蒼天とクリスマス 昨日まではなかった飾りつけも煌びやかな巨大ツリーの下に、目立つ男が1人。 背中に純白の羽をつけたそのPCの名は、人呼んでフィアナの末裔・蒼天のバルムンク。 超有名PCである彼が、デルタサーバ、マク・アヌの公衆広場に現れるのは珍しい事だ。 目的の人物を見つけたPCは、マク・アヌの特徴とも言える大橋を渡り、バルムンクの近くへと歩いていく。 恋人語らうクリスマス、などとオフラインの友人は言っていたが、ネットワークに繋いでザ・ワールドに来ているにとって、『恋人語らう』なんていうのは余り実感がない。 クリスマスらしく雪が降り、サンタクロースの姿をしたNPCがあちこちにいて、プレゼントを配り歩いていたりするのは現実と大差ない。 リアルの街頭サンタはプレゼントではなく、チラシだったりするが。 『黄昏』の事件以降、が感じる五感はすっかりなくなったかと思いきやそうでもなく、未だカイトの腕に腕輪があるように、彼女のそれもまた存在していた。 雪を降らせる趣向はいいのだが、PCを通して全てを体感してしまうリアルの方のは寒さが身にしみる。 とはいえ、部屋の中ではヒーターが稼動しているからさほどでもないが。 はツリーの下にいるバルムンクの側により、声をかけた。 「お待たせー。メール見るのが遅くなってちょっと時間食っちゃった」 バルムンクは、周りの羨望の眼差しやらそれ以上の熱い視線やらを全く無視してに向き直る。 彼はそのままの手を引っ張ってカオスゲートに連れ出し、適当なワードを入れ、フィールドに出た。 も文句を言うことなく、それに従う。 「……適当なワードで、いっつもここってのは凄いというか」 デルタサーバ・隠されし禁断の聖域。 まあ人が来ない事で有名といえば有名な場所だ。 ここだけは雪も降っていない。 外部がどうであれ、干渉できないようにプロテクトが掛かっているのかも知れない。 今はアウラがどうしているか知らないが。 「急に呼び出してすまなかったな」 椅子に座りながらバルムンクが言う。 も隣に座った。 「別に平気だったよ。勉強疲れで息抜きしてたトコだし」 「受験勉強はどうだ?」 バルムンクが意地悪く聞いてくる。 今では彼のオフライン事情も知っているは、不貞腐れ気味に横を向いた。 「バルムンク様のように勤勉ではないのでつろう御座いますよ」 『黄昏』事件以前から勉強が好きではなかったに、今一気にしわ寄せが来ているのは確かだ。 「カイトと一緒の高校を受けるんだったな」 「うん」 心持ち不機嫌そうなバルムンクに気付かぬまま、本題を持ち出す。 「で、今日はどうしたの?」 「どうしたって……折角のクリスマスなんでな」 何処かへ連れ出して、受験勉強の邪魔になるような事をしたくなかったと告げる彼に、は微苦笑を浮かべた。 気にしなくてもよかったのにと思う。 結局こうして一緒にいるのだから。 内心が顔に透けていたのか、バルムンクが少々眉根を寄せる。 「リアルで会うと、あれこれと時間を食うだろう」 「……ま、確かにね」 彼はひどく端的で、それゆえに分かりやすくもある。 受験勉強の差し障りになる事を厭い、気を使った結果として、リアルではなくネットを介して会うことを選んだのだろう。 そう考えると彼らしくて、はやっぱり微苦笑してしまうのだった。 「会ってどうするかとか考えてた?」 「いや……実は考えていなかった。実際、メールに気づかない事も考慮していた位だ」 「確かにね」 バルムンクからのメールは携帯にではなく、パソコンの方に入っていた。 携帯端末からパソコンのメールも見られるが、は滅多にそれをしない。 今日、都合よく暫く封印していたパソコンを起動したのは、偶然――否、クリスマスだったからだ。 大体ドットハッカーズのメンバーは、季節物に対してメールをよこすから。 は伸びをし、ゆっくり上を向く。 不思議な揺らぎを持つ空間の中は、聖堂と呼ばれるに相応しい雰囲気を持っている。 「クリスマスプレゼントの類はないんだよねー、急いでたから。何か欲しい?」 「いや、別に何かが欲しいわけじゃない」 彼は首を横に振り、の手を握った。 バルムンクの手の暖かさがに伝わる。 彼にもまた、同じように伝わっているはずだ。 「普段は邪魔者がいるからな。たまには2人きりで静かにしていよう」 「――邪魔者、ねえ」 誰の事を言っているのか分かって、クスクス忍び笑いを零す。 邪魔者扱いされた人たちが何を言うか想像がついて。 こつんと彼の肩に頭を乗せ、瞳を閉じる。 「アウラも楽しんでるかな、クリスマス」 「さあ、どうだろうな……。だが、ザ・ワールドで楽しむプレイヤーと同じように、彼女もまた楽しんでいる気がする」 「そうだね」 彼女は、世界の顕現だから。 楽しんでくれているはず。 ……くれていると、嬉しい。 「なあ」 「ん?」 「――お前の受験が終わったら、渡したい物がある。受け取ってくれるか?」 「変なものじゃなかったらね」 は目をつむったまま、笑んだ。 雪降り積む世界。 聖堂の中、2人はただ静かに願う。 アウラが、世界が、幸せであるようにと。 |
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