砂漠 極端に熱いのも、極端に寒いのも苦手だけれど、目的地が砂漠の向こうにあると言われたら、行くしかない。 は己の吐く息すら鬱陶しく感じながら、風で舞い上がった砂を避けようと服の袖で口元を覆った。 隣を歩くリタが、視界いっぱいに広がっている黄色い世界に溜息をつく。 「……砂ばっかり」 「砂漠ですしね」 「あんた、その上着脱がないで熱くないわけ? おっさんもそうだけど……」 リタはの羽織を示しながら言う。 ああ、とは裾をちょいと摘んで持ち上げた。 「熱いんだけど、脱ぐと多分もっと熱いかなって。直射日光が当たると、肌が痛いですし。もっと薄いものならよかったのですけど」 以前、父親と一緒になって砂漠を旅した時は、長丁場になることが分かっていたから、執拗に準備を整えて行ったものだ。 そこで学んだ。砂漠の直射日光は、まさに『焼ける』水準のものだと。 このコゴール砂漠が同程度かと言われると不明だが、はなるべく己の感覚に従うようにしている。 周囲には常に細かな砂塵が舞っていて、口の中はじゃりつくし、髪はがちがちになるし、女の子には少し辛い環境だ。 常に水を気にしていなければならないし、死が寄り添っているような状況では、精神面的にもあまり良くない。 少し先を行くエステルを見れば、彼女は砂に足を取られてよろけ、ジュディスに助けてもらっていた。 それを見たリタが不安そうな顔をする。 「エステル、大丈夫かしらね。お姫様だし私たちよりずっと辛いはずだわ」 「日陰も全くないし……辛いでしょうね。リタも無理しないで下さい」 「……あんたはどうなのよ」 「私ですか」 は僅かに浮かんだ汗を、手の甲で拭った。 灼熱の世界にあって、汗など出る先から渇いていく。出なくなったら倒れてしまうから、こまめな水分補給が必要だ。 「辛いは辛いですが、皆と比べたら。旅が多かった分、慣れているかも」 「そういやアンタって旅慣れてるわよね」 「魔導器がないですから、火を熾すのも寝床を確保するのも、ぜんぶ独力ですし」 「どういう旅してたか聞いていい? 話してないと頭ふらついてくんのよ」 「あっ、おっさんも聞きたーい」 後ろからにゅっと手が伸びてきて、の肩に重みが加わる。 突然の行動に、は小さく呻いて砂で滑る足をしっかりと踏みしめ、歩を止めた。 「お兄さん、危うく倒れるところでしたよ」 「ちょっとおっさん、から離れなさいよ。暑苦しいでしょ」 少女二人からの批難めいた言葉もなんのその。 この炎天下の中、と同じく羽織を着たままのレイヴンは、苦言を受けてもにやにや笑うだけだ。 さすがに体力が落ちているため、彼に寄りかかられていると歩いていけない。 は肩に回されている彼の手をそっと外した。 レイヴンが傷ついたような瞳を向ける。 「ちゃん酷いっ、おっさんのこと嫌いになったのね」 「ごめんなさいお兄さん。冗談やってると死ぬんです。久しぶりの砂漠なので」 「……真面目に返されちゃった」 当たり前だとリタがレイヴンの顔を呆れたように見やる。 足を止めてしまったせいで、先を行くユーリたちも立ち止まっている。 とリタは焦って歩き始め、レイヴンもそれに倣う。 それに伴い、途中だった会話を再開した。 「えっと、どういう旅か、でしたっけ。基本的にはこちらと変わりありませんよ。ただ、寝ていて魔物が襲ってくる、なんてことがある程度でしょうか」 「テントみたいなもんはなかったわけ?」 訊ねるレイヴン。は首を振る。 「ありますけど使ってなかったですし、魔物避けの効果なんてないですよ」 だからは、こちらの世界の『ござ』とか『簡易テント』が魔物を避けの効果を持つと知って、かなり驚いた。 野宿の時は、雨風をしのげる場所で外套に包まって眠る、が基本でもあったし。 「荷物は手持ち出来るもの位ですし、食料は現地調達か非常食程度。水だけは常に確保してましたけど、食べ物が見つからない時とか空腹で倒れるかと思ったこともありますね」 なんでもないような口ぶりのに、レイヴンもリタも唖然としているようだった。 「一番辛かったのは、独り旅してる時の孤独でしょうか……だから今は旅仲間がたくさんいて、幸せです。現状は砂漠でかなりキツいですけど」 「おっさんもちゃんと一緒にいられて幸せー」 どこか間延びしていたレイヴンの声。 何に腹が立ったのか、リタが彼の背中を思い切り叩いた。 「あだっ!」 「なんでアンタみたいなのが、に好かれてるのか分かんないわ」 「リタ、気にしないで下さい。お兄さんに嫌われてないってだけで充分ですから、今は」 言うなり、すたすたと歩を早める。 その背中を見つめ、レイヴンはなんとも言えない表情を浮かべる。 リタはそんな彼に気づかず、深々と溜息を落とした。 「おっさんには勿体ないわ……」 「……ホントだよ」 2011・11・6 |