彼女が笑う。
 温かくなる。
 俺が失ってしまった何かが、そこにあった。


伝心


 雷電。
 本名、ジャック。
 プラント事件の後、彼はそれまでの彼女であったローズと、決別した。
 その後、事件で一緒になったフィランソロピーのスネークとオタコン、そしてと、行動を共にしている。
 正式にメンバーとして動いているといよりは、補佐的なメンバーとしての役割が大きい。

「雷電、いる?」
 雷電用にあてがわれた個室に、ひょこっと顔を出したのは、事情が山のように積み上げられて、ここに在籍している、だった。
 彼の――今現在の思い人でもある。
「ああ、。どうしたんだ?」
 努めて明るく答える雷電。
 手招きして、を側に呼ぶと、それまで動かしていた手――銃器類のチェックを止めて、立ち上がってズボンの埃を払う。
 別にそこに埃がある訳ではないのだが、彼女を前にすると、どうも小さなことでも気になってしまうらしい。
 はてほてほと入ってくると、申し訳なさそうに書類を一つ、見せた。
「ちょーっと、手伝って欲しかったりするんだ」
「オーケー、ここで?」
「うーん…私の部屋の方が、いい」
 苦笑いしながら、が雷電の部屋を見回す。
 ………確かに。
 彼の部屋は、バラバラになった銃器類が散乱していて、書類作成なんてしたら、余計に汚くなってしまいそうだし…、それにまず、場所がない。
「じゃ、の部屋に邪魔するよ」


 手伝って欲しい書類とは、例のプラント事件の事だった。
 スネーク側が起こした行動については、全て表記し、ファイリングまで終わらせてあるのだが、雷電側の情報については、不確認の部分が非常に多く、正確な情報を得てファイルするには、どうしても当事者である彼の協力が必要。
 勿論、これは雷電がこの場にいるからできる事で、もしローズと一緒に新たな生活を始めていたとしたら、到底知り得なかった情報である。
「不謹慎だけど、雷電がここにいてくれて良かった」
「お役に立てたかな?」
 笑いながら最後の書類をファイルする。
 これで、プラント事件――サンズ・オブ・リバティの件は、ほぼ漏れなく、ファイリングできたはずだ。
 今日のの仕事は、これで終了。
「雷電の仕事、手伝えればいいんだけど…ゴメン、私、銃器に疎くて」
「大丈夫だ。あれ位の量なら、直ぐに組める」
「そうなの?」
 の見た限りでは、部屋一杯に広がっていたような気がするが…スネークや雷電のようなスペシャリストには、そう苦もないのかもしれない。

「何か飲む?」
「コーヒーしかないけど、って?」
 笑いながら言う雷電に、はちょっとだけ、頬を膨らませた。
「失礼な! 紅茶だってあるわよ。……リーフじゃないけど」
「それでも充分。紅茶、貰うよ」
「じゃ、ちょっと待っててね!」
 はファイリングした書類を持って、部屋から出て行った。
 キッチンへ行くついでに、ファイル保管庫の方に今の資料を収めにいくんだろう。

 主のいなくなった部屋は、実に居心地が悪い。
 女性の部屋に一人でいるというのが、その理由だろうか。
 ローズの部屋にだって、入った事はあるのだが…
 こんな奇妙な緊張感は感じた事がない。
「……あーあー、の奴…、コート脱ぎっぱなしじゃないか…」
 まるで主夫のようなことを言いながら、コートをハンガーに掛けてやり、クローゼットを開けようとして―――手を止める。
 の許可なしに開けてしまうのは、問題があるように思えたからだ。
 仕方なく、カーテンレールの所にコートをかける。
 ベッドの直ぐ脇だが、彼女が帰ってきたらクローゼットに入れてもらおう。
 窓の横に机があり、その更に隣にベッドがある。
 多分、限界まで作業して、直ぐに寝の体制に入れるからだろうが。

「……、遅いな」
 窓の外を見る。
 外灯に照らされた木々が、濃い緑を浮き上がらせている。
 郊外ともなると、都市部とはかなりの街並みの違いだ。
 静かで、来た当初、雷電は余計な事を思い出すことが間々あった。

