様。
 捩れた英語――というかローマ字で書かれた自分の名前。
 その封筒をぎりぎりと握り締め、は朝食のトーストを、それはそれは野性味溢れる動きでかじり切った。
 正面に座っていたハリーとロンは顔を引きつらせ、隣にいるハーマイオニーは目を瞬いていた。
「ど、どうしたのよ。お母様からの手紙でしょう?」
「この間送ったっていう、僕らの写真のお礼とかじゃないの?」
 相次いで訊ねてくるハーマイオニーとハリーに、は力なく頷く。
 そして俯いたまま、彼らに文面を見せた。
 内容を見たハリー達は、一瞬で顔色を変えた――青く。



先生、失礼します!




 にとって、母親の命令は絶対だ。
 家計を統べる我が家の最高権力者であり、その力は父親をも黙らせる。
 彼女にとって魔法界とは面白さの象徴であり、そこにある住人たちは憧れの対象でもある。
 そのため、娘が魔法使いだというのは、の母親にとって物凄く嬉しいことだった。
 ただ興味がありすぎてか、母親のエネルギーは時折暴走する。
 何かしらの切欠があるのだが、それはにとっては唐突かつ突拍子もない理由だったりするので、ほとんどの場合把握できない。
 とにかくその暴走した感情を手紙でもって娘にぶつける。
 悪いことに、たいていの場合、手紙には理不尽な命令が記されていて、はそれを実行しなくてはならない――余程の無茶振りでなければ。
 今回はその『無茶振り』の領域にある命令だ。
 けれども文面から伝わってくる母親の異常な興奮具合が、内容を放置しておくことをにさせなかった。
 文面の最後に記された、

『もし送ってくれなかったら、帰ってきた時に凄いことになるわよ』

 という、非常に曖昧な脅し文句のせいだ。
 母がこういう時は、本当に凄いことになる。経験上、逆らうべきでないと知っていた。
「……よし、行くぞ」
 男らしい呟きと共に、は杖を持つ手に力を込めて、正面にそり立つ扉をノックした。
 次いで、中から何がそんなに不満なのかというような、暗い声が戻り来る。
「失礼します」
 丁寧にお辞儀をし、は部屋――魔法薬学教授室に乗り込んだ。
 この部屋の主、セブルス・スネイプは、じろりとを睨み付けた。
 ――睨むなよぉ。好きで来たんじゃないんだよぉお……!
「ポッターの取り巻きがなんの用件かね、ミス・
 言葉と一緒に冷気が飛んでくる気さえするが、今のはそれどころではなかった。
「先生、ちょっとお願いが」
「何故に我輩がお前の願いを聞かねばならん」
「実はですね」
 彼がこちらの願いを聞くはずもないので、初っ端から無視だ。
 あからさまに気分を害したような表情を浮かべるスネイプを余所に、はとにかく話を続ける。
「髪を洗って服装を整えてびしっと立っている写真を撮らせて下さい」
 一息で言い切る。
 しん、とした静寂が耳に痛い。
 スネイプは何か汚らわしい物でも見たかのように、をねめつける。
「……なんの冗談かね」
「冗談ごとで私が先生の部屋に来るとお思いですか」
 先生の嫌いなグリフィンドールの生徒が!
 卓に手をつき、スネイプがそうするようにも負けじと目を合わせた。
 彼は鼻を鳴らすと、から視線を外す。
「御免こう……」
「いいですか、いいですか先生ッ、母の言葉に逆らうわけにはいかないんです、ええ、いきませんとも!」
 断りの言葉にかぶさるようにして、の叫びが放たれる。
 ばんっと机を叩いた衝撃で、机の上にあるフラスコが互いにぶつかり合って音を立てた。
「どうしてか知らないですが、母はスネイプ先生がお気に入りになったんです。指令を果たせずに帰宅しようものなら、私はそれはそれは恐ろしいことになるんですよ!!」
「我輩には関係のな」
「そうはいかんのです!」
 勢いでか感情の昂りでか、の口調はかなりおかしいことになっている。
 傍らに友人がいれば突っ込みのひとつでも入れるのだろうが、生憎とここに居るのはスネイプだ。
 そのスネイプも、の余りの様子にいつもの毒舌もなりを潜め気味――というか、なかなか指し挟む隙がない。
「お願いします」
「断る」
「ダメです」
「減点するぞ」
「それは常時なら充分な脅しですが、今の私には無駄です。いいですか先生、うちの母はターゲットを決めたら鎮火するまで萌え続けます。もし写真を送らなければ、乗り込んでくる可能性もあります」
 眉根を寄せ、まさかという顔をしているスネイプには悪いが、は自分の親ならやりかねないと思っている。
「ダンブルドア先生に直訴状を送って、スネイプ先生を我が家に召喚する可能性だってありますよ。マジメな話」
「……校長がそれを」
「受けるかも知れませんよ? 面白さを重視して」
 ありえなくない話だと、まりあは思う。
 スネイプは眉根をぎゅっと寄せ――ややあって立ち上がった。
「せんせ?」
「……少し待っていろ」

 立ち去った彼が次に戻ってきたとき、は驚きで目を瞬いた。
 スネイプの髪は、今しがた乾かしたばかりのようにさらさら――とは言わないまでも、常よりかなり指の通りが良さそうだった。
「さっさと撮って帰れ。服装を変えるつもりはない」
「あ……はい!! ……あー、せんせぇ」
「なんだ」
 苛々とした声が戻ってくるが、は申し訳なさそうにポケットに入っていたゴムを渡し、
「……髪、結んでください。ひとつに」
 乾いた笑いを浮かべた。





「それで……結局どうだったんだい?」
 無事に戻ってきたに、心配して尋ねてくるいつもの面々。
 は息を吐きつつ、談話室のソファに腰を下ろした。どっと疲れている。
「特急のふくろう便で送ったよ、カメラごと」
「ご苦労様ね……本当に」
 ハーマイオニーが慰めるように肩を叩いた。
「それにしても……なあ
「なに、ロン?」
「どうして君の母親がスネイプの写真を欲しがるんだい?」
「この間、ホグワーツの写真送ってって言われて撮った中の一枚に、スネイプ先生が入ってたらしいのね、気づかなかったけど」
「それで、なんで」
「……母曰く、

『あの人陰鬱そうだけど優しいんじゃないかしら? も苦手だって言ってたけど、それって見目のせいだわきっと。そうよ、だったら少しずつ変えていけばいいのよ。まずは髪型からなんとかしましょう! 目指せジャニ○ズ!!』

 だ、そうです」
 ハリーが、『ジャニ○ズって?』と首を傾げているが、には気力がなく、返事をすることができなかった。
 母親の暴走が治まるまで、の苦難が続くことは言うまでもない。



2009・7・31
映画見て猛ったので書いてみました。そ、それだけなんです……。