カプワトリム 「全く……なんでちゃんまで、青年たちと一緒になって行動してるのよ」 「なんか、成り行きでこうなってしまいまして」 軽くうな垂れる。レイヴンはため息を吐いた。 雑務で少しばかり距離を置いている間に、勝手に事が進んでいた。 どこへ行ったのかと思ったら、ちゃっかりユーリ達の中に紛れ込んでいる少女を発見して、盛大に肩の力が抜けたレイヴンである。 ベッドに寝転び、レイヴンはもうひとつため息をつく。 は窓際に寄り、表の景色を眺めていた。 彼女の緑には、カプワ・トリム港らしい風景――停泊中の船と、夜の海が見えているはずだ。 「ドンがちゃんに会いたがってたけど、これじゃあ暫く無理だわな。任務もあるし」 「レイヴンの任務――エステルの監視と、それからノードポリカの首領に手紙を届けるっていう?」 「そそ。なんでドンが会いたがったのかは分からんが、お前さんを独りでダングレストに戻すってのは、俺様としちゃやらしたくないしねえ」 よっと声を上げつつ、起き上がるレイヴン。 「かといって、ダングレストを襲ったフェローってのを探しに、コゴール砂漠へ、って選択肢も微妙なんだがなあ……」 「リタが砂漠は危ないって言うけど、まあ確かにそのとおりですよね」 窓側から離れ、は自分のベッドに腰掛けると羽織を脱いだ。 七分袖程度の割とぴったりした服で、身体の線がそれなりに見える。 華奢かと思いきや、意外としっかりした身体だった。適度に筋肉がついているのだろう。 ユーリに戦いぶりを聞いていたが、武醒魔導器なしでしている動きだとはとても思えなかったらしい。 女の子の身体をじろじろ見るなんてと、リタ辺りが同室なら魔術のひとつも喰らいそうだが、幸いにして彼女はここにいない。 幼少時を知っているだけに、成長振りには色々な意味で複雑だ。 「ちゃんは砂漠とか行った事あるの?」 「ええ、まあ。以前、父に連れられて行きましたが、死にそうでしたね」 砂の微粒子で呼吸困難になったりとか、水が底をつきそうになったりとか、盗賊や魔物に襲われたりとか。 恐ろしげなことを指折り数えつつ言う。 「お、お宅の父上は何を考えてるんだ」 「愛情ゆえの厳しさっていうヤツですよ。普段は優しすぎる位ですし」 「聞いた話の中では、優しさは想像つかないわ」 軽く伸びをし、レイヴンは今まで来ていた羽織を脱いだ。 布一枚であっても、身軽になることにいささか抵抗を感じる。 己の身体が持つ秘密への防壁だという認識があるからだろう。 隣のベッドで荷物の整理をしている少女を見やり、レイヴンは後頭部を掻いた。 「ちゃんは、これからずっと青年たちについて行くつもり?」 「どちらかといえば、お兄さんに付いて行くって方向なんですけど……」 「俺、ねえ」 彼女の存在は任務に当たるレイヴンにとって悩みの種だ。 理解していながらも、彼女の傍にあろうとしている己を少なからず認識している。 再会してからこちら、気になって仕方がないのは事実だ。 好いた惚れたではなく、庇護者としてのものの考え方に依っていると思う。 とはいえ、立場が複雑すぎる自分では、の父親代わりなどとても無理そうではあるけれど。 彼女は庇護など求めていないし。 「迷惑は承知してます。だから突然お兄さんがいなくなっても、たぶん文句は言いません」 「たぶんって」 「私が鬱陶しくて、お兄さんが本気で心の底から邪魔だと言うなら、離れます」 「……物分かり良すぎんじゃねえの?」 「違いますよ。自分のためです。『嫌い』が本心から出てる言葉だとしたら、改善は容易じゃないでしょう? それ以上傷つきたくないってい逃げですよ」 あっさり言うだったが、笑みの中に切なげな雰囲気がある。 ――あーもう、そんな顔してくれるなっての。こっちが切なくなるでしょうよ。 「ちゃん。おっさんと一緒に居ると、大将の元に連行されるかも知れんよ」 「大将っていうと……」 「ダングレストを出る前、顔見たんじゃない? 昔、『ぎらぎらしてる』って言ってた」 それで気付いたのか、彼女は両手をぱんと叩く。 「ああ! 騎士団――とと、失礼しました」 自然と大きくなってしまったであろう声を、彼女は慌てて小さくした。 レイヴンの立場をかんがみての事だろう。万が一にも露見してはいけない。 特に壁が薄い宿ではないが、隣の部屋にいる仲間たちに内容が伝われば、レイヴンがどんな目に遭うか分かったものではないからだ。 「団長さんですね」 「うん。大将さ、ちゃんがこっちに戻ってきてるって知って、なんか妙に気にしてたから……」 「出来れば会いたくないですねー」 満面の笑みでそんな事を言う少女。 「なんで?」 「いえ、確かに恩はありますから失礼はしたくないんですけど。昔よりぎらぎら度が上がってて、近づいたら何されるか分からない感じが――あ、ごめんなさい。お兄さんの上司なのに」 「いや……うん、そうだな」 何をされるか分からない。 既に『何か』をされたレイヴンとしては、笑い話にならない気がした。 考えてみれば、はその存在の特異性に於いて、騎士団長アレクセイの興味を当初から十分すぎるほど惹いている。 差し出せと言われたら、きっと今の自分は抗えない。 彼女を思うなら、今すぐにでも本気で拒絶した方がいいだろうに、それもできない。 レイヴンは俯き、盛大な溜息をベッドに吐き付けた。 「いっそのこと、出会った記憶もぶっ飛んでりゃよかったのにな……」 「お兄さん?」 「ん、いーや、なんでも。さ、そろそろ寝ましょーかね。寝坊したら魔導少女が煩いわ」 まだ何かを言いたそうだったに背を向け、いそいそとベッドにもぐり込む。 「お休み、」 「あ……はい、お休みなさい」 戸惑った声も、無視する。 これ以上考えてはいけない気がした。 2010・4・16 |