あおいひと 2




「兄ィー、はい、リッチミルク」
「ん」
 片手でキーボードを扱いながら、もう片方の手で私が渡したそれを受け取る兄。
 視線をモニタに固定したまま、彼はダッツの口を開ける。
 途端、今までそこで旋律を奏でていた男が、

『あっ、マスター! ズルイです!!』

 叫んだ。
 私は兄の後ろからモニタを覗き込みつつ、もうひとつ持っていたアイスを、彼――カイトに見えるようにしてやる。
「これ、カイトの」
『今行きます! いいですよねマスター』
「おう。休憩だ」
 ぱぁっと明るい顔になったカイトが、画面上からふつりと消える。
 ぢり、と軽い電子音がして、私の背後から手が伸びてきた。
「わ」
 驚きダッツを持つ手を引っ込めると、肩を支える力強い手が。
「すみません、驚かせてしまいましたか」
「アイス好きは分かるけど、突貫はして来ないで欲しいなあ」
 言いながらダッツを渡す。
 カイトは満面の笑みでそれを受け取り、蓋を開けた。



「あれ……はアイス、食べないんですか?」
「うん」
 カイトが来てから、少々甘いものを摂りすぎている。
 無理して食べるものでもないので、今回は遠慮しただけの話だったのけれど。
「ダイエットですか?」
「……いや、違うけど。例えそうだとしても、聞くのはどうかと思うよ?」
「す、すみません。でも……はそんな事する必要ないですよね。今のままでとても可愛らしいですから」
 …………うんわぁ。
 自然、頬が赤くなる己を自覚して、私は俯いて額に手をやる。
 分かってるんだよ、カイトくん。君に他意はない!
「あー……ありがとう。でも『マスターの妹』だからって、お世辞は」
「お世辞じゃないです。俺、本当に可愛いと……あでっ!」
 べちんという音がして、カイトの声が止まった。
 何事かと顔を上げる。どうやら兄が彼の頭を引っぱたいたらしい。
 兄は口に挟んでいたスプーンを、空っぽになったダッツの器に放ると、にんまり笑う。
「おいおいカイト、兄様の前で妹を口説くのは得策じゃないな」
「口説……っ、そ、そんなつもりは……」
「つーかお前、恋愛感情的なモンって付随してんのかね」
 何気ない兄の言葉。
 私は軽く首を傾げる。
「よく、『マスター、俺、好きです!』って言ってないっけ」
「言うが、『この歌が』とかが挟まるぞ。オレに対して言ってるわけじゃねーし」
「でもでも、カイトは兄ィが好きだよね」
 これには、当人から声が上がった。
「好きですよ。だってマスターですから!」
「感情までプログラムしているとは思えんが、ソフトウェアの性質として元々あるもんなのかね。カイトみたいに現実に出てきたら、皆そうなるのかも知れねーし」
「ノー○ン先生とかも具現化したら、使用者愛! になるのかもねえ」
 こうして会話していると忘れがちだが、カイトは人の手が生み出したものだ。
 兄が買ってきたDTMソフト。
 パソコンから現れて、生身の人間とまるで変わらない存在ではあるけれど、基本的にはソフトウェア。
 たいていはこうして表に出ているが、歌の調整をする時にはパソコンに戻る。
 現れたり消えたりすることに、最初こそ慣れなかったものの、今では日常風景として処理してしまっている。
 表に出ている時は、彼は人間そのものだ。
 思考感覚は少し違うようだけど――例えばカイトは、マスターである兄の指示に逆らうことなどない。
 文句を言いながらも、最終的にはきちんと従う。
 反抗しきったところを、私は見たことがない。
 そこを除けば、触れる体に温もりはあるし、物も食べるし、服も着替えられるし、風呂にも入るので、まんま人間。
「ああ、髪色が若干違いますかね」
?」
 ぽつりと零れた言葉にカイトが反応し、首を傾げる。
「あ、うん、こっちの話。えっと、なんの話だっけ」
「カイトがお前を手篭めにしようとしてるっつー話」
「ちょ、マスター! 変なこと言わないで下さいっ!!」
「まあ今のは冗談だが」
 兄はわずかに言葉を挟み、カイトを上から下まで見やると口端を上げる。
「実際お前みたいな、無駄に爽やかな奴って、オレの中じゃあれだから、ほら」
「兄ィ……あれとかほらとかじゃ意味わかんない」
「うむ。つまり……腹黒っつーか、天然の皮をかぶった野獣っつーか、暴走しだしたら一番怖いタイプっつーか?」
 ヒドい偏見ではないのだろうか、それ。
「カイト、気にしなくていいよ。兄ィは適当に……カイト?」
 フォローしようと声をかけるつもりで彼を見たら、どうしてかカイトは難しい顔をしていた。
「……さすがマスターですね、鋭い」
 へえ。当たってるんだ。
 …………ん?
「てことは……」
「なんです、?」
 激しくいい笑顔で微笑まれ、私は口をつぐんで兄を見やる。
 兄はただ首を振った。
 なにも聞いてやるな、ということらしい。
 ――うん、そうだね。世の中には突っ込みを入れないほうがいいことも、きっと多いよね!!




2009・7・18
何も考えないで書いたその2。…コレは酷い。
確か、カイトはマスターの妹がお気に入りですよってことを書きたかった…はず。
兄の名前とか考えてないですが、まあ…続くようなら追々