「お待たせ〜。はい、紅茶」
 トレーを机に置き、カップを手渡す。
「ありがとう」
「ちょっと失敗気味で、苦いかも」
 が一口飲む。
 ……普通に飲んでいるじゃないかと思ったが、雷電が口を付けると、なるほど、確かに少々苦味が。
 飲めなくはないし、これぐらいの濃さが丁度いいという人もいるだろうが、雷電とには、少々苦いと感じるレベル。
「作り直すのも勿体無かったから。…ごめんね」
 えへへと笑うに、大丈夫だと手で合図する。
 かた、と音を立てて、二つのカップがトレーに置かれる。
 中身は既に、二人の胃袋の中だ。
 特に何を考えたでもなく、二人はたわいのない雑談を交わしていた。
 二人とも、背もたれのないイスに座っている。
「スネークとオタコンは…どうした?」
「あれ、雷電知らなかったんだっけ?」
 朝からずっと姿が見えないとは思っていたと告げる。
「うーん、部屋にこもってたから、気づかなかったのかな。ほら、タンカー事件の時に、ステルスがイカれちゃったから、直すのに部品買いに出かけてるの」
「ああ、そういえばそんな事言ってたな」
 ――という事は、今、この家には――自分との二人きりなわけだ。
 それを考えた瞬間、雷電の理性が、小さく揺らいだ。

「雷電?」
「あ、ああ、いや…」
「変なの」
 いきなり無言になった雷電をいぶかしみ、が覗き込む。
 ………厳しい。

 はトレーをキッチンに置いてくると、すぐさま部屋に戻ってきた。
「…ねえ、雷電。なんでローズさんと別れちゃったかな」
「………気になるの、か?」
「当ったり前でしょ、あんな美人さんを振る理由、知りたいもん」
 ………そっちか。
 難しい話だ。
 自分だって、よく分からない。
 どうして別れたかという理由が、漠然としている。
 ローズには、実に失礼な事かもしれないが。
「……会ったんだ」
「は?」
 いきなりで意味不明だというような、とぼけた声を出す彼女に、
 雷電は小さく笑いながら、話を続ける。
「笑顔に、俺がなくした何かが、ある気がした」
 ローズにはなく、にあった、それ。
 笑顔に宿った、彼女の温かさ。
 自分にない、人間味。
 それに強く惹かれた自分を、認識している。
「……ローズさんじゃなくて?」
、俺は、君と一緒にいたくて……ここに、いる」
「………」
 いきなりの告白に唖然とする
 どうしたものかと、色々考えているのか、表情が面白いほどにくるくる変わる。
 悩んでいたかと思うと、はっとした顔になり、また悩んだかと思えば、困ったように首をかしげる。
 見ているだけで楽しいとは、この事かもしれない。
 思わず噴き出してしまった雷電に気づき、はぶーっとむくれた。
「なによー!」
「い、いや…ははっ…!」
「……イジメだ」
 くるりと後ろを向いてしまうに、慌てて笑うのを止め、雷電は彼女を背中から抱きしめる。
 ――意図せずしてしまった行動だったが、体を離す事が出来ない。
 それどころか、雷電はより強く、の体を抱きしめた。
「ら、雷電?」
「………好きなんだ」
「……………で、でもローズさん…本当のローズさんを、見たんじゃないんだよね?」
「見たよ。今までと殆ど変わらない、彼女をね」
 命令されて、雷電を愛したローズ。
 いつしかその愛は本物に変わり――最後の時からここに来る間までの数週間、雷電は見ているはずなのだ。
 命令されていない、ローズを。
 それでも、彼はここに来た。
 その理由がもし自分にあるとしたら?
 は――なんとなく罪悪感を感じてしまう。
 平たく言えば、横取りしたみたいで、気持ち悪い。
は、俺を…どう思う?」
「どうって…嫌いじゃないけど、でも、それとこれとは…」
 は酷くうろたえた。
 好きなのだ、確かに、彼を。
 でも……何かが狂っているとしたら――?
 雷電が自分を好きだというのが、一時的なものだとしたら?
 答えてしまったら、取り返しがつかなくなるかもしれない。
 それは、彼女にとって恐怖でもあった。
「な、なんで私?」
 抱きしめられたまま、ドギマギしつつ、なんとか声を絞り出す。
 雷電の腕の力は緩む事もなく、彼女を腕の中に収め続けてる。
「……例えば、が――ローズだったら、どうしてた?」
「…どうしてたって…言ってる意味が分からないよ」
「ローズと同じように俺に近寄って、彼女になれって命令を受けていたら、どうした?」
 ……命令を受けていたら?
 そんなの、決まってる。
「私は……ローズさんじゃないし、彼女と同じ状況じゃないもの。今の私が、そっくりそのままだったら…そうだね、うん」
「……?」

