現在、宅には大きくて黒い――しかも、犬種は微妙に不明な犬がいた。 所謂ペットである。 だがその犬は、魔法界で犯罪者の烙印を押されている冤罪者、シリウス・ブラックその人だった。 ワンコがうちにやって来た 2 「シリウスさん、ごめんなさい……」 『大丈夫だ』と、犬姿のシリウスが口にする。 犬面にどことなく青筋を立てている気がしなくもないが、無理からぬことだとは思う。 自分の手の先には紐――リードがあって、それはシリウスに着けられた首輪に繋がっている。 紐と首輪。 彼は動きを制限されていた――まさしく犬そのもののように。 当然ながら、力を入れるようなことはしない。 相手は人間だ。意思の量れるので必要がないため、引っ張ったりすることは一切なかったが。 ――何故、こうなったか。 本日、晴れすぎた感のある午後。 の母親は、ホグワーツから帰ってきた娘のローブやら服やらの洗濯に余念がなかった。 そんな中彼女は、部屋の中にこもって宿題をしていた娘に、とある事を頼んだ。 ワンコの散歩に行ってらっしゃい。 ――満面の笑みが恐ろしいと、は思った。 母親はシリウスをワンコと呼び、えらく可愛がっている。 その可愛いワンコが、一日部屋の中で暇を持て余しているなんて耐えられない! ……らしい。 そういう訳で、母はシリウス(犬)を、と共に表へと出した。 決して、掃除するのに邪魔だったから、ではない。 ちなみに父母は『ワンコ』と呼ぶが、は『シリウス』と呼んでいる。 はこの黒犬が何者か知っているのだから、ワンコだなんて呼べやしない。 「と、とりあえず、一回りして帰りましょう」 の横を歩くシリウスは、こっくりと頷いた。 そうして、近所の人が散歩コースとして歩く道を、シリウスを引き連れて歩いていく。 正直、はさっさと帰りたかった。 申し訳ないこと、この上ない。 ハリーの仮父親を鎖でつないで歩いているなんて。 ため息が、何度も空気中に投げ出された。 「あれ……?」 久しぶりに聞く、懐かしい声。 後ろを振り向くと見知った顔があった。 日本の学校の親友、。 彼女はその人物がだとハッキリ分かると、突然叫びにも似た声を上げて歓喜を表した。 「きゃーー! ! 久しぶりーー!!!」 「わーっ! 元気にしてた!?」 大喜びの二人。 は思わずシリウスを引っ張って、に抱きついていた。 キュゥ、と首が絞まってちょっと苦しい思いをするシリウス。 と呼ばれた学友は、ひとしきりの抱擁をした後、はっと何かに気づいたように彼女から距離をとった。 正確には、から距離をとったのではなかったのだけれど。 「どうしたの?」 「え、だってそれ……」 指を指されて、それ、の示しているのがシリウスだという事に気づく。 ちょっと怯えすら入っていた。 「あはは、大丈夫だよ、大人しいから」 一見すると、死神犬(グリム)にすら間違われるほど、大きい体。 それに付け加え、前よりは全然よくなったとはいえ、やはり少々痩せこけているし。 はそうは感じないが、目がギラついているようにも見えるらしく。 ……確かに、常人に怖がられるのも無理はない。 が、間違っても獣ではないのだ、この人は。 首輪を直す振りをしながら、シリウスの耳元で、 「シリウスさん、すみません…」 謝る。 どうにもこうにも、彼には申し訳ないことばかりしているような。 シリウスは人間時であれば、苦笑いをしていただろう。 気にする事はないよ、と示すように、尻尾を一度ペタン、と地面につける。 は立ち上がり、にシリウスを撫でるように進言した。 ともかく、怖がらなくていいように。 「大丈夫なの?」 「平気平気。シリウス頭いいから」 ――私より全然頭いいし。 は心の中でそっと思った。 「シリウスっていうのね、よろしく……」 恐る恐る手を差し伸べて、黒犬の頭を撫でようとすると。 シリウスはほんの少し、頭を撫でやすいように下げた。 驚きながらも、彼女はシリウスの頭を優しく撫でる。 何度か撫でていると、大丈夫だと認識したのか、ホッとしたような表情でゆっくり何度も頭を撫でた。 「ね、大丈夫でしょ?」 「うん、凄く大人しいよね」 「う、うん……」 ――本当は人間だし。 思っていても、絶対に口に出してはいけない。 学校(といっても、日本の学校)の事を話してもらいながら、いつも学校帰りによっていた公園へと足を向ける。 散歩は中断。 は文句も言わずについてきてくれるシリウスに、非常に感謝しつつ、申し訳なさも一杯だった。 何個かあるベンチに座り、話を続ける。 シリウスがそれを何となく微笑ましい思いで見つめていることに、彼女は気づかないでいた。 話に没頭しているとその友人の声を耳にしつつ、シリウスはぺたんとその場に座って顔を伏せる。 ――それにしても、ハリーの学友に世話になるようになるとは。 近いうちに、ハリーに手紙を出さないといけないな。 ペットになってます、とは言い辛いが。 軽くともため息が出るのは否めない。 リーマスなんぞに知られたら、笑いものにされそうだ。 シリウスは一人、公園の景色を見ながら体を丸めた。 「ね、はどんな事勉強してるの?」 「どんなって。一言で言うのは難しいよ、色々ありすぎて」 は、がホグワーツへ行ったのを知っていた。 友人の中でもただ一人、が魔法使いだと知っている人物。 口が堅いので、その辺に言いふらす事もない。 「ちょっとでもいいから教えてよ」 「うーん、そうだねぇ……」 が学校での事を話し始めようとしたとき――前からやって来る人物を見て、眉間にしわを寄せた。 思い切り嫌そうな顔をしたのは、の方だったが。 「あら、久しぶりね」 知らぬ声に、シリウスがむくりと顔を上げた。 当然、シリウスにとっては知らない人物。 しかし少なくとも、にとって余り良い感情を持ってる人間ではないという事は、気配で分かる。 三人の女子と、犬が一匹。 シリウスもも、何となく厄介ごとが起こると察知していた。 2002・10・27 2009・8・15(修正) |