ワンコがうちにやって来た 12 いきなり愛という単語を耳にしたは、きょとんとした。 シリウスは赤い顔に更なる紅を差し、リーマスの方は何事もなかったかのように微笑んでいる。 一体なんなのだろう? 疑問を口にする前に、リーマスがに話しかけた。 「それで、ご両親からは許可が出たのかな。私はここに泊まっても構わないのかい?」 「あ、はい。部屋、ちょっと散らかってますけど……ここの隣の部屋なので。それと、私ちょっと買いだしに出かけないといけないんで、また少し席外しますね」 「うん? 買い物に行くのかい?」 リーマスに問われて頷く。 「お米としょう油がきれそうだっていうんで」 「――そうか、それじゃあ私も一緒に行こう」 何気なく言うリーマスに、は目を瞬いた。 お客さんにそんな事をさせるわけにはいかないのだが、サラリと笑顔で「色々な所を見てみたいんだよ」と切り換えされてしまう。 一緒に買い物に行ってくれれば一人より楽なのは確かなので、は彼についてきてもらう事にした。 「では、私も行く」 シリウスはやっと落ち着いたのか、いつもの表情で息を吐くが、 「犬になって付いて来るのかい?」 「……他にどうしろと言うんだ」 ふぅん、と含みのある笑顔をシリウスに向けたリーマスは、すっと立ち上がる。 「それじゃあ行こうか」 リーマスが言うと、シリウスの姿が溶けたようになり、次にが見たのは大きな黒犬の姿だった。 近所に海外の人がいない――というわけではないのだが、それでもリーマスは人の視線を集めるのに充分らしい、とは思う。 道を歩いていると、自分の隣に視線が集中している気がしてならない。 スーパーで買い物をしていると、嫌が応にも気付くその視線。 ボロボロのローブを着ているなどという事はないし、普通の服を着ているに過ぎないリーマスだけれど、それでも人の目を惹く。 シリウスは相当カッコイイと思うのだけれど、リーマスだって負けてはいないからだ。 優しげな雰囲気は、人を和ませて好印象を持たせるのに十二分な威力を発揮している。 買い物袋を下げて外に出ると、柱に繋がれたシリウスが、下げていた頭をのっそり上げた。 さすがに大きな犬の姿なだけに、誰も近寄らない。 ――小さい子供なら泣き出すサイズなんだよね。 軽く失礼な事を考え、はシリウスの綱を持った。 「お待たせ。ええと……リーマス、ちょっと散歩してっていいですか」 「うん、勿論だよ」 いつもの公園の中に入ると、非常に出会いたくなかった子がいた。 友人のではない。 犬の『ブラック』を飼っている、に突っかかってくる女の子――由比子だ。 彼女はを見止めると、嫌味を言おうと口を開こうとして、けれどその口からは嫌味ではなく、猫撫で声が出てきた。 思わず鳥肌が立ちかかる。 「こ、こんにちは。今日はとてもいい天気ね」 「……は、はぁ……ども」 アンタ一体どうしたのと問いかけたくなる程だ。 由比子は両手を組んでモジモジしつつ、ちらちらとある人を見ている。 ――え、ちょっと待ってよ。 唖然としてリーマスを見ると、彼はいつもと変わらぬ笑顔のままで。 「あの、。隣の彼は……」 「え、あ、うん。ええと……私の元先生」 名前を言わなかったの代わりに、リーマスは 「リーマス・J・ルーピンです。君はの友達?」 自己紹介した。 「はいっ、わたし、の親友なんです!」 いつからだ。 ツッコミを入れたくなる。 リーマスの握手を求める仕草が自然で、由比子は慌てて握手し返している。 彼女が顔を真っ赤にしているのは、決して周囲が暑いからではないだろう。 犬の『ブラック』は、シリウスに怯えているのか体を震わせて後退りしているが、由比子はそれに全く気付かず、リードを引っ張ってその場に縫いとめていた。 「あのっ、これからお時間ありますか?」 きょとんとしたリーマスに気付かぬほどの勢いで、由比子は続きの言葉をしゃべくる。 「わたし、丁度時間があるんですけど、一緒に……その、美味しい物でも食べに行きませんか? あっ、どこに泊まってらっしゃるんですか? お邪魔しても構いませんか?? リーマスさんて結婚してらっしゃるんですか!?」 矢次に吐き出される言葉に、リーマスは苦笑し、は完全に呆れた。 暫し考えた素振りを見せ、彼はそっとの手を握る。 シリウスの目が鋭くなったが、それに気付いた者はない。 「せっ、先……じゃなくてリーマス!?」 「すまないね。こちらにいる間は、と一緒にいる事に決めているんだ」 「……ど、どうしてですか。だって、彼女は子供です」 ぐっさりと何かが刺さった気がする……。 どうせ子供です。 でも、あんたも同い年でしょうと苦々しい気持ちで睨みつけた。 それに気付かず、由比子は『ブラック』のリードを握りしめて――犬の首が苦しそうだよ――リーマスを注視している。 「が好きなんですか!?」 「うわ、何を言い出してるのよ」 の顔は赤くならず、どちらかというと青くなった。 大好きな先生に、訳の分からない事を言わないでくれという気持ちだったのだが、存外リーマスはあっさりと答えた。 「好きだよ」 シリウスが目を丸くする。 も同じように。 リーマス1人が笑顔のままで、 「さて、もう行こう。遅くなってしまうからね」 の手を引いて公園の出口に向かう。 公園内に1人残された由比子は、凄い金切り声を上げて悔しがっていた。 「……リーマス、あの、手を」 手を繋がれたままの状態で歩いていたは、気恥ずかしさに耐えられず声をかけた。 彼は今更ながら気づいたかのように手を見やって、 「ああ、ごめん」 するりと手を離した。 シリウスがなにか言いたそうに唸っているが、リーマスは無視している。 「それにしても驚いたよ。凄く積極的な子なんだね、君の『親友』は」 「本当は違うって分かってて言ってませんか?」 「うん。親友という割に、雰囲気が……ね」 この人は物凄く聡いんだと、ホグワーツで教師をしていた時から知っていたが……ちょっと驚いた。 「変に優しくして期待を持たせるのも、彼女に悪いしね」 「ああ……それはそうですね」 妙に納得してしまうだった。 帰宅して、食事をして入浴して。 リーマスは宛がわれた部屋に入り、シリウスもせっかくだからとに言われて彼の部屋に転がり込んだ。 はシリウスがずっと不機嫌だった事に、全く気付かなかった。 2010・6・23 ※更新日より大分前に書いた品だったり…。 |