「命令無視」

 やはり、と雷電は苦笑いした。
 彼女は、多分殺されても――自分の信念に反する事はすまい。
 かといって、雷電はローズを非難している訳でも、嫌いな訳でもない。
 ただ……多分、の光に負けてしまったのだろう。
 もしかしたら、誰かを焼き尽くすかもしれないほどの強い力を秘めた視線――信念、強さ。
 雷電は、を想う力が、ローズを愛する力を凌駕したのを知った。
 だから……別れた。
 勝手かも知れないし、この想いが成就するとも限らない。
 けれど……不安だけれど、それが、本当にその人を好きだという気持ちの証のような気がして。

「雷電ー? ジャーック?」
 ぱたぱたと手を振られ、雷電ははっとした。
 が、どうかしたの? と可愛らしく小首を傾げている。
 …………。
 家に誰もいないのが、こんなに厳しいものだとは、思わなかった。
 そして、幸いだと思うもの。
、告白の返事、欲しい」
「う、あぅ…えぇと……雷電…あの、ね?」
「………ダメか?」
 ダメって事じゃないんだけど…と、小さく小さく声を発しながら、雷電の腕の中でむずむずと動く彼女に、何かがブツッと切れた。
 雷電自身、今自分がなにをしているのか、状況を把握するのに、暫く時間を要した。
 に至っては、展開の速さと驚きの余り、目を丸くしたり、瞬かせているだけ。

 雷電はを上向かせ、己の口唇と、彼女のそれを触れ合わせていた。

「んぅ…っん!! っは…ら、らいで…」
「………」
 一旦口唇を離すものの、どうにも理性の枷を飛び越えてしまった雷電は、そのまま当たり前の流れのように、再度口唇を奪う。
 背もたれのないイスなだけに、事は容易だった。
 元々キスというものに、対した面識も抵抗力もないは、直ぐに酸素を求めて呻き出す。
 後ろにいる彼の服の裾を、何とかぎゅっと掴んで、苦しい、と引っ張ったが、彼はそれを無視しているのか、はたまた気づかないのか、何度もキスを繰り返す。
「ちょ、ま……や…っん…」
 次第に気分がエスカレートしてきた雷電は、彼女の否定の言葉すら心地よく感じ、の服の下から、直に胸をまさぐり始めた。
 雷電の指が肌に触れるたび、驚いたように体がひくつく。
「んぅぅ……」
…好きだ…」
「雷電…わ、たし…待ってって…お願い…」
 キスを止め、視線を落とした雷電と同じように、も己の服の中にある、彼の手に意識を向けた。
 激しく止めるというより、腕を添えて、出来ればやめて欲しい、という彼女の態度では、というてい雷電の暴走を止める事は出来ない。
「………可愛いよ、凄く」
「ば、ばか…!」
 人の良い微笑みをそのままに、雷電はを後ろから襲っている。
 好きな人の、この行動を無碍にも出来ず、彼女は困りながらも、彼の愛情に飲み込まれそうになっていた。
 下着を外され、胸の辺りがスースーする。
「や、ねえ、ホント、待ってよ」
「……スネークたちが帰ってくるだろ?」
「そ、それは、そうだ、けど…んぅっ…」
 首筋に吸い付かれ、これはもう自分の負けだと確信した―――時。
 覚えのあるコール音が、雷電とに響いた。
 体内通信、である。


≪……雷電、それ以上手を出したら、帰った時どうなるか、分かるな?≫
≪≪す、スネーク………≫≫
 が少しホッとしたように、雷電はぞっとしたように、その人の名前口にした。
 オタコンが、今までずっと、体内通信での――ひいては雷電の行動を、監視というか、見ていたのだろう。
 明らかに危険区域に入った雷電に、バースト通信で警告を与えるなんて…。
 だが、助かったと思うがいるのも事実。
、もう少しで帰るから、その男に手出しをさせるなよ≫
≪あ、あはは〜≫
 言うだけ言って、ぶつん、と回線が切れた。
 ………。

 その後、雷電はから正式に告白の返事を受け取り、晴れて彼氏彼女の関係になったのだが、一線を越えるまでには、容易ではない苦労をしたという。




長らくお待たせいたしました、SARAH様からの97000リク、
雷電夢、裏かまたは裏一歩手前、のお話でございました。
……な、なんかお待たせしたのにこの体たらく…スミマセンーーー;;
今後とも、どうぞよろしくお願いいたしますです(平伏)

2003・1・8

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