幽霊船



 霧の中に現れた朽ちた船。
 どこからどう見ても幽霊船であり、そんな船の中に入るなどぞっとする行為だが、こういう場合、何かを終えるまでは進めないと相場が決まっている。

「……怖がると思ったんだけどな」
 隣にいるユーリがぽつりと呟き、レイヴンは彼の言わんとするところを理解し、少し先を行くとジュディスの背中を見やる。
 幽霊船の中を探索するにあたり、ユーリが真っ先に選んだのはだった。
 次いでレイヴン。正直なところ、レイヴン当人はこんな背筋が薄ら寒くなるような場所に赴きたくはなかった。
 しかし、ユーリが『怖がるを俺が云々』のような怪しげな発言をするものだから。保護者としては行かざるを得ない。
 怖がる所を見てみたい、という理由で選抜されたらしいとジュディスだが、彼女たちにそんな素振りは微塵もなかった。
 どことなく肌寒さを感じる。
 周囲が霧に覆われているせいか、それとも朽ちかけた船の木材のせいか。
 空気が湿っていて、身体が少しだけ重たくなっている気になり、レイヴンは軽く肩を回した。
「ジュディはともかく、はちょっと意外だったな」
「そーねえ。きゃあコワーイって、おっさんに抱きついてきてくれりゃ良かったのに」
「実際されたら焦るんじゃねえの?」
「いやいや、そんなことは」
 ユーリがにやりと笑う。
 明かりが見当たらない、薄暗く蒼い空間の中にあって、ユーリの顔が視認出来るのは不思議だった。
「どうだか。この間、戦闘終わった時、『胸に飛び込んでおいで!』なんてエステルにやってるのと同じ事やって、おっさんは――」
「いっ、いやいや、あれはね、仕方ないと思うのよ!?」
 飛び込んで来る、ならまだよかったかも知れない。
 そんな冗談染みた勢いなどなく、はレイヴンの傍に寄るなり、羽織の裾を掴んで額を彼の胸にこつんと――。
「……上目遣いで『お兄さん』とか、ほんと止めて欲しかったわ。破壊力が凄すぎて、おっさん固まっちゃったわよ」
「確かにな。あれを俺がやられたらって考えると……美味しいなあおっさんの立場。交換してくれよ」
「やーよ。おっさんは、ちゃんの保護者として、妙な虫が付かないようにー」
「ひゃぁ!!」
「っ、!」
 小さな悲鳴が聞こえた途端、レイヴンは会話をぶった切った。
 素早く少女の傍へ寄ると、どうやら床板を踏み抜いてしまったらしい彼女に手を貸し引き上げる。
 ジュディスが床に座るよう指示し、彼女の足を見た。
「怪我はないようね。よかったわ」
「ありがとうジュディス。お兄さんも」
「ん。気をつけなきゃ駄目よ、ちゃん。薄暗くって、目が効かないんだからね」
 頷く彼女の横を、今度はレイヴンが位置取って歩き始めた。
 ユーリは呆れたように息を吐く。
「マジで父親代わりだよな」
「あら、そうかしら?」
 並んで歩くジュディスが、訳知りのような声を上げた。
「おじさまの様子は、父親にしては行きすぎな気がするけど?」
「……父親ってことにしといてやれって。当人が気づいてるんだか気付いてねえんだか微妙だし」
「温かく見守る段階ってとこなのかしらね。ところで貴方はこういう雰囲気、平気なのね」
 鏡にしか映らならい見えない魔物がいたり、魂だけの何かが浮いていそうな場所は、当然ユーリも好きではない。
 かといって怖がって動けなくなるようなこともない。
「俺としちゃ、ジュディとの怖がらなさに驚きだぜ」
「わたしはともかく、は我慢の結果、そう見えてるみたいよ」
 ユーリは意外に思い、件の少女を見る。
 彼女はレイヴンの服の裾を、申し訳程度に握っていた。
 ジュディスがくすりと笑う。
「おじさまに迷惑かけたくないんだそうよ。わたしと話をしていて、時折声が震えていたから、やっぱり怖かったんだと思うわ」
「……おっさん愛されてんな」
「ふふ。可愛いわよね。想い人のために頑張る女の子」
「相手がおっさんってのが気に食わないけどな」



2011・9・27
 何が書きたいんだかよくわからなくなってしまった。