、でも気遣うように言う、を。

 メリルと顔合わせをして以来、の様子がおかしい。
 スネークがそれに気づいた頃、彼女は何というか一皮剥けたみたいに……そう、女らしくなっていて――。
 スネークは、心中穏やかではなかった。

 誰の為に、綺麗になったんだ?

 メリルと2人、キッチンでコーヒーを飲む。
 最初はオタコンもいたのだが、何やら急ぎの調べがあるとかで、一足早く地下施設のメインルームへとこもっている。
 ソファに座り、たわいのない話をしていた。
「…そういえば、随分雰囲気変わったわね」
 唐突な話の切り出し方に、片眉を上げる。
 メリルは「あんたの事よ」と言い、コーヒーをすすった。
 いたって普通なメリルの、なんでもない言葉だったが、スネークはほんの少し――いや、正確には結構、動揺していた。
 そんなに、変わっただろうか?
 何処がだ?そう疑問を口にする前に、彼女の方が発言していた。
「凄く柔らかい感じになった――気がする」
「…ふん、気のせいだろう」
「そうかしら。そう思うなら――自身を認識する能力が惰弱ね」
 メリルの物言いに、苦笑いする。
 気の強いのは、いつまで経っても変わらんか。
 タバコを取り出し、ふかす。
 ――といっても、いつものタバコだから人体被害は少ないのは、周知の事実であるが。
 メリルがその姿を横目でチラリと見て――寂しさを感じてしまうのは、何故だろう。
 シャドーモセスでこの男とを知り、好きに――不本意ではあるが、好きになって。
 だからこそ、死を覚悟した時、彼に…人を愛する事を知って欲しくて。
 <人を好きになって>と言った。あの事件の後、奇跡とも言える生還を果たし――フィランソロピーで戦いを続けて…メンバーではないにしろ、何度も会っていたのに……。
 彼は、人間を好きになる事を覚えたのに…自分との間に、進展はなかった。
 多分、自分の限界はここまでで……悔しいけれど。
 スネークの奥底に潜む孤独には、触れられなかった。
 そういう事なのかもしれない。
「…あの子、…だっけ。可愛い子ね」
「……大事な預かりものだ」
 ……預かりもの、ねぇ…。
 それにしては――随分と他には類を見ない目で見るわね。
 そう告げようとしたその時――キッチンの戸が少し、遠慮がちに開いた。
「あ、えと…ごめんなさい。コーヒー貰いに、来た」
 はそう言うと、なんだか少し急いでコーヒーをいれ、こくこくと殆ど一気に飲んだ。
 まるで味わっていない。
 一気に飲みすぎたのか、焦っていたからか、けほけほと咽たりもしている。
 結構前に入れたものだったから、ヤケドの心配はないが。
「何を焦ってるんだ?」
「別に――普通だよ?」
 あははと笑いながら、それでも一瞬、スネークとメリルを見ては悲しさに瞳を揺らす。
「邪魔して、ごめんね」
 言うが早いか、はとたとたとキッチンを出て行ってしまった。
 スネークは苦笑いしながら、殆ど吸っていないタバコを灰皿にギュッと押しつぶし、メリルに手を振って、「行く」の合図をして彼女を追う。
 その背中が見えなくなってから、彼女は呟く。
「…人の気も知らないで、馬鹿ね」
 寂しげに微笑み、潰されたタバコに視線を送って―――1人、ため息した。

?」
 彼女の部屋をノックすると、中から小さく物音がした。
 入るぞと言い放ち、勝手に中へと入る。
 彼女は小さなケースを閉じた所だった。
「どうした?さっきは――」
「うん、別に。……ただ、邪魔しちゃなぁって思って……」
 スネークは彼女に歩み寄ると、その目をしっかり見ようと頬に触れた――。
 だが、彼女は俯いてしまう。
「…スネーク、私メリルさんのこと、オタコンから…聞いた」
「?」
 触れている手を外させて、その手を両手で握り、下ろす。
 スネークには、彼女が何を言いたいのか理解できない。
 手は掴んだまま、「メリルさんが好きなんでしょう?」と聞く。
 どうしてそう思うのかは、判らないが……。
 少なくともは、自分がメリルを想っていると考えているのだと、理解する。
 成る程。
 だから、この間からメリルと俺を見ては、その度にその場から、逃げるようにしていなくなったのか――と。
 スネークは頭を振り、どう言えばに理解してもらえるかを考えた。
 だがそれは、思っていたほど容易ではない。
 下手をすれば、己の心の内に潜む、酷く子供染みた独占欲が、ひょっこりと顔を出すかもしれないのだ。
 老いを急ぐこの体で……愛しているなんて、誰が言える?
 まだ、の中にある<スネークの老化を止める薬>はないのだから――。
 ……が。
 それは、次の彼女の言葉で、過去のものと消えた。

