顔合わせ




 それは、突然の通達だった。
 朝、いつものように起きて、朝食を摂ろうとキッチンへ向かうと―――オタコンが爽やかに、「おはよう、今日引っ越すからね」なんて言い放った。

 聞く所によると、オタコンの言う「引越し」自体はある一定の頻度で行われるらしい。
 調査上の問題であったりとか、敵からの追撃を逃れたり、その他個人的な都合でなど、目的はさまざまだが、いつもはそれ自体に苦労は伴わない。
 オタコンが使うような必要機材などをはじめ、ファイルのオリジナルや個人的な荷物を除けば、後はその<家>に置いていってしまって、ほぼ問題がないからだ。
 スネークやオタコンが去った後の<家>は、別のフィランソロピー支部の人間が住み、管理していたりする。
 もっとも、金銭的な面の問題もあり、いくつかの場所を除けば、アジトは破棄されてしまうのだが。
 その場合、中にある重要書類等の類は、すべて運び出され、処分または保管される。
 そんな訳で、本当なら大して苦労のないはずの引越しなのだが―――今回は違った。
 移転先は、一見すると完全な民家。
 ただし、地下は今までと同じ位か、それ以上に広い。
 倉庫もあるし、オタコン用のメインルームもある。
 ここが暫くの間、ねぐらになりそうだ。
 ファイルも持ってきていたし、何より一番の問題は
 彼女の個人的な荷物の移動が、一番多かった。

「メイ・リン、ごめんねぇ、手伝わせちゃって…」
 が最後の荷物の入ったダンボールを開けながら、棚の整理をしている少女に向かって呟いた。
 ソリトン・レーダーを開発した科学者に、引越しの手伝いをさせるとは――。
 だが、メイ・リンはにこにこしたまま、彼女に「いいよ別にー」と明るく答える。
 は「ありがとう」と微笑んだ。

 メイ・リンとは、以前から面識があった。
 オタコンの機材の頼まれ物のため、行き着けのジャンク屋で買い物をしている時、商品が判らなくて混乱していたに、メイ・リンが話しかけてきて、教えてくれたのだ。
 そして、目的地が同じという事で―――フィランソロピーのメンバーだと知る。
 年齢が近いこともあってか、話が凄くあって、今では大の仲良しとなっている。
「もうあと少しだし、コーヒーでも飲みにいこうか」
「あ、それ凄く賛成」
 は立ち上がると、率先してキッチンへと歩き始めた。
 今回の引越しに駆り出されたのは、ここに住む当人である、スネーク、オタコン、の3人と、助っ人のメイ・リン。
 そして、はまだ会っていないのだが、メリルという女性だ。
 メイ・リンとは家の中のことを。
 他3人は、地下の整備に回っている。
 一番の問題だったの部屋は、あと少しで完了するので、少し気晴らししたっていいだろう。
 が2階の3部屋あるうちの真ん中の部屋、その左右に、スネークとオタコンの部屋もある。
 何かあった時、直ぐに反応できるし、それぞれの部屋には、地下へのエレベータがこっそりとつけられていた。
 家の中に何気なくおかれている花瓶やら絵画やらにも、監視カメラとかついてるし。
 ……案外、慣れるまでは居心地が悪そうだなぁ――なんて。
 キッチンに入ると、スネークと……もう1人、女性がいた。
 彼と2人で、コーヒー片手に話をしている。
 一瞬戸惑ったのだが、メイ・リンに押されるようにして中へと入ってしまった。
「おう、。部屋は片付いたのか?」
「あ、うん。なんとか…」
 スネークとオタコンの部屋は、ファイルを詰めるだけだよと答える。
 そうか、と言いながら、またカップに口をつけた。
 隣にいる女性も、静かに口をつける。
 ……なんていうか――綺麗で――凛とした、かっこよさすら感じられる女性。
 ちょっとびっくりしている様子のには気づかず、スネークはもっと中へ入ったらどうだ? と言いたげに片手を上げた。
 メイ・リンが先立って歩き、コーヒーを入れてに渡した。
 ふわりとしたその香りで、はっとする。
「あ、ありがと」
「ん、――そういえば、は初対面だっけ?」
「え、あ、うん」
 メイ・リンの言葉に頷く。
 コーヒーに口をつけながら、ちらりとその女性を見た。
 ……無意識に、自分の体系と比べてしまったり。

