豪勢に装飾されたイルミネーションが街を彩り、家族連れや恋人たちが行き交うクリスマス。
どこも店先ではクリスマスソングが流れ、サンタに扮した店員がケーキを売っている。
彼女は、スーツに身を固め、一人は颯爽とその人混みを掻き分けながら仕事場へと向かっていた。



「御剣くんが、殺人容疑で逮捕された…?」

仕事場に着くなり騒々しいまでに飛び込んで来た、警視庁所轄課の糸鋸刑事。
その場にいた全員が何事かと彼の姿を確認すれば開口一番が天才検事の逮捕だった。
幼馴染みの、あまりにも信じ難い。しかし揺るぎない現実で。
目の前が――――――真っ白になった。




『 わずかな絆 』




司法監察医・の元へやって来たのは、紛れもなく生命活動を停止した人間だった。
運ばれてきた遺体は警察の情報によると、身元不明。今回の殺人事件の被害者だという。
外傷は見たところ拳銃で心臓を撃ち込まれたのみのようだ。
即死、その可能性は極めて高いだろう。

「……………」

何気なく、そっと目の前の身体に手を触れてみた。
そこには体温はなく、酷く冷たくて生身の柔らかみなどどこにも感じられない。
は目を細めて、そして目を伏せた。

「どうした、。珍しいな。お前が仏さんに挨拶せずに触れるなんて」

は、と我に返ると、チームチーフの黒川が眉を顰めて心配気にを見ていた。
他の同僚たちも、珍しいの行動に目を丸くしている。

「あ、いえ。なんでも、ないです」

明らかに歯切れの悪い返答をしていると自分でも思ったが、何もなかったように目の前の遺体に手を合わせた。
その様子に同僚たちは顔を見合わせたが、彼女も口を開くつもりはないのだろう。
諦めて皆、手を合わせた。

いわゆる遺体に対しての礼儀。
亡くなってしまった遺体を、何が原因でだとか何時頃にだとか、死亡の原因を探るために解剖するのだ。
殺された上に、さらに身体にメスを入れられていく。被害者の“最後の声”を聞くために。
その、せめてもの礼儀だ。

顔をゆっくりと上げて、はもう一度遺体の顔を見た。
そして、つい先程のことを思い出す。




「なんで、御剣くんが…っ」
「わからねッス…。目撃者がいて、それで連行されていったみたいッス」

特徴的な喋り方をする刑事の話を聞きながら、震えが止まらなかった。
抑えても抑えても、握り締める拳は震えるばかりで。

なぜ、彼が人を殺めることなど。
人違いではないのか。

そんなことが頭を駆け巡っては思考を打ち消していく。
何か考えようとすればするほど、何も、考えられない。

「とりあえず、現場は自分が指揮を取ってるッス」
「裁判はいつなんですか」
「…明日ッス」
「あ、明日って、弁護士は!?」
「それが…」

罰が悪そうに、がくりと肩を落とす。
何でも彼のあまりにも有名すぎる人物を弁護して、負けることがあっては汚点と考える弁護士が多いのだという。

なんていうことだ。
弁護士は疑われるものの味方ではないのか。
自分の名声の保持のために一人の人間を見放すというのか。

はあまりにも無情な現実を信じられなかった。
自分の知る弁護士には、一人もそんな人物はいないのに。
悔しさのあまりに握り締めていた拳にさらに力がこもる。

「そうだ、彼は?彼なら、」
「…自分もそのつもりッス」

もう一人の幼馴染みであり、弁護士であるあの人ならばあるいは。
しかし彼が、御剣自身が受け入れるだろうか。人一倍プライドの高い、御剣が。

「自分はこれから現場に行くッス。解剖記録、お願いするッス」
「ああ、任せなさい。イトノコ君、現場頼むよ」
「もちろんッス!」

黒川の言葉に意気込んで、糸鋸が帰って行ったあとは静かなもので。
むしろ沈黙が重いとさえ、その場にいた誰もが思った。









「イトノコさん!!」

憂鬱な捜査会議が終わり、慌しい刑事課の中。
あまりにもこの場に似つかわしくない風貌の人間が二人いた。
一人は深い青いスーツに身を包み、まるで剣山を思わせるかのような髪型の青年。
もう一人は、首から勾玉のようなものを下げ、どう見ても怪しげな装束の少女だった。

「龍一くん…真宵ちゃん…」
「あ、アンタたち、来たッスね!」
「終わったんですか、捜査会議」
「終わったッス…」

青年の方は、の幼馴染みで弁護士の成歩堂龍一。
弁護士といっても、彼は過去に3回しか法廷を経験していない新米そのものだ。
反して彼の凄まじいまでのツッコミは、法曹界にその名を轟かせはじめている。

