(よろしくお願いします)



 レイヴンが適当に作り上げた口裏あわせ。
 事前の打ち合わせもなにもしていないのに、彼女は彼の言葉や意図を理解し、自分なりに言葉付け加えた。
 別の世界から来て、以前レイヴンに助けられた。それなりに戦えて足手まといにはならない。恩を返したいので、一向に加えてくれ。
 おおよそそんな説明だったが、レイヴン――シュヴァーンとの出会いを匂わすものは全くない。
 は自身の出生になんら嘘をついていないので、奇妙に合わさった真実と虚構とが、いやに真実味を帯びて聞こえる。
 普段なら、警戒心というものを端から放り出している帝都ザーフィアスの姫君エステルはともかく、人当たりの厳しい魔導師リタなどは苦言を呈しそうなもの。
 けれどもレイヴンが思うような抵抗はなかった。
 リタはの持つ、魔導器の代わりをする『紋章』という力に興味を持ったのかも知れない。
 ユーリとカロルはがいきなり現れるのを見ていたためか、なんとなく事実を受け入れているようだった。
 もっとも、彼女に独特の魔術を使う様子を見せられては、誰もが嘘をついているとは言えないけれども。
 元々の人当たりのよさか、性格か。
 最初はどうなるものかと思っていたが、が一行と打ち解けるのは早く、あっという間に馴染んでしまっていた。


は旅をしたことがあるのか?」
 天を射る重星で食事を摂りながら、ユーリが隣にあるに訊ねる。
 彼女は口の中に含んでいたものを飲み込み、口を開いた。
「はい。両親と1年ぐらい。それと一人旅を……そうですね、少なくとも2年はやっていたかと」
 だから、皆さんの迷惑にならないようにはなれると思う。そう告げるに、カロルがシチューのスプーンを口にくわえて、へぇ、と声を上げた。
「なんか意外」
「そうですか?」
「うん。エステル程じゃないけど、お嬢さまっぽい雰囲気があるし」
 は軽く上向き、うーんと唸る。
「野宿だって平気でしますし、胡坐をかいて食事もしますし」
「そ、そうなの?」
「それこそ周りが男ばっかりな野郎所帯で、汗にまみれて生活したこともあるので、雰囲気だけじゃないですかね」
「ぶーっ!!」
 いきなり吹き出したのはレイヴンで、彼の向かい側に座っていたカロルは大声を上げて仰け反る。
 ユーリとリタは「汚い!」とあからさまに罵り、エステルは驚いて目を瞬いた。
 は咽るレイヴンの背中をやんわりと撫でてやる。
「お兄さん、どうかし」
ちゃん! お前さんなんてとこで生活してたのよ!」
「妙な所で生活したつもりは」
「野郎ばっかって、そんな飢えた獣の檻に放り込まれたような場所で生活とか、なに考えてるの!!」
 息まくレイヴン。仲間たちは唖然とする。
「お、おいレイヴン、一体どうしたんだよ」
「青年……いや、なんかちょっとね。おっさんの知らない所でちゃんが好奇の視線に晒されたかと思うと」
 己を心配しているらしいと気づいたは、レイヴンの裾をくいっと引いた。
 彼の碧い眼が彼女に向けられる。
「みんな、いい人たちでしたよ。確かに、たまに困った人もいましたが」
「困ったって、どういうことです?」
 レイヴンを捉えていたの目がエステルに向けられる。
 は続いて、ごく当たり前のように、
「お付き合いして下さい、的な」
 言った。
 レイヴンがぴしりと固まる。
 ユーリは口笛を吹き、カロルは何に対してか照れたように俯いた。
 リタは溜息を、逆にエステルは両手を組んで目をきらきらさせている。
「まあ、素敵です! お付き合いしたんです?」
「まさか。私の家名に吊られていることは一目瞭然でしたし、それに」
「お父さんは許しません!!」
 の言葉を遮り、レイヴンがテーブルを叩く。
 料理の載ったそれは少なからず揺れ、食器が互いにぶつかる音が鳴った。
「おっさんっ、危ねぇだろ!!」
 ユーリの批難声などどこ吹く風で、レイヴンはの両肩を掴むとがくがく揺らし始めた。
 はなにがなにやら分からずに、目の前の男を見るしかない。
「おにい、お兄さん? ちょっと、なにを」
のお婿さんは俺様が認めた奴じゃないと許さないわ! 告白してくるような不逞の輩がいたら、すぐ言いなさい。おっさんが見極めてあげるから!」
 目は真剣そのもの。
 二人の様子を傍らで見ている仲間は、同時に同じことを思った。

「父親だな」
「父親ですね」
「父親だね」
「……バカっぽい」

 その中にあってだけは、困ったように柳眉を下げていた。
「私、お兄さんが好きだって言ったと思うんだけどなあ……」



2010・2・12
ガスファロストの後ぐらいのつもり。話の時軸的な問題はさぱーっと無視して頂けるとありがたく……。