「あのね、スネーク。これ直ぐに使って」
 が手を離し、ケースを開く。
 先ほどが閉じたケースの中には、3本ほどのワクチンらしきモノが収まっていた。
「これは…薬――?」
「うん、私の中から取り出した、貴方の老化を止める薬。……あ、安心して。ずっと止まってる訳じゃなくて、相応に、年齢積んでくみたいだから」
 ナオミさんから、送ってもらったんだよと微笑む。
 1週間に1本ずつ、3本目から1週間程で効果が現れるとの事。
 心情は色々と複雑ではあったのだが、の勧めもあり、スネークはその1本目を打ち込んだ。
「…変化はないみたいだな」
「まだ、ね。…よかったね、これで気兼ねなくメリルさんと――」
「ちょっと待て。どうしてメリルが出てくる」
 キョトンとする
 それから急に困ったような風に、言葉をつづった。
「だってスネークが――私はよく知らないけど、シャドーモセスで必死になって守って、好きに……ううん、両思いになった人だって……」
 オタコンが言ったのだろうが、間違いでもあり……正解でもある。
 はそんな事、知る由もないが。
「私の事は心配しなくても平気だから、ね、気にしないで」
 馬鹿を言うな!
 つい、怒号が口に出てしまいそうになり、慌てて飲み込む。
 彼女は信じて疑っていないのだ。
 メリルと、想いあっていると。
 スネークは大きくため息をついた。
「違う、――」
「いいって、判ってるから」
 今ならまだ、浅い傷で済む。
 は無意識下で、スネークに対して境界線を張ろうとしていた。
 だって、そうでしょう?
 体の中に変なDNAを一杯持ってて、世間知らずの子供と、自分と同僚――戦友ともいえる、美人で健康的な女性。
 普通だったら、どっちをとる?
 それに、きっと敵わない。
 メリルさんみたいに、スネークを……支えるなんて事――出来やしない。
 は随分後ろ向きな考え方だと自分で思いつつも、考えずにはいられなくて。
 ワクチンを渡した以上、自分の存在価値は薄れるだけだ――。
「何が、判ってるというんだ?」
「?…スネーク……?」
 怒気をはらんだ彼の声に、は今まで伏せていた視線を上げる。
 スネークの鋭い目と、思い切りかち合った。
「俺の気持ちが、判ってるとでも言うのか?」
「だ、だって――っわ!」
 彼はをひょいっと担ぎ上げると、そのまま彼女をベッドの上に放り、逃がさないよう手を顔の横についた。
 ビックリしている彼女をよそに、彼は静かな…でも、落ち着かせるというよりは咎めるように、言葉をつむぐ。
「…メリルは、恩人だ。俺に人を好きになるという事を、教えてくれた」
「だ、だから――」
「だからといって、それが彼女を好きになることとは違う」
「だって、私っ……」
 最後まで聞け、とばかりにの頬を軽くつねる。
 こういう所はいつもの彼なのだが。
「…、俺を判ってると言ったな?なら――お前を俺の手で、狂わせてやりたいという願望も、判ってると?」
「え…??」
 何か、凄い事を言われた気がした。
 直ぐに頭が働かないのは、この体勢のせいか。
「お前への想いは、メリルのそれとは全然違う。いくら抑制しても止まらない」
 一度言葉を切り――意を決して、想いを吐き出そうとしたが…突然、それは中断された。
 言えない言葉の代わりにか、スネークはじっと、彼女の目を見つめる。
 は頬をバラ色に染め、彼の目線から逃れようとするが――それは出来ない事だった。
 彼は、言葉を発しない。
 けれど、痛いほどに想いは届いている気がして。
 胸に、炎が宿る。
 消そうとしていた、スネークへの想いが。
「…子供染みてるしな、言わないで置こうと――思ってる。今の所は――言えない」
 本当は、口を開いて言ってしまいたい<気持ち>だが、それには、もう少し時間が必要らしい。
「……?」
 彼女は微笑んで――彼の輪郭を指でなぞった。
「…うん」
「?」
「今は――今は、これで、いい」

 スネークの口唇が、予告もなくのそれに覆いかぶさり――深く、口付けされる。
 幾分か味わい、名残惜しそうに離れた。
 気持ちを言葉にせずとも、伝える手法は、いくらでもある。
 でも、いつか――いつか、『言葉』で、伝えたい。
 スネークはそう思いながら、彼女の頬に口付けた。

 伝説の英雄スネークと、人ならざる能力を持つ
 彼らはこの日、自分の愛する力を見た。
 そして、それを与えるたった1人の人物も―――。



…という事で、なんだか訳わからんくなってしまいましたが…、う、うそ臭い?
Aimから大して時間経ってない時間軸でのお話でした。微妙に次の連載とリンク。
恋人にしちまおうかと思ったんですが、まだ中途半端で止めておいたり。
(いや、完全に告白にはなっちゃってるような気がしますけど…)
気持ち的にはもう判ってる状態なんですけどね。
恋人に限りなく近い友人って感じで。じゃないと今後面白みがないので(爆)
それに、まださんにも色々と事情がございますので。
日本編で書きます、はい(笑)
サブスタンス記念にでもとか思ったんですが、全く関係なくなっちゃってますな…はう。

2002・12・20

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