(凛々の明星) 「、悪かったな。その……なんか無理やり引きずってきちまって」 隣に座っているユーリが、そんなことを言う。 夜の藍に薪の明りはどこか頼りないが、近場にいる人の表情は充分に把握できる。 はちらりとレイヴンがいるであろう街の方向を見返り、小さくため息をついて首を振った。 「ううん、流れに任せてついてきたのは私ですから」 レイヴンに身支度をしろと言われて買い物をした後のこと。ダングレストの出入り口である大橋でエステルを見送ろうと思っていた。 まさか巨大な生物が飛来してきて、頑健な橋が破壊されるだなんて思ってもいなかった。 気づいたらユーリに手を掴まれていて、訳が分からないうちに、買ったばかりの荷物を持って、彼らと一緒にダングレストから離れてしまっていた。 少なくともユーリの手を払ってその場に残ることは出来たのだから、現状が彼のせいだとは思わない。 折角逢えたレイヴンと、あっさり離れ離れ。 戻りたい気持ちはあるが、今戻ったら『騎士に犯罪者扱いされかねない』という理由で、ユーリに止められた。姫であるエステルを連れてきてしまっているからだ。 たとえただの同行者であったとしても、追っ手はそう見てくれはしないだろう。 来たばかりで、こちらの事をよく知らない自分よりも、現地人の彼らに従った方がいい。 あちこち旅をしてきた中での判断だった。 「うーん……なんかいい名前……」 カロルは先程から名前に関して悩んでいる。 は少し首を伸ばし、少年の顔を見た。 「考え込み過ぎても、いい案は出なかったりしますよ」 「ならなんてつける? ギルドの名前」 「私、ですか。いえ、文化的なものが違いすぎてさっぱり出てきません……」 一瞬、シュトルテハイムという名前が浮かぶ。父の偽名を披露してどうするつもりだと自分に突っ込みを入れる。 ダングレストを出る時にユーリとカロルが作ることにした、ギルドという組織。その命名に関し、カロルは悩んでいるのだった。 は腰にある水筒を取ると、水をひとくち飲む。 「ギルドというのは、少数でもできるものなんですね」 代表がカロル、その下にユーリ、とはつい先だってまで面識のなかったジュディス。 現在、彼らのギルドは代表含みで3名でしかない。 問いに対し、カロルは頷く。 「少数鋭精のギルドもあるし、問題はないんだ。も入る?」 「私はこちらに不慣れですよ。それに……正直なところ、私って不審者じゃないですか」 思ったことを素直に言っただけだったのに、ユーリもカロルも目を瞬くや吹き出した。 面白いことを言った覚えはなく、だから少しだけ眉をひそめる。 「はははっ! 悪ぃ。不審者には見えないから安心しろって」 「そうそう。が不審者なら、レイヴンは胡散臭いどころじゃすまないもんね」 「そんなもの、ですか」 確かにレイヴンとしての彼は胡散臭い、のかも知れない。 本来の彼との変化は、恐ろしい程であるとは思うけれど。 「ギルドの掟は絶対。ひとりはギルドのため、ギルドはひとりのため――ですか」 エステル曰く、義をもって事を成せ。不義には罰を。 真っ直ぐでいい掟だと思う。けれど。 「今はごめんなさい、です」 「そっかあ。でも、入りたくなったら言ってね。あ、それと一緒にいる間は、ギルドの掟にやっぱり従ってもらわなきゃならないけど……」 「はい、尊守します」 結局、ギルドの名前はエステル命名の『凛々の明星』になった。 カロルの命名『勇気りんりん胸いっぱい団』は、あえなく却下されてしまった。 2010・2・28 |