 うわぁ…負けてるよ完全に……いや、大人の女性だから、当たり前っちゃ当たり前なんだけど…。

 彼女はコーヒーをテーブルに置くと、歩み寄ってきた。
「初めまして、私、メリルよ」
 にっこりと挨拶をされ、も慌ててコーヒーをテーブルにおいて、お辞儀をする。
「は、初めまして、です」
 ぱっと顔を上げて彼女を見ると、とても――柔らかく微笑んでいて――。
 何故か、むやみやたらに敗北感を感じる。
 何となく元気のないの様子にスネークが気づき、怪訝そうな顔をした。
「メリルも、今度から<ここ>に顔を出す事になったんだ――……、どうした?」
「え、何が?」
 極力、動揺しないように努める。
 怪訝そうに彼女の顔を覗き込むと、はポッと頬を赤らめ、慌てて顔を背けて
「私、もう少し片付けしてくる」
 と言って、コーヒー片手にトタトタと出て行ってしまう。
 メイ・リンが苦笑いしながら、慌ててその後を追った。

 早歩きで自室に入り、床にペタンと座ると―――残ったコーヒーを一気に飲み、たんっとカップを置いた。
「ど、どうしたの??」
「…べっつに」
 追って後から入ってきたメイ・リンに対しても、なんとなくつっけんどんな言葉を吐いてしまい、慌てて「ごめん」と謝る。
 ふぅーん……。
 座り込んでいるの前に回り、自分もその場に座って、彼女と正面向かいに。
 俯いている彼女に向かって、にこりと笑った。
「好きなんだ、スネークの事」
「っん…な…っ…そんな事――!!」
「あるんでしょう?」
 にっこり微笑みながら言われ、うっと詰まり――…諦めたように、コクン、と頷く。
 の顔がほんのり赤い色に染まり、ぷぅと頬を膨らませたかと思うと、
 口唇を尖らせた。
「…言わないでよ?」
「言わないわよーー」
 もっとも、スネークが気づいていない――なんて、メイ・リンにはとても思えなかったけれど。
 いや、本当の意味での色恋沙汰には疎そうだから――…どうだろう。
 にしても、メリルが相手とは、少々分が悪いか。
「…ようし!、協力してあげる!」
「へ!?」
 いきなり元気になったメイ・リンに、目をぱちぱちさせる
「うふふー、スネークがメロメロになる位、いい女になるのよ! 頑張ろう!」
「う……うん……」
 勢いよく立ち上がり、うふふと笑うメイ・リン。
 はその力強さに、ただ頷くしかなかった。

「……なぁ、オタコン」
「なんだいスネーク」
 珍しくPC前ではなく、ソファで雑誌を――それでもPC雑誌なのだが、それを読んでいるオタコンは、同じく向かいのソファで――こちらは新聞を読んでいるスネークに、生返事を返す。
 頭の中では、もう少しメモリを増やした方がいいかな、なんて考えつつ。
「…最近、――…その、スタイル、よくなってないか?」
「………うん?そうだね」
 今度はそのの姿を想像しているのか、天井を仰ぐオタコン。
 何となく、スネークはムッとした。
 オタコンはそれを見て、クスリと笑う。
「誰だろうね」
「――何が」
が、綺麗になりたいと思わせた人は」
「………」
 スネークはむっつりしながら、また新聞を広げた。
 激しい嫉妬心を無理矢理抑えるサマが判って、思わずオタコンは苦笑いする。
 思いは通じ合ってるのに、口にしないから、そんなに不安なんだよ――と、こっそり突っ込みを入れたりしたというのは、スネークのまかり知らない話。





突発話です。一応メリル姉さんを、どうこっち側に持って来ようか考えた結果、
何故だかこげな風に。……な、なにかが違う!(滝汗)
ちなみに、これは連載物に深く絡んでは降りませんので、ご了承くださいまし。

2002・12・19

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