あおいひと



 ソファに腰掛け、あらぬ方向を向きながら、傍らにある男に声をかける。
「……あの、カイト、さん」
「はい」
「こうもじーっと見つめられていると、非常に食べ辛い……のですけど」
 お気になさらずなんて、妙に爽やかな、けれどもどこか焦れを感じさせる声色が戻ってくる。
「美味しそうですね、さん」
「いや、美味しいけど、確かきみも同じものを食べたはずだよね、うん。兄ィは自分の含めて3つ買ってきたもんね」
「はい。とても美味しかったです」
 分かっているよカイトくん。
 君はもっと食べたいんだろう?
 だがこれは私のだ!!
 は間近にあるカイトの視線を避けるように、少々身体を横向ける。
 それを追うように、彼もまた位置をかえるから無意味だった。
 彼の視線は、の持っているアイスに固定されている。
 兄が買ってきたハーゲンなダッツ。しかもドルチェ。
 この青い髪の男は、己の分を消化したにも関わらず、人のものにまで手を出そうとしている。
 無類のアイス好きなのも分かるが、こいつはちょいと鬱陶しい。
「……あのねカイト」
「すみません、お邪魔ですよね。分かってます」
「うん……もういいです、分かった」
 文句を言ってやろうと口を開いたはずなのに、存外しおらしくされて毒気が吹っ飛んだ。
 眉をこれでもかと下げた情けない顔を、真正面から見てしまったからかも知れない。
 は食べかけのそれをカイトに渡し、小さく息を吐いた。
「私の半端なのでよけりゃ、どうぞ」
「い、いいんですか?」
 己がそう追い込んだくせに、驚いたみたいに目を瞬くカイト。
 は頷く。
「……ま、そのうちまた兄ィが買ってくるだろうし」
 なにしろ我が家の長兄は、アイスといえばダッツ、みたいな輩だ。ブルジョワめ。恩恵に与っている身としては、いいぞもっとやれ的な話であるが。
「ありがとうございます!」
 カイトは物凄く嬉しそうな顔で、アイスをひと掬いし、口に運んだ。
 こうやって見ていると、彼が人間でないなどとはとても思えない。
 今でこそ彼という存在に慣れたが、数週間前、突然現れた彼を、最初はどう扱っていいのか分からず困って、挙動不審になったものだ。
「今日は兄ィと練習しないの?」
「はい。マスターは今、曲を作っているみたいで……まだ俺に歌わせる段階じゃないと」
「ふぅん」
 兄が買ってきたボーカロイドソフトのKAITO。
 起動と同時に現れたこの男を見て、兄も、その場にいたも暫く硬直した。
 どういう原理で、パソコンのシステムである彼がこの世に顕現したのかは、当人ですらよく分かっていない様子で。
 詳しい説明など誰もできず、人間の順応能力というものを最大限に使用した結果、ボーカロイドのカイトは、家族の一員になった。
 我が家は皆、物事を深く考えない――というか思い切りがいい。
 としては、無茶振りをする実の兄に加えて、もうひとり――優しい(時々黒い?)兄が増えたという程度の認識だ。兄と呼んだりはしないが。
「……そういえばカイトさあ、なんで私のことさん付けなの」
「え、だってマスターの妹さんですし」
 繋がりが不明な納得の仕方だ。
 不敬をしてはいけないという認識なのだろうか。
「一緒に住んでてさん付けは……いい加減止めようよ。ね?」
 カイトはもう一口アイスを口に運ぶと、何故だか丸呑みしたように見えた。
 いつもは舌の上で存分にころがしている風なのに。
「カイト?」
「……え、っと、その……分かりました……!」
「うん。はい、どうぞ、言ってみて」
「っ……………!」
 よく出来ましたとぱちぱち手を叩けば、彼は大きく息を吐いて俯いてしまって。
 ――バカにされたとか感じたのかな?
 ひょいと顔を覗き込めば、頬に朱が混じっていて。
 ああ、照れてるんだなあ。
「カイトって、かわいーね」
「それはっ、男に言うもんじゃないと……!!」
「あはは、ごめんね」
 カイトは小さく頬を膨らませ、溶けてきたアイスをまた掬った。





2009・7・12

…なぜこうなった。
空き時間に携帯でカイト夢を見て、なんとなく書いてみた代物です。
本当に何も考えておらず、勢いだけなので全く中身がない……いわゆる自己満足ですな。文章の基本すらどこかへ置いてきた感じで…。
カイトはヘタレでアイス好きらしい、ぐらいの悲しい知識で書き散らしたものなので、ご容赦下さい。