平和的正月



 元旦。
 要するに、お正月。
 アメリカのフィランソロピーでも、それらしく正月気分。
 おせちが出てきたりはしないものの、この組織にしては珍しく、普通の生活サイクルで、今日という日を過ごしていた。
 普通の生活より、ダレ気味ではあるかもしれないが。
 仕事も、必要最低限の事柄以外は、ほぼストップ。
 正月三が日とまではいかないが、元旦、二日位は、やはり周りと同じような、<お正月>を味わっている。

「皆、これ知ってるかい?」
 明日からまた仕事が始まるフィランソロピーの、中だるみの午後。
 リビングに集まっていた一同に、オタコンが突然、どこからか何かを持ってきた。
 彼が手に持っているそれを見て、が嬉しそうな、懐かしそうな声で、その物体の名を呼んだ。
「あー! 羽子板!!」
「はごいた?」
 雷電が、不思議そうにを見る。
 羽子板を見たまま、スネークが雷電に簡易説明(のようなもの)をはじめた。
「日本の正月用の遊びに使うもんだ、確か。負けると顔に墨を塗られる。…まあ、軽いテニスだと思えばいい」
「へえ、知ってるんだ」
 スネークの説明に、はしげしげと彼の顔を見た。
 軍事的、ある程度政治にも通じた博識さんだとは思っているが、まさか日本の子供の遊びまで知っているとは。
 ……文化を知っている、という事なのかもしれないが。
 それにしても、凄い。
「ちょっとやってみない?」
 メイ・リンが弾んだ声で、そう皆に申告した。
 スネークと雷電、メリルは少々渋っていたが、オタコンとメイ・リン、の強烈な押しで、なぜか地下施設で羽子板大会をする羽目に。

「じゃあ、まずは僕と雷電だね」
「…お手柔らかに」
 逆じゃないのか? と思いつつ、観戦する達。
 勿論、墨も用意してあるので、負けた側には、世にも素敵な墨プレゼントが待っている。
「いくぞー、とりゃ!」
「!」
 カツッと音がして、玉がオタコン側から、雷電側に飛んでくる。
 予想していたより、オタコンは羽子板が上手い。
 逆に、雷電はどうにも力加減が上手く行かないのか、放射線状に飛んでくる玉に対して、うまく対処できない。
「くっ…VRにこんなものはなかった!」
「当たり前でしょうに…」
 雷電の呟きに、メイ・リンが呆れたような声で言う。
「そこだー!」
 ちょっと間延びした掛け声と共に、オタコンが雷電の隙をついて、玉を大きく飛ばす。
 どうにも、返しきれず、雷電は破れた。

 彼の顔には、オタコンが、墨で、額に<肉>と描いていた……。

「じゃあ、次は私とメイ・リンね」
「OK」
 この二人の戦いは、本当に普通の羽子板という感じだった。
 二人ともいい調子に、合わせながら打ち合いをしていく。
 結果、ちょっとの油断から、メイ・リンが玉をこぼしてしまい、が勝者となった。
「あんまり酷く描かないでよ?」
「んじゃ、ほっぺたにバツ印だね!」
 ひんやりとした墨の感触と共に、メイ・リンの頬にはバツ印が記された。

「……お前とか」
「…………こっちの台詞ね」
 見ているほうが、緊張しそうなほどの緊迫感。
 ……メリルと、スネークが当たった。
 何だか、嫌な予感がするなと思ったのだが、その予感は、事実、本当に当たってしまう事に。

「ここだ!」
「ふっ! 甘いわ!」
 二人の打ち合いを、、メイ・リン、雷電、オタコンは、荷物の影に隠れて見ていた。
何しろ、物凄いスピードで…いうなれば、弾丸のような勢いで、羽子板の玉が行き交うのだ。
 間違って当たりでもしたら、とんでもなく痛いだろう。
 メイ・リンとが、「やりすぎだよね」とこそこそ話す中、二人の戦いは白熱していった。
「チッ…」
「やるわね…」
 羽子板と玉が接触すると、カツン、なんて可愛らしい音などしない。
 力任せに殴っているようなもので、ガッ…という、玉すら破壊するかのような音が鳴る。
 しかも、そんな強い力での応酬にも関わらず、
 何故か弾道(?)は、互いに向かってまっすぐ進んでいくのだから…不思議だ。

 もう、三十分も、そんな恐ろしい応酬が続いていた。
 そろそろ、止めた方が良いんだろうか?
 そんな事を考え始めた頃―――、突如としてそれは訪れた。

「こんなのじゃ、埒が明かないわ!」
「その通りだな!」
 メリルが、弾丸のように通り過ぎていく羽子板の玉を横目にしながら、すっと手を腰の方に回した。
 スネークも同じように、腰の裏側に手を回す。
「?」
 が目を丸くして見、ぽけっとした――ほんの一瞬後…。

ダウンダウン!!

パスパスッ!!

 ……デザートイーグルの弾丸と、M9(麻酔銃)が行き交った。
 軽く身を回転させ、互いの弾丸を避ける。
 羽子板は既に手放されていて、手には銃が握られていた。
「ちょ、ちょっと!!」
 が慌てて立ち上がるが、雷電がそれを引っ張って止めた。
「……やめといたほうが良い」
「だって…」
 荷物から顔をひょこっと出すと、二人とも必死で応戦し会っていた。
 ………羽子板で戦え、戦うなら。

 興奮しきった彼らを抑えるのに、ゆうに二十分以上かかった。
 彼らに、羽子板を使わせてはいけない。
 ……というより、戦うとか、そういう類のものをさせてはいけないと、正月早々思い知らされた。

 なにはともあれ、フィランソロピーは、今日も平和(?)だ。






2003・1・1
作・水音

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