彼は、御剣に会ったのだろうか。

はふと思う。
彼もまた御剣の幼馴染みだ。
少しばかりお互いの立場から敵対、とまではいかないがライバル視している気があるが、幼馴染みには変わらない。
彼が味方についてくれれば心強い。
そう思った。

新米に何を言うか、というのは否めないが。

ちゃん?大丈夫?」
「え、あ、ああ、うん。大丈夫よ、真宵ちゃん」

ぼんやりとしたままのを心配して、少女―――綾里真宵は彼女の顔を覗きこんだ。
は慌てて首を横に振る。
安心したのか真宵は、よかった、と言ってにっこり笑った。

彼女は成歩堂の師匠である綾里千尋の妹であり、事務所の手伝いをしているという。
その師匠の千尋は、先日の事件に巻き込まれてこの世を去ったのだが。
も幾度か面識があったため、彼女の人柄も弁護士としての腕も知っている。
それだけに、その事実を耳にしたときは信じ難かった。
しかし、彼女が営んでいた“綾里法律事務所”から“成歩堂法律事務所”に名前が変わったことも、法廷で成歩堂の隣にその姿が無いことを思えば現実でしかない。

「じゃあ、そろそろ自分は行くッス」
「ありがとう、イトノコさん」

引き続き捜査に行くと、糸鋸は刑事課の外へと行ってしまった。
自分の仕事は、被害者の“最後の声”を聞くこと。それだけでしかない。
しかし、自分も動いていないと何か落ち着かない。

「そういえば。その、御剣と会った?」
「…会ってないけど。どうして?」
「いや、なんとなく」

「そういう龍一くんは?」
「…会ったよ」
「すっごく不機嫌でしたよ、御剣検事!」

殺人容疑で捕まって、刑務所に入れられれば誰であってもご機嫌というわけにはいかないだろう。

「…“この事件に関わらないで欲しい”って言われたよ」
「え、」
「“君達に助けて欲しくない”とも、ね」

形のいい眉を酷く歪ませて、嗤った。
どんな答えが返ってくるかなど解っていた。解っていたが、それでも。

「でも、明日なんでしょ?裁判」
「そう聞いてるよ」
「どの弁護士も拒否してるんでしょ?」
「そうなんだよ!…ひどいよね」

怒ったり落ち込んでみたり、相変わらず表情がよく変わる子だとこの状況で冷静に思えてしまう自分に嫌気が差した。
何も出来ない自分がもどかしくて、無力だ。

「あいつがなんと言おうと、ぼくがやってやるさ」
「龍一くん…」
「じゃあ、ぼくたちも捜査に行くから。も何か情報掴んだら教えてくれ」
「う、うん」

振り返り帰ろうとした成歩堂は、突然後ろにかかった重みに思わずつんのめった。
負荷がかかった方を見ると、彼のスーツの裾を掴んで俯いているがいて。

「どうかした?」

はなかなか口を開こうとしなかった。
成歩堂の顔を見つめたまま、その目にはどんどん水が溢れてくるばかりで。
慌しく廊下を走っていく刑事の姿がなくなったあと、やがて重たい口が動いた。
か細い声で。搾り出すかのように。

「助けて」

誰を、とは問わなかった。
成歩堂には彼女が誰のことを思っているのかよく理解しているから。
の頭にぽんと手を置いて、優しく笑む。
するりと手を離し、真宵を連れて歩いていく背中をは見つめていた。


彼は御剣を助けるために進もうとしている。
それなのに自分ときたらどうだ。
本人に会いにいく勇気もなく、助けを求めて。

成歩堂でさえ拒絶されたのであれば、自分はさらに酷く拒絶されるだろう。
それが、怖い。
自分は彼の目を真っ直ぐ見て何か言えることなど、できるだろうか。


はきつく唇を噛み締めた。
ぎりぎりと加減を知らないままに、次第に口の中に鉄の味が染みてくる。
ふと顔をあげた彼女の瞳には確かな光が籠もっていた。

彼が、成歩堂や自分に助けを求めてなくても、それでもいい。
少しでもいい。彼の力になりたい。

「たとえわたし達の絆がわずかなものだとしても」

成歩堂や自分にとって、大切な友人には変わりないのだから。
いや、にとってはそれ以上の。


成歩堂から御剣の弁護を正式に担当すると連絡が入ったのは、その数時間後だった。
悩んでいる暇はない。
惚れた腫れた以前の問題だ。
自分になにかできるなら走るしかない。

電話を切ったあと、は鞄と上着を乱雑に掴み、警察署へと向かっていった―――。





2007/06/01/FRI
written by chiaki

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※実は私(水音)は、千愛さまので初めて御剣夢を読みました。なんかすごい感動した覚えがあります。


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