来訪者リーマス・J・ルーピンは、シリウス・ブラックにこう言ってのけた。 「君、本気?」 ワンコがうちにやって来た 11 「……は?」 いきなり何を言い出すんだとでも言いた気に、眉を潜めながら非常に強い疑問の音をぶつけてくるシリウス。 リーマスは冷静に、もう一度――今度はもう少し言葉をつけ加えて言う。 「だから、君、本気で好きなのかい?」 …………。 「んな!! 何がだっ、おおお、俺は好きだの嫌いだの……わ、っわ、訳が分かんねえよ!」 焦りのためなのかリーマスの前だからか、口調が物凄く砕けるシリウス。 学生時代のような喋りに、リーマスは思わず苦笑した。 彼が色恋沙汰でこんな風になる場面など見た事がないけれど。 静かに紅茶を飲み干し、空になったグラスを置く。 今にも噛み付いてきそうな勢いのシリウスに、実は彼の方が人狼ではないかという錯覚さえ起こしそうだ。 どちらかと言えば、やはり犬だろうが。 「まあまあ落ち着いて。本気で好きかって聞かれて、誰を? って問わない辺りがね……もう手遅れというか」 「だっ、誰が何だってんだよ」 そっぽを向くシリウス。 「誰って。『』に決まってる。一応、形の上では君のご主人。僕の生徒でもあった、黒髪黒目の可愛い――」 「かっ、勝手に可愛いとか言うな!!」 「おや? じゃあ可愛くないとでも? が聞いたら悲しむな」 違うっ、と犬歯をむき出しにせんばかりにし、 「お前が勝手にを可愛いとかぬかすなって意味だ!」 ある種非常に恥ずかしい事を言った。 目を瞬くリーマス。 「それって……自分以外が彼女を『可愛い』とか言うのが嫌だって事だよね」 「うっ!」 「へーえ……それはそれは……」 ニヤニヤと笑むリーマスに、シリウスは赤くなり、無言になる。 ――自分が何を言ったのか、本気で気付いていなかった顔だな、あれは。 しかしまあ、つい先だってまで妄執が支えだった男が、えらい変化だ。 それが自分の好意を持っていた少女というのが実に微妙だが、それでもリーマスは彼の変化を好ましく思っている。 諸手を挙げて喜べないのは、リーマス自身が彼女――の事を少なからず愛しく思っているからだが。 実際リーマスはを好いていた。 ポート・キーの設置だって、何もリーマスが来る事はなかったのだが、頼んで設置の仕事に当たらせてもらっている。 もっとも、それはあくまで元生徒としてであり、シリウスのものとはちょっと類が違うだろうけれど。 リーマスはひとつ息を吐くと、テーブルに腕をついた。 「ところで――を抱きたいとか思ってるわけ?」 ぶーーーーっ!! 静かな表情で言われたシリウスが吹き出す。 飲料を含んでいなかったのは幸いだ。 ゲホゲホむせている彼は、微妙に涙目になりながらそれでもリーマスを睨みつけた。 睨まれた方はそ知らぬ顔で、空になったグラスに紅茶を入れている。 「お、お前なあ……いきなり何を」 「もしかして、もう」 「馬鹿言うなっ! あああ、あの子はまだ子供だぞ!?」 「シリウス、君ねえ……過去の自分を振り返ってから発言しようよ。子供って言うけど、その頃、君は一体何をしてた?」 暫く考え込んだシリウスは、ハッとなった。 気付いたらしい。 「そう。思い出したかい?」 非常に不本意そうに眉を顰めるシリウスだが、あった事実は消せない。 シリウスと仲間だったリーマスは、彼の学生時代の言動をよぉく知っている。 を子供だというが、彼はその年には同級生やら上級生に手を出しまくっていた。 見目がよく、クールでカッコイイ(僕はそう思わなかったけど?)と言われ、しかも成績優秀。 素行の悪さから監督生にはならかったが、それでもやたらめったらモテていた。 物凄い夜中に帰ってきたり、下手すれば朝帰りだったり。 「女遊びが酷かったのを覚えてるなら、上等だね」 「……か、過去は過去だろ!」 「まあね。でも、が知ったらどう思うだろうね?」 シリウスの顔が青くなる。 言っちゃなんだが、面白い――とリーマスは思う。 こんな風に、女性を本気で好きになった事など彼にはなかったと思うから。 「た、頼む。に言わないでくれ」 「それを知ったからって、彼女が君を嫌いになるとは思えないけどね。いいよ、黙っておくけど――どこからか漏れたら、それはしょうがないって割り切るんだね」 漏れそうな人は多分いないと思うが。 「で――に対してそういう気持ちを持ったことは?」 尋問のように問うリーマスに、シリウスは暫く無言でいたが、 「……ある。あるに決まってんだろ、俺は男だぞ!? 本物の犬じゃないんだからな!!」 最後はにいい聞かせたいような感じだったが。 「まあまあ。彼女だって君が人間だって分かってるよ。そうか……あるんだねえ」 「別に、手を出すつもりはねえって。俺の事を好きになってくれたら、分かんねえけどさ」 心強いような、そうでないような。 好きになってくれたら――なんて言うが、実際彼女は君を好きだと思う。 口に出しては言わなかったが。 友愛だとしたら、シリウスが惨めだから。 「君さ、今までそんな気持ちになった事なかったでしょう」 言葉意味が分からないといった表情のシリウス。 「愛とか恋とか、そういう気持ちって理解はしてたけど、感じた事はなかったんじゃない?」 「――あー、言われてみればそうかもな。学生の頃は寄ってくるのを手当たり次第だったような」 「世の女性に刺されそうな事を言ってるね」 リーマスは入れた紅茶を一口飲み、息をつく。 「のどこに惹かれたのか知りたい所だけど……まあそれは次回で。ともかく、彼女に感謝しなきゃ駄目だよ」 「感謝って」 「君に恋愛という類のものを教えてくれている女の子なんだから。丁重に扱うべきだ」 シリウスは頷く。 「愛してるんだろう?」 「――あ、ああ、愛!?」 顔を真っ赤にするシリウスの声と同時に、が戻ってきた。 「……愛が、どうかしました?」 2009・9・11 |